初調査(マッピング)終えたら、ひらけゴマ!

「室内に、私たち以外の気配はない。ゆっくり調査してみよう」


 オウルさんの言葉に、通路の辺りに固まっていた私たちは散開し、部屋の中を歩きまわってみた。


 灯りに照らし出されるダンジョンの壁面は、大小様々な石からなり、表面がでこぼこしている。そっと触れてみると、湿ってはいない。小川から離れているからかな? ムッとした土の匂いは相変わらずだけど、地下水は染み出ていないみたい。ダンジョン内も湿気はそれほど無く、思ったよりカラッとしている。


 壁に沿って、天井を見上げてみる。ひゃあ〜! さっきの通路とはうってかわって、この部屋は天井が高い。私を縦に三人分ならべたくらいありそうだ。ということは五メートル弱はあるかなあ?


 部屋の大きさはぱっと見……そうだなあ。四方あるだろうか? 私たち四人が入ってもだいぶ余裕がある位に広い。


「あれ? お部屋の真ん中に何かあるよ!」「え? なになに?」


 レトの声に私は振り返った。って! 部屋の中央あたりで、何かをペタペタと触っているじゃない。う、うーん勝手に触っていいのかな〜と思いつつ、私は駆け寄り、レトが見下ろすものにカンテラをかざした。


 それは私のお腹位の高さの直方体の柱だった。


 レトが触っていたのはちょうど、三十センチ四方の正方形の形をした、柱頭に当たる部分。自然の石とはあからさまに質感が違う。薄汚れているけれど、白色で……台座のようにも見えるなあ。あれ? よくみたら! 中心に何か、はめ込むような溝がある。


「二人とも! こちらの壁面には、壁画のようなものが描かれていますよ!」


 今度は正面からラーテルさんの声がする。私とレトはその場から離れ、ラーテルさんの隣に駆け寄った。ちょうど私たちが入ってきた通路の反対側、真正面にラーテルさんが立ち、右手を高く上げ、壁面をカンテラで照らしている。私とレトも同じように横一列に並び、灯りを掲げ、壁面を見つめた。


「ほ、本当だ〜!」


 壁画が描かれている壁面もまた、辺りの自然石とは違う滑らかな白色の一枚岩でできている。しかもこの一枚板の大きさが普通じゃない。高さ二メートル横三メートル以上はあろうかという大きさだ。


 そしてスベッとした表面には羽を広げ空を飛ぶ、首の長い鳥を空から見下ろしているかのような図が描かれている。さらに観察すると、塗料では無くて、絵柄は彫り込まれているようだ。


 それにしても大きな鳥だ。左右合わせた羽の長さは、私たち三人が手を伸ばして繋いだくらいの長さはある……。


「これ、魔法ギルド鳥のマークに似てるよね〜」


 レトが言う。ああ、そういえば! 私は壁画から離れ全体を見渡した。確かに、一ヶ月前ソロルが背にしていたマントに描かれた紋章そっくりだ。 


「そういえばそうだね! 五芒星の中心にいた鳥」


 私の言葉に、オウルさんが頷きながらレトの隣に立った。


「よく気づいたね。これがダンジョンを封印している扉だ。印章シグナムを使えばこの扉を、つまり封印を解くことができる」


 目の前の鳥を見上げて続ける。


「このダンジョンは、魔法ギルド長のサイキが作り出したものだ。彼女のサインは空を飛ぶ……白鳥・・だ……」


 なるほどお。とすると五芒星には、一体なんの意味があるのだろう。五芒星……都……私、実はそれについてすでに答えを知っているような気もするんだよね。う、うーーん。


「鍵、つまり印章シグナムは一ダンジョンに対して、一つ作られるものなのですか?」


 悩む私を置いて、ラーテルさんが、オウルさんに質問している。


「いや。印章シグナムは術者が用いるサインのようなものなのだ。一人の術者に一つのサイン。それでダンジョンを封印する。だから術者とダンジョンとの関係は一対多・・・。ということになる……」


 なるほどお。ってことは。印章が一つあれば、その人のダンジョンならどれでも開けられる・・・・・・・・・ってことかあ。


「扉が開くところ、みてみたいなあ〜」「あ! 私も私も〜!」


 レトの言葉に手を挙げると、オウルさんが、困り顔で微笑む。


「その前にやることがあるだろう? 研修で習ったことを思い出して。できるかい?」


 ああそうだった! 大切なことを忘れてたじゃないか! 大切なお仕事、遺跡調査。帳簿をつけなくちゃね!


 私はオウルさんからリュックを受け取りチャックを開けた。中から道具を取り出し、早速調査が始まった。


 まず、巻き尺、そして角度計を使い、レトとラーテルさんが部屋の大きさを測る。私はノートを開き、ペンを片手に、方位磁石を見つつ、二人が計測した寸法をノートに書き取る。


 あ、その前にここに来るまでの通路についても、簡易的に記載しないと、メモメモ。


 そう。あらかじめ調査を行う際の役割分担は研修の時に決めてしまったんだ。


 調査の時に、一番人手がかかるのは測量。あと観察だ。ダンジョンには大きい部屋も多々あるから、調査の人手はいくらでも欲しいそうなんだ。そうやって調べた結果を記録するのが書記の仕事。測量結果から図面をイメージして書き起こしたりもする。付箋をつけて、メンバーのどんな小さな報告ももらさず記入するのも大切だ。


 研修中にメモを取りながら聞いていたら、それを見たオウルさんが、書記はアーミーが適役なんじゃないかって推薦してくれて。それでこの役を受けることになった。自分ではよくわからないけど、直感力、観察力があり、絵も上手だからって……もともと絵を描いたり、文章書いたりするのは好きだから、一も二もなく引き受けることにしたんだ。


 それに……私はレトみたいに回復魔法が使えたり、ラーテルさんみたいに剣術に優れてるわけでもない。特技もなくて、足手まといかなって悩んだ時があったから、ちょっと嬉しかったんだよね。


 えっと。二人が測ってくれた寸法と角度をもとに図形を描いていく。




 そうだ! 良かったらみんなも方眼紙が手元にあったら書いてみてね!




 文章で説明するのは難しいけれど……計測された寸法を見ると、この部屋は台形のような形をしているようなんだ。


 北側上低、つまり壁画があるところは約六メートル。


 南側下底、つまり私たちがこの部屋に入ってきた穴がある箇所は長さは約八メートル


 右辺は上下底に対して直角になっていて七メートル。左辺は斜線状になっている。


 私たちが入り口から四つん這いに張ってきた通路は、ほぼ直線。この部屋の右辺の部分につながるような位置関係になっている。



 あとは……部屋の真ん中にある台座。台座の上の溝のサイズ(深さ五ミリ、幅二センチっていったところかな)、を記入して。壁画の前に立ち、サイキの鳥のマークを書き写つせばこの部屋の調査は終了だ。


 壁面のサインを書いているときに、なんだか不思議な感覚にとらわれる。私……真上からこの鳥を見たことがある? 鳥は誰かともみ合いになっていたような……? いや、そんなこと、ある訳ない。そもそも私、飛べないし!


 三十分とかからず、ノートの見開き、左側にダンジョンの部屋の形、壁画のシンボルを。右側に詳細寸法を、書き込みオウルさんに確認してもらった。オウルさんは満足そうにうなずき、私たち3人を微笑みながら代わる代わる眺める。


「驚いたよ。初めてにしては手際もいいし。図面も良くかけている。アーミーはとても絵が上手だね」


 私たちは顔をみあせてガッツポーツした。えへへへ。人に褒められるなんてあまりないから、嬉しくなっちゃうなぁ。オッケーをもらい、道具とノートをリュックにしまう。オウルさんはそれを背負うと、台座の後ろに立った。私たちも彼の背後に並んで立つ。


「それじゃあ。封印を解くよ。この作業は誰でもできる。印章シグナムと、何かしらの明かりがあればね。見ていてくれ」


 オウルさんに言われ、私たちは自分たちのカンテラを消した。台座に乗せた彼のカンテラだけが赤々とした光を放っている。オウルさんは懐から取り出した印章シグナムを台座の溝に差し込んだ。


 と、同時だった。


 カンテラの明かりに照らし出された印章が一度、目を覚ましたかのように、青白く光った。それは火種の光を吸収するように淡く光り続け……次の瞬間、太陽のように強く、真っ白に光り輝き始めたじゃないか! だけどこの暗さでしょ? 目が痛い! って何が起きたの? 急に左腕が重たいいいいいい!? 目を細めてそっちを見ると、えええ!? 怯えたレトがしがみついてるじゃない? でも何が起きているか、そっちの方が気になるし。私は目をほそーく開け、レトをぶら下げたまま、成り行きを見守ることにした。


 印章の表面、刻まれていた模様の上をひときわ青い光がなぞるように動いていく。すると……。


「アーミーみてください! 壁面まで!」


 ラーテルさんの声に、私は目の前の壁面を見た。うおわああ! 何これ!? 壁面の溝の上を、印章から放たれた光線がなぞっていく。光線が通った後は光のインクがついたように、淡く輝いている。まるで見えない何者かが、印章を通して、壁に一筆書きで壁画を描いているようだ。光はあっという間に鳥の絵を描き出す。


 そして……。


 ぎゃあああ! 扉が眩しくフラッシュした。もう目も開けていられず、私はぎゅっとまぶたを閉じた。と。ゴゴゴゴゴゴとも、ずるずるともとれる、重たい何かが引きずれる音が辺り一帯に響く。もしかして?


「扉が開いてるううう〜」


 レトの声に目を開く。本当だああ〜!なんと扉が左側へゆっくりとスライドしていく。途端、開いた扉の隙間から、ずっと開けていなかった物置小屋のような、土臭いような、カビ臭いような。生臭い空気がもわ〜っと吹き抜けてきて、私は思わず手で鼻を覆った。


「ヒィっ!」


 レトは鼻がいい方だから、この匂いが堪らなかったのだろう。悲鳴を上げようとした。しかしオウルさんが厳しい顔で振り返り、形のいい唇に指を当てた。私はそれに気づき、慌ててレトの口を両手で抑える。はぁあ。間に合った。危なかった。


「ここから先は原生生物が住み着いている可能性が高い。皆気を引き締めて。静かに行こう。とりあえずカンテラに火をつけて」


 私、そしてレトは、オウルさんのカンテラの光を頼りに、急いで自らのカンテラに火打石で火を付けた。ってあれ? ラーテルさん? そういえばラーテルさんはその場に立ち尽くしたままだ。その視線は、壁画があったさらに先……闇に包まれた先の部屋を、少し鼻を上げるようにしてうかがっている。


 ……な、なんか。いやーな予感。


「ラーテル?」


 その表情に気づいたオウルさんが、真剣な表情で彼女に囁きかけた。ラーテルさんは私たち、そしてオウルさんを見て険しい表情でうなずいた。


「気配が、します。おそらく原生生物……次の部屋の右奥の方です」


 や、やっぱりぃいい!? とうとう来たかー!


 目と口を開けたまま固まる私の隣で、レトの「うぐぇ」というおかしなうめき声がやけに大きく耳に響いた。

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