1ヶ月の研修! そして決定初ダンジョン!

 それから私達は一ヶ月みっちりと講習を受けることになった。


 オウルさんからは、ダンジョンの調査方法。これはまずダンジョンに入ったら、危険がないか確認して、一部屋ごとに大きさなどを測定し、罠などがないか確認して、ダンジョンの詳細を帳簿に書く手順などをおそわった。主に資料作成と、探索の仕方について、だよね。


 そして寮に帰って夕食の後は、エルクさんから、護身術を裏庭で教わった。これは主に私とレト。私は素早さを活かせるようにと大きめのナイフを。レトは魔法で目くらましをした後かなづちタイプのステッキを使って。原生生物に襲われたらどう対処するかを学んだ。


 そう! ラーテルさんは私たちとは別の時間帯にレッスンを受けることになった。ほら最初に悪魔の眷属に襲われたじゃない? あの時、私は全然わからなかくてレトから聞いた話なんだけど、彼女、自分の背丈ほどもある、木造りの巨大なハンマー型の武器で私を助けようとしてくれたらしいのだ。戦闘能力が飛び抜けて高いらしく、私たちとは別にエルクさんから個人レッスンを受けることになったんだよね。


 毎日すっごく充実していて、帰ってベッドに寝たらもう、朝?! みたいな日々が続く。オウルさんのこと、悪魔のこととか、知りたいこともあったのだけど、毎日教えてもらうことが多くて、予習、復習だけで手いっぱいになっていて、疑問はあっという間に頭の片隅に追いやられてしまった。



 そしてとうとう今日が来た! 配属から一ヶ月経つこの日……! 



 私たちはいつもの通り、庁舎にある尖塔の6階。遺跡調査課の部屋に詰めていた。


 部屋の真ん中にある大きなテーブルの上には、束ねられたロープ、厚目の方眼ノート、筆箱、軍手、方位磁石、測定用の細い糸、スコップ、ハケ、遺物を包む古布、メジャーが並べられている。これは発掘用の道具一式だ。私はオウルさんに教えてもらった必需品チェックリストと照らし合わせながら、それを藍色のリュックに詰めていく。


 隣でレトがチェックしているのは、ダンジョン探索に必要になる道具一式。これは人数分必要になる。だから三セットだね。水筒、ビスケット、チョコなどの携帯食料。ダンジョンの中にもちろん明かりはないから、手にもてるランタンと油。火をつけるためのマッチと火打ち石。後、万能ナイフ。


 今回は半日で回れる研修用ダンジョンってことで、荷物は少なめだ。もっと大きいダンジョンの時は食料や水などを多めに持っていかないといけないらしい。レトのチェックが終わった後、さらに隣のラーテルさんが、私たちそれぞれのカバンにそれらを詰めていく。


 よし! 明日の準備はこれで完了だね!


 他は寮でエルクさんに今訓練中の武器と、毛布や寒さをしのげるマントを借りて装備すれば完璧だ。レトはこれとは別に薬草や、薬、応急処置セットを持っていくって行ってたなあ。……心配だから明日出かける前に持ったか確認してあげないとね。


 オウルさんはそれを静かに見つめている。私たちが全ての手はずを終えて、彼を振り返ると、大きく頷いた。


「これで準備完了だ。良い手際だった。研修の成果が出ているようだね。それでは、明日潜る研修用ダンジョンについての説明をしよう」


 私たちは、静かに黒板を前にして席に着いた。オウルさんが黒板の真ん中に、大きな地図を張り出す。えっとこれは……この王都アマデトワールの地図? だけどお城のあたりが、大きく拡大され、東側の部分に、バッテンがついている。ということは。お城が立っているあの大きな丘の麓辺りにダンジョンがあるってこと? 


「さて、これが今回潜ってもらう研修用ダンジョン、通称1504番ダンジョンの場所だ」


 メガネを右手で直しつつ、オウルさんが、赤いばってん印を指差しそう言った。


「ダンジョンってぇ、お城の下の丘にあるんですかぁ?」


 早速レトが手を上げて、まださされてもいないのに質問する。オウルさんはいつも通り静かに微笑みながら、


「そうだ。君たちた初心者だからね。研修用に作られたダンジョンを使う。しかししばらく使っていないから、何か生き物が住み着いてもおかしくない。抜かりなく準備し、気を引き締めて入ってほしい」


 やっぱりそうなんだ。ダンジョンっていうからてっきり王都の外にあると思ったんだけど、ちょっとホッとしつつも、私たち三人は顔を見あわせて深くうなづいた。


「場所は城の下、丘のふもと、東側のこの辺りだ。明日は寮を出て、大通りを横切り、そのままま突き当たりまで直進、丘を囲むゲートの前でこの丘に入る待ち合わせをしよう。朝の九時にね」


 なるほど。朝の九時。私はゴクリっと唾を飲み込んだ。一ヶ月って短いようだけれど一ヶ月前の自分と比べれば、だいぶ成長したと思う。特にエルクさんから教えてもらった護身術! 今まで武器なんて手にしたことなくて、使えるかすごく不安だったんだけど……やってみたら、エルクさんの教え方も上手で、もちろんたっくさん苦労もしたけれど、思ったより早く護身術を身につけられた。


 でも、それは訓練での話だ。実際実地に出向いて、襲ってきた生き物に対して、私は研修の通り手際よく相手を追い払えるだろうか……。うーん、自信ないなぁ。


 なんて、内心ドキドキしている私の前で話はどんどん進められていく。次はラーテルさんが手を上げた。


「それとあの、封じられたダンジョンの入口を開けるのには、印章シグナムが必要と聞きました。それは?」

「さすがだね。大丈夫、それはここにある」


 そうだった! 印章シグナム! 一ヶ月前、私たちが初めてオウルさんにダンジョンの話を聞いのを覚えてるかな? ダンジョンっていうのは、昔の人が魔法で悪魔を閉じ込めて出来たもの、じゃない? それは通常魔法をかけた人の魔力で扉ごと封じられているものなんだ。それを開くには、術者が念を込めた鍵、「印章シグナム」っていうものが必要になるそうなんだ。


 オウルさんが懐から何かキラキラ輝くものを取り出し窓から差し込む陽の光にかざした。私たちは顔を寄せ、目を細くしてそれを見上げる。それは……手のひらに乗るくらいの、小さくて薄い透き通ったガラスの板だった。こ、これが鍵? この板でどうやって扉を開けるというんだろう。


「今回のダンジョンは、魔法ギルドの長であるサイキが研修用に特別に作成したものになる。この印章シグナムも、サイキが作ったものだ。研修だから要らないっていう意見もあるが、リアルなダンジョン、というもの知ってもらいたいからね、このように印章シグナムも作成してもらったんだ」


 そういうとオウルさんはラーテルさんに、それを手渡した。順に回すように、言ってくれる。ラーテルさんから渡されて私もそれを手にしてみる。うわー。本当。薄いガラス板そのものだ。でも。光にかざすと。ああ! 何かうすーく模様のようなものが刻まれているのがわかる。


「この印章シグナムは術者により巧みに隠されていることが多い。そのため実際の探索となると、まず術者の身辺調査をして、これを手に入れることから始まるんだ。その経緯も資料としてまとめる必要があるんだが……まあ如何せん遺跡調査はやることが多くて困ってしまうよ」


 苦笑いしながら、オウルさんは、時計を見上げた。まだお昼を食べて一時間経ったくらいだ。夕方まで時間があるけれど。


「さて、これで準備はお終いだ。今日は終業までまだだいぶあるが、明日のこともあるし早めに切り上げるとしよう。寮に帰ってゆっくり休んで、明日に備えるように」


 そう言った。ふぅう。今日はちょっと早めに帰れる、って思ったけど。実際は緊張で何も手につかなさそうだ。そもそも仕事自体今朝から手についてない節はある。もしかするとオウルさん、それに気づいて早めに切り上げてくれたのかもしれない。


「そういえば……。もう少し長めのロープもひと束用意したほうがいいかもしれないと思っていたんだ。王都の西にある冒険専門の道具屋に帰りに寄っていくかな。資材の調達はこれから君たちにもお願いしたいからね、よかったら一緒に行こうか」


「はい! 行きます!」「私も参りますわ」「ぼ、ぼくもぉお!」


 寮に帰ったとしても、きっと部屋でウロウロしているだけになりそうな私にとって、それは嬉しいお誘いで、大きな声でそう答えた。ラーテルさんとレトも慌ててそう返事をする。二人を振り返る。あーやっぱり。二人とも口をへの字に曲げてすごく緊張した面持ち。


 ふぁあああ〜なんかしてないと、していても落ち着かない! 明日の今の時間には私たち、ダンジョンに潜ってるんだよね?? 無事攻略して夕方には帰ってこれるかな!? もーー! 気が気じゃないよ〜〜!



 そんなわけで、私たちはオウルさんのお誘いを一も二もなく受けて、お店とやらに同行させてもらうことにした。塔の階段を四人でおり、広場からトラムに乗り、都の西側に行くらしいんだけど……。トラムに乗るのに小銭を出そうとポケットに手を入れて。おばあちゃんへの手紙を、朝からポッケに入れたままにしていたのを思い出した!


「あ、おばあちゃんへの手紙。出し忘れちゃった」


 エルクさんの寮を出てすぐのところにポストがあるんだけど、考え事してて、忘れちゃったんだよね。オウルさんがそれを見て、広場の北側、建物と建物の間を通る、狭い路地があるあたりを指差した。


「あの路地のところに、古くて小さいがポストが確か一つあったはずだ。待っていてあげるから、行っておいで」


 ラーテルさんとレトも待っててくれるというので、その場から離れ、一人、広場の北側の狭い路地へと小走りに急ぐ。路地が近づいてくると……あ! 本当だ! 確かに狭い路地の間に、隠れるようにして小さな赤いポストが立っている。たどり着いて、手紙をポストに入れる。ふう。と? 路地の奥の方。暗闇に紛れて、誰かが壁に背を預け立っているのが見えた。


 路地に差し込むわずかな光が一瞬その男性の顔を映し出す。あ、あれは! 


「あ……」


 思わず声を出してしまった。み、見覚えがある! 背が高く、がっちりとした、大きめな三角の耳に同色のグレーの髪の男性。あれは確か、一ヶ月前。悪魔の眷属に襲われた時に、助けてくれた騎士団の団員で、馬車で私たちの座席の前に座っていた人だ。三人でうるさくして何度も注意されたので覚えている。でも、なんでこんな所に?


 しかしこちらに気づいた団員さんは……目を剥いた私を睨みつけた。そのただならぬ形相に思わず、一歩後ずさってしまう。あれ? 団員さんの奥。もう一人、誰かいる?


「ダイガルさん、前回のお支払い分……。まさか王立騎士……、ギャン……金を……」


 細い光にちらりと見えたのは、黒い洋服を着込んだスキンヘッドの男性。あまり柄がよくなさそうだ。話の内容はほとんど聞こえない。私は慌てて一礼し、その場からダッシュで離れた。


「どうしました? アーミー。急がなくても大丈夫ですよ」


 焦って戻った私に、ラーテルさんが、不思議そうな表情でそう声をかけてくれた。


「え? あ、うん! 暗くてちょっと怖かったんだ。な、なんでもなかったです!」


 今しがたあったことを話そうとして、私は思わず口ごもる。あの団員さんの視線。絶対に喋るな、っていうのを暗にほのめかしているかのような、そんな様子だったからだ。


「そうですか……? では、いきましょうか」


 ラーテルさんは少し心配そうに首を傾げたけれど、私が再度、なんともないって笑顔で首を振ると、オウルさんの後を追い、前を向いて歩き始めた。レトと、私もその後に続く。


 ……なにか大切な話の最中だったのかな。バルトさんの時といい、私は騎士団の人とどうも相性が良くないらしい。困らせたいなんて微塵も思ってないんだけど。いつも間が悪くて、なんだか自己嫌悪に陥っちゃうんだよなあ……。はぁあ。

 

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