夜空を仰いで、一致団結!(1)

 木の天井にできた、わたあめの形のシミを見つめ続ける。うーん。ううううううん!


「はあ! 寝れない!」


 私はベッドのシーツを蹴っ飛ばして身を起こした。明日は朝九時集合。寝坊して遅刻しないよう早く寝ないといけないのに。緊張なのか、興奮なのか今日に限って全く寝れないのだ。もう。


「少し夜風にあたってこようかなぁ」


 白いノースリーブワンピースのネグリジェのシワをチャチャっと直し、髪の毛を手ぐしでささっとなで付ける。サンダルを引っ掛けて、私は自室の扉を開いた。


 エルクさんの部屋の前にある、裏庭に通じるドアから外に出る。ふわっと湿った夜の風が吹き込んできた。


 肌寒くて思わず腰に尻尾を巻きつけてしまう。お庭には明かりはついていないけれど、星明かりで、前が見えない、と言うほど暗くはない。庭のあちこちでジージー鳴き始めたオケラの合唱を聞きつつ、なんとなくぶらりと、庭の隅、水路から水を引き込み小川となっているあたりに向かう。


『こりゃ、何かひと騒動ありそうじゃな、ウヒッヒッヒ』


 昼間商店で出会ったヘルマおばあちゃんの、甲高い笑い声が耳によみがえってきて。私は小さくため息をついた。


 そうなの。私たちはオウルさんの行きつけの道具屋でお買い物をしたんだ


 彼の案内で、四人で庁舎を後にし、広場からトラムに乗って初めて王都の西側に行ったんだよね。東側は寮があるように、住宅街なんだけど、西側は圧倒的に商店が多い。特に「安さの王道! デラマンチャ」っていう超有名な三階建ての大型ショップがあって、てっきりそこかと思ったら、なんとその店の裏の路地のさらに奥、気をつけていないと通り過ぎてしまいそうな小さな個人商店が、オウルさんの行きつけだった。


 白く曇ったガラス戸を、ガタガタ音をさせて開けると、薄暗い店内から中から小人? じゃなくて、身長が私の半分もない、頭にお団子を一つ結ったグレーの髪のおばあちゃんが出てきた。同色の大きくまあるい耳に、細いヒモのような尻尾。エンジ色のローブをはおり、腰の辺りで紺色の幅広の紐で縛り上げている。腰は曲がっていて、シワシワの顔に埋もれた目は閉じていて、目が良くないのかな……って思ったんだけど。


「久しぶりじゃないか、オウル! 久しく顔を出さないから、地底でくたばったかとおもっとったわい! ひえっへっへっへ」


 なんて部屋中に響き渡るほどのしわがれた声でどやされて、私たち3人は驚いてのけぞってしまった。


「例のブツ、取りに来たんじゃろ! こりゃ! そんなとこにボサッと立たれたら邪魔邪魔、あんたらもみんな奥、入んな!」


 とまくし立てられ、その勢いに圧倒されてしまう。慌てて中に入り扉を閉める。それを確認すると、おばあさんは薄暗い店内のさらに奥に引っ込んだ。見渡すとお店の中はガランとしていて、何にもない。


「彼女はヘルマと言ってね。昔から冒険用の特殊な道具を売るこのお店をされている。表の大型量販店は彼女のお孫さんが開いているんだ。だけど、私はこちらのお店の方が落ち着くんでね。先に連絡を入れておけば、なんでも揃えておいてくれる」


 オウルさんが、辺りを見渡す私たちに、いつも通り冷静沈着に教えてくれた。暗闇からロープ片手にヘルマさんが姿を現す。


「ふん。孫のやつ、金に目がくらんで、商売をナメ腐りやがって。そのうち痛い目に合うねありゃ。もちろん助けてやるつもりは無いがね、はいよ」


 オウルさんはしゃがんで、おばあさんが手にしたロープの束を、ありがとうございます、としっかり受け取り、代金を支払う。それを見ていた私とラーテルさんの後ろから、出し抜け声がする。

 

「アレェえ? これ、なんだろう〜?」


 振り返ると……ゲゲゲ! レトってばいつの間に? 勝手にお店の隅っこに置かれたなんか人の背の高さより大きい縦長の置物? を勝手に触ってるし!


「ちょ、ちょちょちょ、レト、勝手に触ったらまずいんじゃないの?」


 その置物はとても不思議な形をしている。細長い胴体の上に、まあるい大きな透明のガラス玉が載っていて、覗くと中に大小様々なサイズのアイテムが、同じような丸い透明のカプセルに入って収められている。頭の大きな人間が立ち尽くしているみたいな形なんだ。


「何かの、機械でしょうか。アイテムのようなものが詰まってますが」


 ラーテルさんの言葉に、私とレトが頷くと、書きかけの領収書を片手にヘルマさんがこちらへ近づいてきた。


「ふん。こいつらが例の研修生かい?」

「ええ。明日初実地研修なんですよ」


 ヘルマさんは、一度オウルさんを振り返り、私たちを見上げて……。


「ふーん。ふんふん、ほぉおお。ほえっへっへっへ」


 まぁあた、大声でそっくり返って笑われた。ええええ、なに、なに? 何かおかしかったあ? それとも、顔に何かついてるかなあ。


「んじゃ餞別をやろう。一回、回していきな。これはマジカルクランクっていうシロモンだ、機械の下についたハンドルを回すと、冒険中、運気を上げるアイテムが出てくる仕掛けになっとるんじゃよ」


「アーミー、やってみてください!」「ボク怖いから、やってみてぇええ」


 ええええええ! 二人とも! って特にレトってば自分が触り出したのに、こう言う時だけ人にやらせるんだからなあ。仕方なく私はしゃがみこみ、置物の下についた、水道の蛇口についたハンドルのようなものに手をかけた。


 えぇええい!


 ぐるぐるっと時計回りに二回、回すと、ガチャガチャっと言う音ともに、一度ふっとマジッククランクが光ったように見えた。と、大きな丸いカプセルが下の口からごろりっと出てくる。慌ててそれを手に取る。中を覗くと。手に乗るほどの可愛いサイズのまあるい赤い時計が入ってるじゃないか!


「かわいい。これ時計かなあ?」


 ちょうどよかった! 目覚まし時計を探してたんだよね〜! 私は思わずにこにことそれを見つめると。


「これは時計式の時限爆弾じゃな」

「ば、爆弾!?」


 ぎゃああああ! って思わずカプセルを投げてしまった! って、まずい、衝撃を与えちゃいけないんだっけ!? っって思うと同時に、ラーテルさんが速い身のこなしでそれを受け取ってくれる。は、はああ。私たちは肩で深く安堵のため息をついた。あ、危なかった。


「ふむう。何か、大きな予感がするわい。特に、お主がその鍵を握っておる」


 ヘルマさんはそう言って……なんと私を指差したんだよね。こう言う風に指を差されるの初めてじゃない。ほら、一ヶ月前、あの猫娘の魔法使い、ソロルに私は同じように差されたことがある。思わず目を見開いて、息を止めてしまう。


「オウル。あんた、しっかり見といてやらにゃ、って。そういやあ、あんた人の上に立つような柄じゃなかったねえ、ひえ〜〜ひえっへっへっ」

「ははは……面目ない……」


 髪に手をやるオウルさん。耳につけたひし形の黒いイヤリングがなんだか悲しそうに光っていた。オウルさんとは一ヶ月職場で色々なことを教えてもらった。すごく丁寧で、優しくて。理想の上司って感じの人なのに。ヘルマさんはなぜそんな言い方をしたのだろう……それはわからずじまいで……。


 私は小さくため息をついた。


 魔法使いのソロルや、商人のヘルマさんにのこともそうだけれど、その前に騎士団の人からも、嫌な顔をされたのを思い出す。そういえば、副団長のバルトさんにも嫌な顔をされたんだった。


 目立とうなんて思ってないし、そうしたいとも思わない。ただ、普通に振舞っているつもりなのに、なぜかトラブルメーカーになってしまっている気がする。


 私は……自分のせいであれば何かトラブルに巻き込まれても、しょうがないと諦めがつくんだ。そういう運命だったって、受け入れられると思う。


 でも一緒にいるレトとラーテルさんを困らせてしまったらどうしよう。私のせいで迷惑なんてかけたくない……。


 小川から奏でられる、耳に心地いい水の音を聞きながら、私は、深くため息をつく。


 ――まさに、その時だった。

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