第6話

 エリスはギルガメッシュの酒場には滅多に来ない。初めて迷宮に挑んだ時にはすでにロキのパーティーに参加することが決まっていたし、そもそもロキも仲間を誘って夕食を摂るような男ではなかった。まだカルラが駆け出しの戦士だった頃にはよく食事を奢ってやっていたようだったが。

 だから、ナルに誘われてもあまり足の向く店ではなかったものの、彼女の過去の経験や失われたスペルについて話が聞けるのなら、(まあいいか…)くらいの気持ちはあった。


 数日後に再結成されるパーティー。カルラとも会うのは三年振りになる。カルラはサムライに転職したという。自分自身もビショップに転職し、二年半でプリーストの呪文を全て習得したが、もともと戦士だった者が三年足らずで魔術師系第七レベルの呪文まで習得したと聞いた時にはさすがのエリスも驚いた。


 食事が運ばれてきて、エリスの意識は目の前の料理と、そしてゆったりしたローブに身を包んだ姉弟子に向けられた。


 美しい女性だと素直に思う。彼女のことを以前から知っているというのもあるが、むしろ自己主張しすぎないすっとした鼻に小さな唇。熟練の魔法使いとしての佇まいと年齢相応の落ち着きが彼女の魅力を女性としても人としても引き立てていた。だからこそ彼女のことが気になりもする。経験の長い冒険者たちや訓練場のマスターたちにも一目置かれる存在。迷宮を離れた魔法使い。何かを得て何かを失った魔法使い。


「お魚でよかった?」

 ナルが取り皿をよこした。

「いいわ」

「飲み物はワインでいい?」

「ええ。お魚には合いそうね」


 他愛のない会話。だが。


「あのね。わたし、昔ラダルト(凍嵐)を使ってフロアを凍りつかせて仲間までロストさせちゃったの」

 唐突に切り出してきた。

「仲間まで? どういうこと」

「わたしには失われたスペルを使う能力があったの。血族のせいね。マロールのために第七レベルの呪文を温存したかったから、もうそれしかなかったの。でもさすがに遥か昔のスペルを使うのは危険だったのね」

「わからないわ。なぜ仲間まで巻き込んだの?」

「アンチマジックシールドが効かなかったの。わたしはピンピンしてたけど、臨時で力を貸してくれた彼らまでラダルト(凍嵐)で凍りつかせてしまった。蘇生が効かないほどにね」


 ナルは一息にワインをあおった。淡々と話しているようで、彼女の心には傷が残っているのだろう。


「覚えたい? エリスなら使えるかもね」


 思ってもみない言葉だった。


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