第7話

「もし望むならラダルト(凍嵐)を教えましょうか? むしろあなたならわたしより上手く使えるかもしれないわね」

 ナルは運ばれてくる追加のワインや小皿を受け取りながら話し続けた。

「昔、わたしの血族と全く関わりのないスペルユーザーが使った記録をみつけたわ。その人は女性のビショップだったみたい。複数のニンジャに囲まれて、パーティーも人数が不十分な状態だったんですって。あの時のわたしみたいに第七レベルの呪文を温存したかったようね」

「…あの時を思い出すわ」

「あの時?」

「三年前、ある戦闘でわたしのティルトウエイトとフラックのブレスがぶつかった時」

「うん、覚えているわ。…大変だったよね…」

 ナルの語尾は弱い。彼女もその時のことを思い出した。ボロボロになったエリスを出迎えたのだから。

 ただハードな戦いだっただけではない。エリスは同日に、やっと会えた生き別れの妹を失っている。

 ナルにワインをすすめながらエリスは呟く。

「ティルトウエイトも使い方によってはとんでもない反作用を生むと知ったわ。ロキやカルラ以外は消し炭のようになってしまっていた。ジャドはフラックに首を斬り落とされていた。正直に言って驚いたわ。ダメージを受けていたとはいえ、あれだけのニンジャがあっさりと死んでしまうの」

「ニンジャが首を斬り落とされて死ぬなんて皮肉ね。それにしてもフラックね。一回だけ遭遇したことがあったわ」

「なんでも経験してるのね」

「あなたより長く生きてるわ」

そう言ってナルはグラスを空にして見せる。少し酔ってきているようだ。

「まだまだそんな年齢でもないでしょう? でもあなたは…」

 

 エリスは尋ねようとして言い澱む。

 

 玄室には行ったの? ワードナと戦ったことはあるの?


「話は戻るけど、いまのあなたなら実力は十分よ。無理に新しいスペルを覚えることもないでしょうね。次のパーティーとの探索ですべてをクリアにして…それでも、もし興味があったらその時は言ってね」


(…まさか聞きたいことを見透かされたのかしら? もしかして彼女はすべて、本当にすべて知っているんじゃ…)

 

 そのあとはもうごく普通の(ギルガメッシュの酒場に似つかわしくない)女性同士の食事だった。ほどほどに食べ、ワインを酌み交わし、あまり遅くならないうちにお開きとした。


 そう、エリスはこれから新しいパーティーと迷宮に挑む日々が始まるのだから。

 

 本当に知りたいことは迷宮に中にある。妹のリリスを失わなくてはならなかったの理由も。そして今もなお自分の中に存在するリリスの意思も。


 リリスは厳密には失われていないのではないか。時折、不思議な声が心に響いて、まるで肉体を二人で共有していると思える感覚。

 肉体のキャパシティはあくまで一人分なのに、もう一つの魂。ナルと話していた時は何もなかった。普段の生活、話す、歩く、食べる、眠る…。そういった時にはなんでもないことが、迷宮やスペルの修行に関わると、不意にリリスの意思が流れ込んでくる。エリスはそれに悩まされてもいた。リリスの意思が語りかけてくる時は常に修行であり臨界体制でいた迷宮での日々が日常にも持ち越されて、まったく心が休まらなくなる。


 ナルと話していた時は平気だった。普段、マスターの館で会う時も。


 彼女との食事から帰って、その時の会話をふと思い起こした時、またリリスの意思が流れ込んでくる感覚があった。


 失われたスペル? それともフラックとの戦闘? いいや、その直後のマイルフィックとグレーターデーモンたちとの戦闘? 


 違った。


 ナルは玄室まで行ったのか、ワードナには会ったのか?

 

 きっとそこに疑問を持ったことが、エリスの意思であり内なるリリスの意思でもあったのだろう。


「ナル…」


 いまは新たな探索に集中すべきだった。それでもエリスはナルの存在、その背景が気にかかって仕方がなかった。







 

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