遺跡調査課のオシゴト(2)
「ラーテルさん、落ち着いてください! ま、まずは話を最後まで聞きましょう」
「ラーテルさん、落ち着いて、落ち着いてよぉ」
レトも私と一緒になって、懸命にラーテルさんに声をかけてくれる。
つかんだ彼女の腕はいつものように温かくない。冷たくて、緊張からか硬くて……何より彼女がまとう空気の寒々しさと言ったら、恐ろしくて全身の毛がよだつほどだ! でももし、オウルさんに手を出してしまったら? ラーテルさんが大怪我してしまうことの方が怖くて、私は必死になって止めた。ぐっとさらに手に力を入れつかむ。と。
「アーミー? レト?」
私は顔を上げた。ラーテルさんがびっくりした表情で私を見おろしている。ラーテルさんの気持ち、わからないはずがない。私だって、おそらくレトだって同じ気持ちでいるはずだ。さっきのモヤモヤの原因を、ラーテルさんがズバリ、いってくれた。自分の命が王都の都合のいいように使われるなんて、納得できないって! でも……まだオウルさんの話は終わっていないし。ラーテルさんにケガをしてもらいたくない!
ふっと彼女がまとっていたまがまがしい空気が消えた。私はホッとして。横でブルブル震えて泣きそうだったレトの肩を抱きつつ、
「話を、一緒に、最後まで……聞きませんか?」
ゆっくりと語りかける。彼女は私をしばらく放心したように見つめていたけれど、少し伏し目がちにうなずく。
「はい……。あの、すみません」
その言葉に、それまでじっと身じろぎ一つせず座っていたオウルさんが、
「いやいや。驚かせてすまない。私の言い方が悪かった。もちろん、君たちに最前線で戦えと言うわけではない。君たちはまだ若いし、危険すぎるからね……」
そう言ってラーテルさんに軽く頭を下げた。その態度にラーテルさんも驚いたように目を見開き、上目遣いにオウルさんを見つつ、小さく頭を下げる。良かった……。
「確かに一〜二年の任期が過ぎてもなお、この課に籍を置き、現場にでる者達は多い。けれどそれは強制ではないし、そうして欲しいとも思っていない。それよりも私は、君たちに現実を見て、理解し、そして考えて欲しいんだ」
オウルさんは私たちを見つめながら、真剣な表情で続ける。
「奴らを倒す力を持っていると言うことは、逆を言えば彼らを制する力を持っているとも言える。それは、ネオテールにとって諸刃の刃、脅威でもある」
さっきソロルにも言われたけれど、私、大した魔法も使えない劣等生なんて言われてきたわけでしょ? それなのに突然過去の悪魔を倒せる力を持っている、なんて言われてもいまいちピンと来ない。まるで自分でない誰かの話を聞かされている感じがする。
「だから。君たちには伝説ををただの物語として捉えるのでなく、実際現場に赴き、調査を行いながら、身をもって感じ、自分でこれから、どういった道を歩んでいきたいのか、答えを探し出してほしい、そう思っている」
「自らの力を客観視し、何が正しいのか、そしてこれから何をすべきなのかを、ね」
青い目をすっと優しく細め、オウルさんはそう言って口を閉じた。
1分間だけ足を速くするだけの魔法が、悪魔をどうにか出来るなんてやっぱり信じられない。でも。私はオウルさんと、隣にいるラーテルさんと、レトを見た。ここに自分が居るってことは、「悪魔を倒すことができる魔法」を持っているといのは、疑いようのない事実なんだろう。
危険はないって言うけれど、私はおそらく一〜二年ここで働いても、その後もその職に就きたいとは思わないに違いない。それよりも一刻も早く、おばあちゃんのところへ帰りたい。でも……。
『アーミー……あながたどのような子か、見てもらっておいで……』
ふと、私は顔を上げる。そうだ。そうだった。私は悪魔を利用してネオテールを襲うなんて全く考えていない。今もそうだし、これからも。そのことを、きちんと見てもらおう。そしてオウルさんや、王都の人に理解してもらいたい!
そして……私のこの不思議な魔力がどう悪魔とどのような関係があるのか。それも私はきっと知らなくちゃいけないんだ。
でも。悪魔と戦闘なんて、全くできる気がしないんですけどおぉお。
「とりあえず。ここで働く間は戦いに赴くことはない。攻略済のダンジョンへ出向き記録調査をお願いするだけだ。悪魔も眷属もすでに駆除されたダンジョンだ。いたとしても襲ってくることはない。私がいる限りはね」
襲ってくることはない、と言う言葉に、私は内心胸をなでおろした。そ、そうだよね。戦闘なんてど素人の私がいきなり悪魔と戦えなんて言われても、何かできるわけがないしね。ピクっとラーテルさん腕が動いたのが、彼女の腕を掴む私の右手にも伝わってきた。きっと彼女も安心したに違いない。
「調査方法や資料作成方法等については、一月かけて私がここで教える。一ヶ月後の実地の研修を一つの目標にして、ね」
と、今まで優しかったオウルさんの目が少し厳しくなる。
「といっても、遺跡に原生生物が入り込んでいることは多々ある。それ故ある程度の護身術学んでもらう。それに関しては寮でエルクが指導する」
「え、エルクさんが!?」
私は思わず声を上げてしまった。昨日の食事会の時に一言でも教えてくれればよかったのに。エルクさんってば、人が悪いんだからあ。しかし寮母さんが、武術指導……私は一瞬首を傾げてしまった。いや、でも昨日のバルトさんの様子からして、結構すごい武人さんなのかもしれない。
「あの、すみませんでした。私、早とちりをしてしまって」
ラーテルさんがすくっと立ち上がると深く頭を下げた。きっと彼女も今までの話を聞いて、ホッとしたんだろう。でも、上司に反抗的な態度をとったのは確かだし、何か叱られてしまうのではと心配になり、思わずオウルさんを上目遣いで見上げてしまう。って。ひゃああ! それに気づいた彼は、私を見てニッコリと優しく微笑んだ。うぐうう。まぶしいほどのイケメンスマイル! そして。ラーテルさんに、座りなさい、大丈夫からと静かな声でそう告げる。
「いやいや、そもそも私の話し方に問題があったんだ。驚かせてしまってすまなかったね。ラーテル。君は……いや、君たちはとても友人思いなのだね」
ふっとオウルさんは目を伏せた。
「君たちの気持ちは理解できる。私にも……だいぶ昔のことだが大切な友人がいた……からね」
ポツリとそうつぶいて、メガネの向こうで閉じられる瞳。その様子があまりにも寂しげで……何て声をかけようかオロオロしてしまう。でもオウルさんはそんな自分をたしなめるように一度微笑み、私たちを見渡した。
「さて、大切なことはだいたい話したかな? 今日はこの辺りにしておくかい?」
「ど、どうでしょう。でもまた聞きたいことが色々とあったはずなんですけど」
突然話が終わりそうになり、私は焦ってラーテルさんを見た。ラーテルさんも困った顔で私を見返す。そうだよね! まだいっぱいあるはずだよね! でもぉ。ああもう! またそんな急に言われてもお! さっきちゃんとメモに箇条書きにしておけばよかった、忘れちゃったよ。悔やみまくる私の様子をおかしそうに見ていたオウルさんが、形のいい唇に軽く指を当て笑いながら、
「まあまあ。焦ることはない。明日からずっと一緒だからね、思い出した時に随時聞いてくれて構わない。それに、今日はこれ以上言っても頭に入らないだろうし」
そう言って、彼はレトを指差した。その先には……! ゲゲゲ! いつの間に!? 机に両手を組んでつっぷして寝ているレトの姿が!
「レトってばもう!」
こんな大切な話をしている時に、よくもまあ寝れるものだ! 私はレトの肩をつかんで揺さぶった。一番か弱そうで、実は一番図太いんじゃないかしら? って全然起きないし! オウルさんはくすくす笑い続けながら、上を指差した。
「この部屋にもう一つ部屋があってね。そこは資料室になっているんだ。よかったら見てみたまえ。そうだね、あと一時間くらいしたらランチにしよう。美味しい定食屋があるから案内するよ。今日は私がご馳走してあげよう」
「え!? ランチ!? おごってくれるのぉお!?」
って、うわ! 危ない! いきなり起きるんだからなぁ。レト
ってば!
とまあ、その日は資料を見たり、読んだり、簡単に記帳の説明を受けたりして、就業時間はあっという間に過ぎてしまったんだ。
夕方、私たちは帰りのトラムに乗っていた。車窓からは夕暮れ前のオレンジ色が差し込み車内を染めている。まるでオレンジジュースの中を漂っているような、そんな雰囲気だ。
「今日もいろいろなことがあったね」
「そうですわね。色々ありましたわね」
レトは私たちの真ん中で疲れて眠っている。がたんと車内が揺れ、振動で私の肩から、ラーテルさんの膝へとひっくり返りそうになるも、彼女は素早くリュックを自分とレトとの間に挟み、それを防いだ。ははは。本当に男性が苦手なんだなぁ。
「色々不安だなあ……」
オレンジジュースに溶けていってしまいそうな町並みを見つつ、私はそうつぶやいた。さっきまでは「やるぞー!」って気合十分だったんだけどなぁ。日が暮れて、あたりが静かになってくると、やっぱり不安な気持ちの方が強くなってきちゃうんだよね。
「私も同じです……。でもこうなった以上、目の前のことをやっていくしかありませんわね……」
「うん、そうですね……」
ラーテルさんも同じ……。じっと自分の膝を見つめたまま、ポツリっとつぶやく彼女。その頼りない姿に私は自分の姿を重ねてしまう。うん。そうなんだよね。不安だけど、それはみんな同じで。でもやるしかないんだよね。私は自分の胸のペンダントを気づいたら握りしめていた。あ! そういえば!
「あ、そうだ。ラーテルさん! 朝、ソロルから私のペンダントを守ってくださって、ありがとうございました」
私、朝のあの一件、ちゃんとお礼を言えてなかったじゃないか。
「嬉しかったです。すごく」
そのことに気づき、私はそういって頭を下げた。ラーテルさんが、何度も首を横に振りながら、
「あなたも、私の宝物を守ってくれたでは無いですか。命をかけて」
そう返してくれる。うーんでもあの時は、どちらかというと騎士団の皆さんの方が活躍していたからなあ。そう言いかけた私の耳に、ラーテルさんの声が聞こえてくる。
「だから私も……大切な……を……命をかけて」
ガタン! またトラムが大きく揺れ、ラーテルさんの言葉をかき消した。え? 大切な何を?
「ラーテルさん、えっと? 何にを?」 「い、いえ、なんでもないですわ」
彼女はハッと顔を上げて、慌てたように髪をかきあげて微笑む。
ラーテルさん、なんていったのかな? ちょっと気になるなあ。
まだ出会って2〜3日しか経っていないのだけれど、こんなに優しい友達ができて嬉しい。大変なことになっちゃったけど、でも、ラーテルさんやレトに出会えたことに対しては、王都や王に感謝しなくちゃいけないよなあ。
私は何気なくまた窓から外を眺めた。
窓の外、オレンジ色の光に照らし出され、行き交う街の人々はみな笑顔で、生き生きとして、幸せそうだ。こんなこと言うとまた、バルトさんに叱られちゃうかもしれないけれど私……。本当はオウルさんの話の中で何度かでてきた、悪魔に対する駆除、駆逐という言葉が気になっていた。
伝説の本の中は悪魔はこんなに酷いやつだってことがたくさん書かれている。それに実際一昨日見た悪魔の眷属も、残虐非道な行為を行なっていた。それは紛れもない事実だ。でも。
どうして、悪魔はそのような行動に出たのか? その理由はなんなのか?
それについては伝説にも書かれていないんだよね。もしかして。
悪魔は何かそうせざるを得ない理由があったとしたら?
悪魔の眷属を生み出したことについても同じ理由があるとしたら?
それと、ウルカスさんもそうだけど。オウルさんも……しっぽと耳がなかったような……?
そんなこと……オウルさんに直接聞けないよ……。
夕暮れの日差しの中を静かにトラムが行く。
私とラーテルさんは互いに無言で、互いに何か思案しながら、停留所に着くまでの間、その夕日を静かに見つめ続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます