第15話 秘め事
「聞いていい? 縁」
アズルの明かりが闇を退け、真音と祖父はとっくに就寝した。
長話に満足したセニも大人しくなり、占は一人、店を見渡せるカウンターに肘をつくと彼にも次第に眠気が襲ってくる。
「この前、あちらへ行ったとき、アズルの明かりを貰ったときさ、
長寿の先生は言った。
――あれはね、厳密には違うんだ。……ものの世界には、あちらの道理があって、簡単に人は行けない。例え死んでもね。真音を除いて。言葉上では重なるけれどそもそもの定義が違うんだよ。例えば、僕達モノは人が使ってくれることが目的で、人の為にありたいとそう思ってきた。だけれど僕たちは物質として隔たれているから、人間の世界とは魂が繋がっていない。こうやって僕と占が会話することが不自然なようにね。だから僕達が生み出した、望み、とか願いが不完全なああいった姿になって浮かぶときがあるんだよ。でも、人も物も役目を終えて大気になったときはじめて溶け合うのさ」
「……でも、僕も、真音も、(那月も、)あちらの世界に行けたね」
慌てて那月の名を口の中に押しとどめたのは、『あの子をとらないで』といった見知らぬ声を思い出したからだ。
「あちらへは、
「ユノとか?」占は彼らを導いてくれた美しい猫を思い出した。
「そうだね。人よりも終わりとか、始まりを理解しているものが案内を務めるね」
「不思議だなあ。僕はつい最近まで、この世界は人間が中心に成り立っているものだと思っていたのに。……ねえ、縁は、『幽霊』ってなんだと思う? 人間はどうして幽霊になるのかなあ?」
――僕は、ただの裁縫鋏だから確かなことはわからない。けれど、たぶん、意識は幾層から成り立っているから、形を失えば、多くはその意識の中で成り立っていくんだ。だからどこにでもあるともいえるし、どこにも無いともいえる。例えば今居る占が100%占だと言える? 眠っている無意識、夢の中の自分を完全に制御、意識できる? そんな曖昧なものが、時々、意識を抜け出して、外と関わりを持ちたいと願うんだ。写真で時を切り取ったみたいに、一瞬一瞬の切り取られた自我が、浮かび上がる。自分の世界じゃ飽き足らず、もしくは境界線が分からなくなってこちらに迷い込むんだ。思いを伝えたいのかもしれないし、ただ退屈なだけなのかも。……僕に分かるのはそれくらいだよ」
「人の魂が、物に入ることは可能なの?」
――……那月のことを言っているんだね」
占はぎょっとした。
――大丈夫。僕に言ったところで問題はないよ。「モノたち」は皆知ってる。詳しい那月自身の事情は知らないけれど」
「僕はただ、真音が心配なんだ。ただでさえ変わっている彼女の資質が……」
――分かっているでしょう? 那月が真音を慕っていることは」
「幽霊に慕われることはいいことばかりでは無いんだよ」幼少期の嫌な思い出がよぎる。
――那月の事なら、心配ない。真音に危害を加えることは無いよ。むしろ、彼女を脅かす霊事から守っている。強い意志の霊だよ。ただ、複雑なんだよ。彼の状況はね。大抵は、人が作った形は、身代わりだ。人の魂用の器ではない。神様の宿りになることは時々あるけれど。人は本来肉体に縛られるものだから。仮の器に留まることはあってはならない」
「なら、どうして、みんなで那月を説得しないの? よくないことなんでしょう」
――『彼』の選択だったからだ。そういう一種の契約なんだ」
「なっちゃんに一体何があったの? どうして、真音の傍に居ようとするの?」
――それは僕には分からない」
「ねえ、……誰か、何か、知っているの?」
――僕たち物は、人の秘め事に干渉してはいけない。聞けるとしたら、その人が話したいときだけだ」
少し寂しそうな声の調子でそう言うと、縁は黙った。
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