第12話 神田天空

ブロンズのフクロウ、イユードはベルを鳴らし、店に真音の帰宅を知らせた。昼間の明かりが一筋、薄暗い店の中に入った。

 ――真音、どうしたの、元気ないね」階段を上がって、自分の部屋に入った真音を迎えたのは糸切鋏だ。

「ちょっとね、エン。ねえ……どうして、占はここにきてしまったのかしら。私がどこかで望んでしまっていたのかしら」

 昨夜から新入りの日本人形、牡丹の着物を作る手伝いをしていた糸切鋏は、今日は店ではなく真音の部屋に置かれていた。真音は彼と話しているとその博識さについ、いつの間にか心の内までこぼしてしまって、彼が何でも知っているような気さえしてしまう。

 引き出しを開けて、くしゃくしゃになったのは、色あせた占への、彼女の兄への手紙だ。拙い字とくすんだ紙が年月を思わせる。

「ここに居ない方がいいの。……占は」

 ――それは、占自身で決めることだ。大丈夫。真音のお兄ちゃんは、真音が思っているより、ずっと強いよ」

 顔を外に背けた真音の横顔に、縁は占を思い出した。成程双子だと今になって実感した。混乱と不安でいっぱいの、頼りない、そんな顔。


「あれえ、君誰? あ、もしかして占くん?」

 早朝の神社での手伝いを終えた占は、西町レトロ館の奥、祖父の作業スペース懐かしい匂いに囲まれて休息をとっていると突然の来客を迎えた。愛想の良い垂れ目はにこやかに少しの敵意もなく、いつの間にか昔からの親友のようなパーソナルスペースを作っている。

「き、君は?」間違いなく見覚えのない彼から思わず一歩引いて占は応えた。

「俺ぇ? 神田って言います。神田天空たかあき。天に空で、たかあき。神々しい名前でしょ。君が手伝いに来てくれることになった神社の宮司の息子だよ。よろしくー」

 特徴のあるゆっくりとした口調で相当なマイペースの持ち主であることが占にも分かった。

「あ、西条さん……君の妹さんと隣のクラスなんだ。なんだかんだいって家近いからさあ、仲良くしてもらっているよ。あと健次郎さんにも」ふにゃふにゃと間延びする語尾で空間は彼のペースに飲み込まれてしまう。

「俺あそこ(と言って裏の神社の方向を指さした)には顔出さないから、あんまり会うことはないかもしれないけどねぇ。でもここには良く来るから、宜しく。クラス一緒になるといいねぇ」4月から占と真音と同じ高校に通うという。

「……よろしく。えっと、確かに神社では会わなかったね」続かない会話に無理矢理言葉をねじ込む。

「行くと親父がうるさいからさあ。手伝いしろー、とか。それに、まあ、いろいろめんどくさくて、俺」

 そのとき、二階から真音が降りてきた。

「なんだ、騒がしいと思ったら神田君、また来たの?」

「あ、西条さん。『なんだ』ってひどいな。……ふーん、君たちやっぱり本当に似ているね。てゆーか、西条が二人になっちゃうね。じゃあ、真音さんて呼ぶねぇ」妹の名を馴れ馴れしく呼ばれ、占は少し複雑な表情が隠せない。

「それでさ、真音さん。……また頼まれちゃってさ。いいかな」

「また? 私はそういうの、専門じゃないって言っているのに」

「でもこの前も大丈夫だったじゃん」

「どうしたの?」占は聞いた。この神田という青年は、いかにも面倒ごとを持ってきた様子。

「いやぁ、同じクラスの子がさあ、曾おばあちゃんの形見のドールハウスが、気味悪いんだって。だから見て欲しいんだ。真音さんなら分かるかなあって」

「神田君が見ればいいじゃない。それかお父さんに頼めば」

「うちは基本人形とかの供養はやってないからさあ。それに俺、幽霊とか見えないしー。……怖いの嫌だし」

「情けないわね」真音は少し考えると、

「……どんなふうに気味が悪いの? 古い物を好まない人は少なくないわ。幽霊でも見たとでも言うの?」

「よくわからないんだけど、『その家が生きているみたい』って言うんだ。……そうだ、見る? その写真と動画」

 天空は取り出したスマートフォンの画面を双子にむける。

「あ……」

 二人と違う反応をしたのは占だけだった。動画に映っていたものを捉えたのは自分だけらしい。そっと触れた左耳たぶにいるガラス玉に触れた。

「ね、私なんでも通すでしょ」半分以上は彼女の力かもしれなかった。

「ねえ、僕、力になれるかもしれないよ」

 驚く真音と神田に彼は続ける。

「僕に任せてみてくれない?」画面をじいとにらんだまま、その画面と対話でもするように、占は言った。うっすらと握った手のひらに汗を感じて。

 

 

 神田が喜んで帰宅していったのを認めると、真音は占に詰め寄った。

「あの写真に何か見えたの?」

「……えっと」言いよどむを横目に、

「幽霊が居たんだよ」そう告げたのは那月だった。

「……どうしてあんなこと言ったの? 人間なんて、死んでいたって、言って分かる相手じゃないかもしれないのよ」

「でも真音だって、モノたち相手に同じようなことしてるじゃないか」抑えていた彼女に対しての心配が噴出した。

 ――こういった案件に関しては、真音は、占に何かあったとき守ってあげられないから心配しているのさ」占の真横に掛かった絵に移動して話しかけるのは青いターバンに褐色の肌のセニだ。兄妹げんかを楽しんで見物している。

「そうじゃない。別にどうだっていいけれど」

 有り余る気持ちを整理できない真音を見かねたのか、

「……なら僕を連れて行けばいいよ。こいつの為に働くのは不本意だけど、真音の役に立てるなら」。


 そう言った那月をバッグの中に忍ばせて、占は依頼主の自宅へ向かう。

「なっちゃんは、幽霊が見えるの?」意外にも占に付き添ってくれた那月に占は聞いた。

「……まあね」

「話したり、言葉を聞いたり、も?」

「言葉をまだ覚えている奴なら大抵は」

「やっぱり、この土地は不思議だ。あんなに存在感を訴えてくる写真、初めて見た。真音には見えていないみたいだったけれど。あの人……神田君は良く真音にこういう話を持ってくるの?」

「僕が此処に来たときにはもう、つまり真音が12歳の時には家が近いからしょっちゅう遊びに来ていたね。ひょんなことから真音の『仕事』の事を知って、興味本位で供養の依頼を断られた人形なんかが、度々あいつの仲介で流れてくるんだ。実際に幽霊がらみより人形自身の問題が多いから真音でも対処できることが殆どだけれど、幽霊がらみのときは、真音が対処出来ないから僕がしてる」

「神田君はお祓いとかできないの?」

「いいや、あいつはそういう者に触ったり関わったりしようとはしない。親が勤める神社にも殆ど顔を出さないくらいだからね。丁度いい真音に任せに来るんだ。だから僕あいつ嫌い」

「さっきなっちゃん、一言もしゃべらなかったもんね、彼が居た時。いつもは聞こえても聞こえなくても真音に話しかけっぱなしなのに。神田君も、やっぱり僕みたいに幽霊が怖いんじゃない?」

「幽霊が怖いって? ……冗談じゃない」

 真音に甘える声とは打って変わった低い声で那月は言った。

「……幽霊を見たことがないはずだよ。は」

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