第4話

(研究を続けてきたのは祖先が禁じ手としたスペルを完全に封じるためでもあるの。「人」に使いこなせない術は危険すぎる。)


「千年前の術者は代償としていくつかの能力を失ったらしいわ。その人はビショップだったみたいだけど、文献で調べただけのスペルを、わたしと同じ血族でもないのによく実行できたと思う。素直に尊敬できるのはそこね」


「失われたスペルを…」


「きっとすごく追い詰められた状況だったのでしょうね」


「ナル、あなたの血族ってどんな? だって聞いたこともないわ」


 全てではないにせよスペルを生み出した一族。スペルマスターならば当然、自分たちのマスターだって知っているはずだろうが、エリスはそんな話はまったく聞いたことがなかった。


「拍子抜けするような答えよ。みんな「凡人」だったの。うちの一族の特徴ね。生まれついての能力は人並みか下手をするとそれ以下なんだけれど。数十代前までは天才も多かった、ていうけどね。不思議な存在に能力を奪われたらしいの」


「能力を奪われたってどういうこと」


「永久ドレインよ」


 そう言ってナルは笑った。


「ヴァンパイアとかから受けるアレね。呪いみたいなものよ。危険な血族だと認められ、子孫たちはもう危険なスペルを生み出さないように才能を奪われたの。未来永劫のエナジードレインよ」


「誰にそんなことができるの?」


「聞いた話だと、それは巨大なドラゴンみたいな化け物だったとも剣の形をしていたとも言われている。多分、「人」の目にはそう映っただけで、不思議な無限生命体みたいな何かよ。神かもしれないけど、わたしの想像だとこの世に存在する不可思議な力。秩序を守るために「人」が「人」を罰するための法を作るみたいにわたしの一族もきっとなんらかの制限を受けたのね」


 さらに「いい迷惑だけどね」とも。


「魔法は不可思議なもの。スペルマスターは人智を超えた存在。まさかなんの取り柄もない血族のわたしたちが、てね。過去の時点で未来の能力まで奪われた。そして関心を失われたご先祖様たちは、もはや人伝てに語られることもなくなり、忘れられた。だからわたしの一族のことなんて今や誰も知らない。失われたスペルを使う能力だけは受け継がれたけど」


 エリスは思う。この姉弟子は見た感じには一般人にしか見えないのだ。冒険者たちの中には、天分の才を持たずに生まれたことを嘆く者も多いが、それを補うのが日頃の修業である。ナルは明らかに努力の人だ。訓練所付きの能力鑑定士からも、ナルは30レベルを超える魔法使いであると認定を受けている。だからこそ、冒険者たちからのパーティへの誘いが絶えないのだ。

 

 努力の人だとわかるそれは、30を超えるレベルの魔法使いだということだけではない。3年前、ビショップに転職するエリスにナルが訓練所までついてきた時のことだ。「わたしは一生転職なんてしないと思うから興味があるの」と言っていたが。


 その時に、訓練所に控えている各職業のマスターたちや能力鑑定士たちが騒めいていたことをエリスは思い出した。能力鑑定士の一人が言っていたこと。


「いや…レベルが30を超えていることは凄いのですが、あなたの姉弟子さん、おそらく生まれ持った能力は体力や生命力を除けば知性でもなんでも平均以下だったと思いますよ…。普通、そんな感じで生まれてしまうと、同じだけ努力してもスペルの覚えや飲み込みが遅かったりして、もっと早いうちに引退して一般人に戻ってしまうものなのですがね…。まあ引退はなさっているということですが、よくあの域まで行けたと」


「…彼女は努力家ですから」


「さすがにですね、あんな噂でさえ信じてしまいますね。まさか彼女が、と」


「噂ですか?」


「ご存知ないならそれはそれで…聞かなかったことにしてください。それにしても…きっと、能力値では測れない何かがある方なのだとお見受けします」


 そんなことがあったのだ。



 少しずつナルのことがわかり始めた気がした。10年以上の付き合いのある彼女の、掴み所のない部分。そう言ったことのひとつひとつが。


 そして失われたスペル。ナルが迷宮を離れた理由も、もうすぐわかる。



 

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