第9話
ナルに再会できたのはパーティーが再結成されてから数日経ったある休日のこと。数日間まったく姿を見せなかったナルは、その日はマスターの館で何事もなかったように文献を漁っていた。
「*マスター・ナル。今までどこに行っていたの?」
「飲みに行きましょうよ、あなたの新しいお仲間も連れて」
ナルは文献から目を離さずに言った。そもそも会話が噛み合っていないが、エリスも彼女との付き合いは長いのでそこは気にならない。しかし、聞きたいことがあるのだ。
『玄室には行ったの?』
何かヒントを求めているわけではない。何か彼女から感じ取れる…不思議な感覚? それとも感触? 自分の内から聞こえるロストしたリリスの声無き声。一体何が気になるのだろう。
ナルが申し出た『ラダルト(凍嵐)教えましょうか?』そこには何も響くものがなかった。ナル自身、会話の中継ぎになんの気なしに言ったのだろう。
失われたスペルを自身はノーダメージで使えること。生まれつきの能力が制限される不思議な呪い(?)を背負った血族。そう、普通ではない。間違いなく思慮深く頭のいい女性ではある。その背負ったもの、そのために制限があるにも関わらず普通のメイジには使えないスペルを身につけている。
エリスはいつも思う。それは子供の頃から。人の目的、過去、そう言ったものに興味がないだけ。だからナルにも個人的な関心があるわけではなかった。それでも彼女から感じる不思議な感覚。それに呼応するリリスの魂。
それがなにかを知りたい。
エリスはため息をついて積み重なった文献の一つを手に取った。間がもたないのだ。
「調べ物?」
「いいえ、なんとなくね…」
「聞きたいこと、あるんでしょ」
「なんでもわかるのね」
「? そうでもないわよ…」
ナルははじめて顔を上げた。
「ワードナの玄室には行ったことはある? マスター・ナル」
ストレートに訊ねてみた。
「あるわ」
その後もナルは続ける。「先日もちょっと行ってきたわ」。
「どういうこと?」
「玄室のことはわたしが話すことではないわ。それ以外のことならいいのよ。それは、あなたが自分で見て知って、ていうのが大事。妹さんの魂と一体化するためにも」
「詳しいことはいいの、先日も行ったってどういうことなの? あなたはなにをしているの?」
珍しく冷静さを失ったエリスを諭すように言う。
「久しぶりにモンスターに遭って落ち着かないでしょう。お仲間も連れてきて。酒場じゃなくてもここでもいいわよ。お客様は歓迎よ。お台所空いてる時にお料理しちゃうから。ちゃんと女性向けのものを作るわよ」
そう言って微笑んだ。
「ああ、僧侶の…」
「そうよ。お話しするなら女性同士の方がいいでしょ。玄室に挑む仲間同士ってことでもよくお話ししておいた方がいいわよ」
翌日の夕刻に約束を取り付け、ミリアがエリスとナルのマスターの館に招待されることになった。おそらく、ナルはミリアにも話したいことがあるのだろう。
(玄室に行ってきたとかリリスのこととか…。)
エリスはいささか困惑していた。しかし、ナルとの対話には意味があるような気がした。迷宮に入ればどんな実力者も常に死と隣り合わせ。知りたいことはその時に知っておくべきだ。明日は来ないのかもしれないのだから。
*ナルはエリスの姉弟子に当たるので、形式上、マスターをつけて呼ぶ。
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