第3話 声

頭で描いていた感動の再会とはまったくかけ離れた事態に占は困っていた。やっとの思いで彼は妹の名前を呼んだが、

肝心の真音は『出て行って』と一言。冷たく言い放ち、双子の兄を追い出してしまった。祖父も、母もまだ帰ってこないだろう。

「ま、真音? なに怒ってるんだよ?」応答のないドアに隔たれ、一瞬のできごとにしばし呆然としたあと、仕方がなく近所にある、家具屋に併設された喫茶スペースで時間をつぶすことにした。まだ幼い頃、人の好い店長を訪ねて真音とよく遊びに来た。再会を懐かしんで出してくれたロイヤルミルクティーに少し安堵した。淡いミルククラウン。添えられた、ジンジャークッキーもスパイスが利いた、変わらない味。

 店を包むハーブの香り、所せましと並ぶ、主に欧米のアンティーク雑貨たちの作る雰囲気は、趣向は違うが西町レトロ館に似ている。店の隅でジュークボックスが歌う。

 占は甘い水面を見つめ乍ら思い出していた。――全部夢かと思っていた。それか幼少期、真音と作り出した、退屈しのぎの遊び。

 ジンジャークッキーを一口。

ぬいぐるみに飽き足らず、気に入ったものすべてに名前を付けては、あの狭くて退屈しない遊び場で話していた。

――誰と?

――真音と。それと……

 曇りガラスの向こう、綿菓子の幼少期は少し夢想的すぎる。しかし過去を修飾するこの賑やかな声たちは……。

彼の記憶の蓋が音を立てて開いた。--確かに在ったのだ! ……僕が「居た」と思う限りは。

――話す『物』たちが。

……でも、あれはただの遊びだ。だって僕は「聞こえなかった」んだ。だから声が聞こえるふりをしていた。真音があたりまえのようにものたちと会話しているように見えたから、聞こえないことが恥ずかしいような気がして。

――その変わり僕には……。


 家に着いた時はもう暗くなっていた。厚い雲が空を覆っていたが、家に着いたとたん薄明かりが道を照らしだした。はっとするほどの大きな月、今日は満月だ。

――おかえり」そう言ったのは人ではない。西町レトロ館を照らす外灯だ。昔ピーターパンの映画で見た、ロンドンを照らす街灯のような、小じゃれた明かりの輪だ。頭がおかしくなりそうなのはただ疲労のせいか。

「……ただいま」つい返事を。

――変な街。そう吐き捨てそうになった時、占は思い出した。息を飲む。

――僕にも聞こえる日があったじゃないか。

 

 懐かしさと苦渋が混じった顔で満月を見上げた。

――そうだ、満月の日だけ僕にも「彼らの声」が聞こえていた。

どうしてこんなことを忘れていたんだろう。

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