五、対立する二項

 水野に通信が入った。ざっと目を通してまた息をついた。


「警備が飛翔体を捕まえました。ネットガンで。風にあおられたか操作ミスでしょう。こちらの敷地に侵入した監視カメラ映像もあるとの事です」

「盗聴ですかね」

「はい。ふらふら飛んでいたとありますが、窓にレーザーを当てようとしていたんでしょうね」

「『雪ん子の会』?」

「そうでしょうが、証拠はなくなりました。自壊したそうです。チップの類は全部焼けました」


 焦げた飛翔体の映像を見せてきた。片倉はうなずく。水野は端末を手元に引き寄せ、片倉から見えないように傾けて操作した。


「分家なんですよ」

 水野は端末を置くと手を組み、ゆっくりと揉むような仕草をしながら話しだした。

「『雪ん子の会』の上の方に坂下という人物がいますが、水野の分家に当たります。戦前、三男が創設しました」

「坂下、というのはそういう?」

「ええ。東陽坂の下、です」

「そういうの、今でも残っているんですか」

「まさか。こうして全くの他人のあなたにためらいもなく話しているでしょう。誰も気になんかしてない」

「坂下氏以外は、でしょう?」


 水野は頭をかいた。


「そうです。なにか誤解をしているようで、私が本家として水野の家を再興し、分家を配下に東陽坂一帯の支配者になろうとしている、と思っています」

「『雪ん子の会』はそんな個人の考えに引きずられているんですか」

「そこがよく分かりません。たぶん『敵の敵は味方』理論でしょう。坂下氏の目的が何であれ、『東陽坂組織連合』の力を弱められるのであれば協力する方針ではないですか」


 茶を飲み、天井を見上げて片倉は言った。


「しかし、見ようによれば東陽坂の動きは他の組織にとって脅威なのは間違いない。浄水場の維持管理だけじゃなく、管理体の全権を手に入れたんだから地域の首根っこを押さえたようなものです」

「それは大げさです。前にも説明しましたが、水や下水処理サービスの提供範囲の組織数や人口を考えてみて下さい。東陽坂ごときがどうにかできるものではありません。片倉さんもそう言って木下氏を説得したんですよね」

「まあ、私が言ったのは、東陽坂は優位には立つが均衡を崩すつもりはない、でした。しかし、坂下氏がそういった常識的思考をしないのはなぜですか。前世紀の旧支配体制を復活させようとしている、などと妙な考えに凝り固まっている。それに乗っかって『雪ん子の会』までこんな強引な手で東陽坂を妨害しようとする理由も分かりません。そりゃ自分たち以外が力を握ったってのは面白くないでしょうが」

「『雪ん子の会』は我々を過大評価していると考えています。管理体の全権掌握を均衡を崩すほどの事態と分析したのでしょう。広報をきちんとしないと事実とは異なる負のイメージがついてしまいそうです」

 水野は二人の空になった湯呑にお代わりを注いだ。

「それは新しい仕事の依頼ですか」

 片倉は目で礼をして飲んだ。


「そうです」

「目的は?」

「まず『雪ん子の会』にこのような行為をやめさせる事。それから一般には東陽坂に対する正しい理解を持ってもらう事。この二点です」

「いつまでに?」

「『雪ん子の会』に対しては即、ですね。一般への広報は夏いっぱいかかっても構いません。まあ九月頃までで」

「三ヶ月ないですね。結構急ぎじゃないですか」

「お願いできませんか」


 片倉はうなずき、二人は遅くまで契約内容を詰めた。


 翌日、片倉は提供された宿泊所にこもり、一日かけて行動計画を練った。『雪ん子の会』代表には面会の約束を取り付けた。

 そうしているうちに昨夜の飛翔体の分析結果が回ってきたが、自己破壊は徹底しており決め手となる情報はなかった。

 東陽坂についての広報戦略は期間がなさすぎるのでまずは要となる組織や人物を拾い上げ、そこを中心に説明を試みる計画を立てた。そのために人間関係をはっきりさせておこうと各所に問い合わせたが、資料を探してもほとんどなかった。あちこちに相談して効率の良い方法を探した。


 色々と尋ねまわっていると助言が届いた。それに従って水野氏の菩提寺に問い合わせると過去帳があった。幸い電子的に処理されていたので取り寄せ、水野家にのみ注目して分析にかけた。


 驚きのあまり意味のない声が漏れた。


 浄水場の役務提供範囲内の組織の大半は水野家の分家か孫分家、残りも婚姻や婿養子で結びついた過去があった。全くの無関係は三パーセント以下で、大分裂以後に移ってきた人々の組織だった。


 さらに分析を続ける。今度は組織が集団となっている状態を地図に重ねて色分け表示させた。『東陽坂組織連合』や『雪ん子の会』はそれなりの面積を占めている。しかし、それだけではなく他の組織集団もきれいに固まって色分けされていた。『飛び地』状態になっている集団はあまり見られない。


「隣近所の寄り合いだな」

 地図を整理しながらつぶやく。同じ集団に属する組織は地理的にも近辺だった。


 その夜、行動計画を東陽坂の幹部たちに送り、微修正し、翌朝には承認された。いくつも判の押された計画書には『護衛必要であれば申し出て下さい』という水野のメモがついていた。


「おはようございます」

『雪ん子の会』幹部との面会のため宿泊所を出ると、太った男が声をかけてきた。

「おはようございます。あれ、頼んでないですが」

 男は愛想笑いを浮かべたまま寄ってきた。

「いいえ、伝言です。木下から」

 片倉も同じように愛想笑いのまま表情を変えずにうなずいた。

「あなたの説明は間違っていた。東陽坂は、いや、水野氏は小さな優位では満足しない。曇りのない目で再度現状を分析されん事を望む。以上です」

「なにが言いたいのですか? 手を引け、ですか?」

「ご自分でお考え下さい。しかし、木下は独立人インディーズとしてのあなたを買っておられます。まったくしがらみやこだわりのない若者で気持ちが良い、とおっしゃられます。私個人としてはあなたは少々頼りなく感じますが」

「それはどうも」

「では、また」

 太った男は去っていった。


『雪ん子の会』が指定したのは自分たちの集会所だった。東陽坂をずっと下っていくと窓の多い建物があった。元観光案内所だったらしく看板の跡がかすかに残っており、その上に手紙と同じマークが描かれていた。


「どうも、坂下です」

 痩せた女で、水野の面影は全くなかった。

「片倉です。急で申し訳ありません」

 案内された部屋にはもう二人待っていた。坂下も入れて三人が幹部だと紹介された。


「では、早速ですが、これについてご説明をお願いします」

 片倉は手紙の複製を見せた。

「そのままの意味です。片倉様がF50試やその他試作機関車の収集を行っておられるのでその助けとなりたい。その上で私どもと一緒に仕事をしませんか、という誘いです」

 坂下が言うと他の二人もうなずいた。

「引き抜きですか」

「はい。優秀な交渉人には価値があります」

「そちらに移ったとして、どんな仕事をするのですか」

「東陽坂との請負契約を破棄し、こちらと結ぶまではお答えできません」

 話すのは坂下だけだった。

「ではもうひとつ。レーサー改造の飛翔体を差し向けるような危ない真似をした理由は何ですか。私はある種の威圧と捉えました。実に不愉快です」

「それについてはお詫び申し上げます。そういった意図はありませんでした。単に急いでいたのです」

 片倉は無言で記録映像を再生した。『指示に従え』という命令が部屋に響いた。

「これが脅しでないとおっしゃる」

「すみません。言葉を選んでいる余裕がなかったのです」

「説明を。それとも契約が必要ですか」


 坂下は二人と顔を見合わせ、また口を開いた。


「『東陽坂組織連合』は単なる組織の集合体ではなく、大分裂以前のような自治単位の復活を目論んでいます。『市町村』あるいはもっと大きな『都道府県』というような単位ですね。しかも中心人物の水野氏はそれをさらに古い『本家』と『分家』の関係を用いて実現しようとしています。この言葉、分かりますか」

「分かります。水野が『本家』であなたは『分家』でしたね」

「そこまでお調べだったんですね。なら話は早い」

「なにか証拠はあるんですか。そういう巨大自治単位復活を目指しているという」

「管理体の全権を取って水の支配を行いました。もし権力掌握を狙っていないと言うなら今まで通り維持管理役で良かったはずです」

「証拠というのはそういう憶測ではないものの事です」

 また二人と顔を見合わせた。それから端末をテーブルに広げた。

「内部文書です。入手経路は教えられません」


 その文書には水野を始め『東陽坂組織連合』幹部の印があった。印の個人証明は生きており、ほぼ確実に本人のものだった。大きな自治組織の分析と考察を行ったもので、短い文章が箇条書きにされた形式になっている。


「組織の統合、ですか。公共の福祉のためには地域単位ではなくさらに大きな組織が必要、とありますね。確かに今のように分裂しきっていると資源を食う公共財の整備は後回しか不可能ですからね」

 片倉は目を通しながら言った。

「『公共の福祉のため』と言っていますが『支配』が裏に隠れてます。二ページ目ですが、行動方針を決定する幹部層は『東陽坂組織連合』出身者に限られます」

「ああ、確かに選出方法には問題ありですね。まず東陽坂があって、それから他の組織となっている」

「そこに水野氏の『本家』と『分家』が見え隠れしているでしょう」


 片倉はその後のページも表題と結論だけざっと目を通した。主に公衆衛生、教育、交通、消防、治安について大規模な自治組織となる事でなにができるかという考察が行われていた。今のように小組織やその集合体が細々と手当てするよりはるかに良くなりそうだった。


「全体的には悪くない。上層部は組織を限定しない方がいいとは思いますが」

 坂下と二人はまた顔を見合わせている。片倉は重ねて言った。

「この文書は今日始めて見ました。入手経路は明かせないとの事ですので水野への報告は行いません。しかし、『雪ん子の会』はどうされたいんですか。飛翔体で私のような独立人インディーズを脅すくらいしかしないんですか」

「我々は『東陽坂組織連合』が計画している急な変化には反対です。少なくとも浄水場の範囲内にいる各組織には説明し、了解を取りながら進めるべきです。現状は上下水で頭を押さえられているようなものです」

「しかし、あなた方もF50試を利用しようとしましたね。もしそちらの話に応じていたら、私は『雪ん子の会』として浄水場管理体に届けていたんではないですか。で、全権はそちらに移っていた。違いますか」

「そういう事もご存知なんですか」

「こちらも情報源は明かせません。しかし、そちらの内部文書の提供者と同じだと思っています。他にも事情を知っている組織は多いでしょう。どうやらそいつは組織同士を競合させて同時に動かすのが好きなようだ」


「人間が管理しているのではないのですか」

 男が口を開いた。坂下が睨むが気付いていないようだった。もう一人が視線を送ると悟って黙った。


「そうでもないかも知れません。話をしていると人間のように考えてしまいます。で、いや、これは疑似人格だって打ち消すんですが、打ち消さずに人間のように考えておいた方がいいようです」


 片倉は睨まれた男の方を向いて答えた。口を閉ざしたままなのでさらに続ける。


「坂下さん、この件はきれいに片付かないかも知れません。それでもひとつお願いがあります。今後はああいった飛翔体を送ってくるような軽率な行動はしないで頂きたい。次は今みたいに話に来れないかも知れません。誤解が残念な結果を生まないように自重頂けませんか」

「それはお願いではないでしょう」

 坂下は苦笑する。片倉は続ける。

「我々の力はご存知のはずです。しかし行使はしたくない。穏やかに、波風立たぬように進めていきたいのです。それが結果的に皆の幸福につながると信じています」


 今度は片倉をじっと見た。

「東陽坂は計画を進行させるつもりですか」

「私には分かりません。その計画は今知ったばかりですから。でも進行したとしても止めたり意見したりする立場にはいません」

独立人インディーズはふらふらとどこかへ飛んでいくのですか。火をつけておいて後は野となれ、ですか」

「言葉に気をつけて下さい。私が騒動を起こすのではない。あなた方です。まして本家だか分家だかは関知するところではありません」


 片倉は息を吸った。

「すみません、声を荒げてしまいました。で、どうでしょう。『東陽坂組織連合』に対する正当ではない働きかけはしないとお約束頂けますか。こういう事ですので口約束で結構です。まずはあなた方の誠意を信じます」


「約束しましょう。近いうちに話し合いの場を設けて下さるなら」

「条件はつけないで頂きたい。それとこれとは別の話です。それでいいですか」

 坂下は一瞬黙ったが、すぐに口を開いた。

「約束します。話し合いが実現しようとしまいと、今後の接触は正当な手続きを踏んで行います。しかし、話し合いを望んでいるとは伝えて下さい」

「分かりました。その旨は幹部たちに伝えます。もちろん水野にも」

「それと、浄水場管理体にもです。話し合いに加えて頂きたい」

「それは約束できません。管理体は交渉の対象にはなり得ません。ただのプログラムです」

「できれば、です。しかし坂下が強く要望しているとお伝え下さい」

「分かりました。では、本日の話し合いは以上でよろしいですね。これで失礼します」

 端末を片付ける。


「あ、もうひとつ」

 立ち上がった片倉が急に言った。

「F50試の美品なんてどこで手に入れたんですか」


 見送ろうとした坂下が中腰のまま答える。


「実は複製です。ある組織から形状データを買いました」

「そうですか。そうでしょうね」


 外は曇っていた。雨になるかも知れない。雲はそんな濃さだった。

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