城のふもとの、これがダンジョン?!(2)
たたずむ私たちの足元には、刈り込まれた芝生の草原が広がっている。
それをしばらく進むと、見上げるほど大きな丘の側面につき当たる。丘には木々が生い茂り、まるで山みたい。それらの木々の間から、例の城壁が数枚、ミルフィーユケーキのように折り重なっているのが見え、さらにそれを登りきった先には、真っ白な王城が堂々と鎮座している。
「お城に到着するまで、かなりの距離がありますね」
「攻め込まれた際、敵兵の位置確認が容易だし、上部から攻撃も仕掛けられる。敵歩兵も疲弊するしね。考えられて造られているんだよ」
オウルさんはそう説明しながら、リュックから縮小した地図を取り出し広げた。
「前回から二年近く経っているからなあ……どこだっかな? まあ、急ぐことはない。ゆっくり行こう」
地図を手にしたオウルさんを先頭に、私、レト、最後にラーテルさんの順で丘へ向かって歩き出した。草原には小さな黄色い花が咲き乱れ、白い蝶々が飛び交っている。レトがそれを捕まえようと飛び跳ねる。なんだピクニックに来たような気分になってしまう。
しかし、それも束の間。
草原を抜けて丘に入ると、途端道は険しくなった。丘の側面に螺旋状にぐるりと警備用の道があるんだけど、枯葉に埋もれかけ獣道みたいになっている。私たちは、道を外れぬよう、目を凝らし、枯れ葉を踏みしめ山道を登ることになった。
どれくらい歩いただろう?
ふと顔を上げると、チョロチョロと水の流れる音がする。丘に川? 驚いてオウルさんの背中から顔を出し道先に目をやると。数メートル先に丸太で作られた簡易的な橋と、その下を流れる小川がある。こんな所に川が流れてるなんて!
「こんなところに小川があるんですね」
「おそらく城の生活排水だろうねえ。しかし。地図によるとこの小川からもう少し行ったところのようだ。この辺りで休憩していくかい?」
は、排水かあ……。とはいえ、オウルさんの申し出に、少し疲れが出てきた私達は賛成し、一度荷物を降ろし休憩を取ることにしたんだ。
初夏前の木々は、この時期特有の濃い若葉の匂いにあふれている。涼しい風に空を仰ぐと、黄緑色の新芽、若葉が茂り、その隙間からビーズのようにキラキラした陽射しが降り注いでくる。
「研修でなければピクニックに来たようなノリになっちゃうね〜」
私の言葉に、オウルさんが苦笑いし、
「こらこら、気を抜かないように。慢心は怪我の元だよ」
そう注意されてしまった。それを聞いた隣のレトが、ニコニコしながら膝に置いた肩掛けカバンをおもむろに開ける。
「今日はたくさんケガをしてもいいよぉ、いっ〜ぱいお薬を持ってきたからね、ほら!」
肩掛けカバンから覗く、大量の薬瓶。こ、これ重くないのかしら? なんて思ってるうちに、レトはその中の小瓶を一つ取り出し高く掲げた。む。嫌な予感! そう思うと同時につるりっと白い指から滑り落ちるガラス瓶!
「あああ! ボクの薬ぃいいい」
ほらやっぱりぃい! 瓶はコロコロと小川と反対側、これから向かう方へ転がり落ちていく。ああ。タイミング悪くあちら側は下り坂になっているからして、その勢いは止まらない。
「おやおや」
上司に行かせるわけにいかないものね。立ち上がろうとしたオウルさんを、私は制した。
「もう、レトったら。オウルさん、そのまま地図を見ていてください。ちょっと取ってきます」
「アーミー、気をつけてくださいね」
追いかける私から逃げるように、スピードを上げ薬瓶はそのまま低木の茂みの奥へ入っていってしまった。顔を上げると、いつの間にか目前には木の根やツタが絡む石がゴロゴロと出っ張った丘の壁面がある。どうやら薬はこの壁の下あたりにありそうだ。
しゃがみこんで茂みの下を覗き込む。その時だ。ふわ〜と湿った冷たい風に顔を舐められた。
こ、この土臭い独特な香り、もしかして! 私は茂みの中に立ち入り、石壁を覆うように生えるツタをそ〜っとかき分けてみる、と。
あああ! 意味深な高さ一メートル、幅1.5メートルほどの、真っ黒い穴がボカンと口を開けているじゃないか!
「オウルさん! ここに人が通れそうな穴が開いてますます。これがそのダンジョンの入口ですか?」
私の声に、放り出していた荷物を背負い、みんなが慌てて走ってくる。オウルさんがすぐさま私の隣にしゃがみ、地図を広げて穴を見つめた。
「こ、これが入り口ですか?」「なんだか狭いねえ〜。こ、こわいなあ」
後ろから同じように覗き込むラーテルさんと、レト。オウルさんは地図とその穴の場所を見比べ……じっと穴を見つめ続ける。もしかしたら、違う穴だったのかなあ?
「あの、違いますかね?」
「え? あ、いや……」
ツタをつかみながら尋ねる私に、弾かれたようにオウルさんは私を見上げた。そして……なぜか薄いメガネの向こうから、青い瞳でじいっと私を見つめ……メガネを片手で直し、目を閉じる。何か思いついたように、深くうなずいた。彼のひし形のピアスがキラリと光る。
「すまない。私も二年ぶりになるからね、記憶を思い返していたんだ。雨風で入口が崩れてしまったようだが、研修ダンジョンに違いない。中に入ろう。みんな、持ってきたランタンに明かりをつけて、ベルトに固定するように」
なるほど、そういうことかあ。
確かに2年前に一度行ったきりじゃ、忘れちゃうよね。しかも入り口が崩れているんじゃ……。でもとりあえず見つけられてよかった!
私たちは教えられた通り、カバンから冒険用のランタンを取り出し、火打ち石を使い油に火をつけ、ベルトに固定した。こうすると両手が空くから探索が安全に行える。そうオウルさんに教えてもらったんだ。
「では私が」
ダンジョン探索の先頭は、体力、防御力、できれば攻撃力も高い人と決まっているらしい。住み着いている原生生物が襲ってきたときに、最初の攻撃を受けるのが先頭の人になるからだ。
先日の打ち合わせで、メイルを着込むことができるラーテルさんが先頭って決めてあったんだけど……。
「いや。入口が崩れていたし、内部に変わりがあるかもしれない。心配だ。私が先頭で行こう。しんがりはラーテル、君に頼んでいいかい?」
髪を一つにまとめつつ、オウルさんがそう言い放つ。私たちは驚いて顔を見合わせた。いきなり隊形が変更になるなんて。
「……はい」
でも、実地はナマモノ、その時々で臨機応変に対応していくことこそ、安全に調査を進める極意だと教えてもらっているからね。それほどパニックになることもなく、私たちは素直にオウルさんの指示に従うことにした。
四つん這いになり、オウルさんの後ろを私、次がレト、最後がラーテルさんという並びで穴の中に入る。ラーテルさんの武器が入るかどうか心配だったけどギリギリ入ったようだ。ふう、一安心。
ひゃあ……。ランタンの明かりがあるとはいえ、中は真っ暗。ほんの数センチ先しか見えない。そんな息がつまるような狭い空間を四人で並んで進む。途中一度オウルさんが立ち止まり、
「レトの薬があった。私が拾っておく。みな背を低くして、気をつけていこう」
そう声をかけてくれた。幅の狭い道はどうやら下り坂になっているようだ。外から吹き込んだ枯葉がだいぶ中まで入り込み、ふわふわの絨毯のようになっている。
入り口から十数メートル歩いたあたりから、次第に頭上に隙間。空間が出きてきて、さらに十数メートル進む頃には立ち上がって歩けるようになった。でも狭いのは相変わらずで人一人通れるぐらいの幅しかないけどね。
「お。広い空間に出たよ」
オウルさんの後ろ姿が、ふっと私の視界から消えた。慌てて私も追って狭い道から飛び出す。おお! 圧迫感を感じていた石壁が急になくなり、身の回りの空間が広がるのを感じる。オウルさんがランタンを片手、に辺りを見渡しているのにならって、私も急いでベルトからランタンを外し、右手で天井に向けて掲げてみた。
す、すごいいい〜〜!
ユラユラ揺れる炎に照らし出される、初めてのダンジョンの内部。そこには不可思議な光景が広がっていたんだ。
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