遺跡調査課のオシゴト(1)

「あれぇえ、誰もいないよぉお」


 螺旋階段を登りきって、先にある部屋に入る。わあ〜、思ったより広い。

 向かい側には大きな窓ガラスがはめ込まれて、陽射しがこれでもかと降り注いでいる。てっきり「調査課」、とか、「隊」とか呼ばれているから、大勢人がいると思ってたのだけどなぁ。レトが言う通り誰もいない。立ち尽くす私たちの背後から、部屋に入った上司のオウルさんが静かに答える。


「そうだね……。通常、新人しかこの部屋には詰めないんだ。魔力検査は一〜二年に一度行われる。皆ここで仕事をしていたら、大変なことになってしまうからね」


 なるほど。部屋の中央に、本が何冊か散らばって置かれた大きな四角い机が一つ置いてある。壁際にずらりと並ぶ、背の高い本棚。そして窓際には水道と手洗い。その横には低い棚が置かれている。棚には、水で洗われたと思しき、何かの破片のようなものが並んでいる。前には黒板。その半分には模造紙に書かれた地図のようなものが貼られていて、まるで村の学校の図工室みたいだ。


「そこに座りなさい」


 大きなテーブルの端、木造りの丸椅子の上に三人並んで座る。ちょうどテーブルの角を挟んで隣にオウルさんが座る。くうう、心臓がドキドキして、気持ち悪くなってきた。緊張でガチガチの私たちの表情を眺め、微笑むと、オウルさんは両手を机の上に組んで置いた。


「ようこそ、遺跡調査課へ。うーん……。何から話そうかな。君たちの方から取り急ぎ、聞いておきたいことはあるかい?」


 私たちは顔を見合わせた。聞きたいことは山ほどある。あるけど。いざ、どうぞと言われると、何から聞けばいいものか戸惑っちゃうよね。でも……。


「あの。なぜ私たちは王都のこの場所に連れてこられたんですか? なぜここで働かねばならないんですか?」


 レトもラーテルさんも私がこれほどダイレクトにたずねるなんて思っていなかったみたい。驚いたようだったけれど、首を縦に振り、じっとオウルさんを一緒になって見つめる。オウルさんは一度瞬きして。そしてメガネを直しながら、小さく笑った。


「ふふ。ずいぶん単刀直入に来たね。今年の新人は面白いと、エルクから今朝聞いてはいたが」


 あれ? オウルさんは今朝、エルクさんに会ったのだろうか? それならそう言ってくれればいいのに。うーん。オウルさんって、すごく物腰の柔らかい人なのだけれど、なんだろう。柔らかすぎてつかみどころがないんだよね。反対にエルクさんは、感情がすぐ顔に出るから、分かりやすくて安心感がある。私はさっき彼から発せられた正体不明の怖ろしい空気を思い出して、小さく震えた。お、怒られたり、しないよね?

 

 オウルさんは一度眼を閉じた。意を決し、

 

「伝説に残る悪魔とその眷属に、立ち向かえる能力を君たちは持っている。王、そして私たちはその力を借りたいと思い、ここへ呼ばせてもらったんだ……」


 そう答えた。え? 力? 悪魔が生きてる? え、ええええ? そもそも、お、落ちこぼれって言われてた私の力を借りたい?


「あ、悪魔が生きてるって、どういうことぉお?」「立ち向かえる力!?」


 レトと私は声を上げた。ラーテルさんは、目を丸くしたまま何も言わない。そんな私たちの目の前に、オウルさんは机の下から取り出した一冊の分厚い本を置いた。また出た、これ! テラマーテルの伝説の本!


「この本は全部とは言わないまでも学校で、最初くらいは読まされはずだね……_」


 私たちはうなずく。オウルさんはそれを確認してから、ページを当てもなくパラパラとめくる。


「遥か昔、我々の祖先は、神の力を分け与えられておらず、壮大なる自然の中で慎ましく……まあ要約すると」


 ページを繰る音だけが静かな部屋に響く。


「私たちの祖先は遥か昔、森や海で生きる動物、魚、鳥たちと同じだった。魔法は使えない。2足歩行もしない。知恵もなく、本能のみに従って動くモノ。まさに動物だ」


 ど、動物? 人の前は動物……。


「悪魔も元は動物だったという説もあるが定かではない。確かなのは彼らはネオテールより先に、「力」を手に入れたということだ。彼らは次々とテラマーテルにあふれる豊かな魔力を強奪し、最終的には神と同等の力を手に入れ、世界を統べ、よりによって自分たち以上に強く凶悪な眷属たちを生み出した」


 そこでレトが手を上げた。オウルさんが言葉を切って、レトに質疑をうながす。


「でもぉ〜千年前のぉ〜戦いで、ネオテールは悪魔をやっつけたって聞きましたぁ。その悪魔をやつけるためにぃ、神から選ばれし、つよおおぉおい魔力を持つ王様が誕生して、成長して。神様とぉ〜解放軍とぉ〜一緒に倒したんですよね〜。そう! このアマデトワールの王様のご先祖様ですよねぇ」


 レトのたどたどしい説明に、イライラする様子もなく、オウルさんは真摯に聞いてくれている。


「そうだね。しかし彼らは世界中全ての悪魔達を駆逐した訳ではなかった。君たちも見ただろう?」


 私たち三人は顔を見合わせた。そう。おととい見たばかりのあの怖ろしい生き物。伝説に出てきた悪魔の眷属を。桁違いの強さ。心無い非道な行いの数々。飛ばされた馬の最期のいななきを思い出し、私はぎゅっと目を閉じて、頭の上の耳を押さえた。


「千年前、王と解放軍たちは悪魔を確かに蹴散らした。しかしあるじとなる悪魔よりも強い眷属は多く、全て排除しきれなかった。それらはネオテールが世界を取り戻すための一時的な処置として、魔法で封じられた。しかし当時は各地で様々な者達が悪魔と戦をしていたからね。どこに何を封じ込めたのか。今となっては、わからずじまいなものがほとんどだ。それらが何かの原因で突如目覚め、罪のない者、その村、町を襲うことがある。一昨日のようにね」


「……君たちが無事でよかった」


 眉根を寄せて、胸に手を当てつつ、心からという様子でオウルさんはそうつぶやいた。その気持ちに感謝しつつ、私は心の中で納得した。なぜ伝説の悪魔の眷属があんなところに現れたのか。昔、あの近くにご先祖さまが悪魔を封じ込めたところに、運悪く居合わせてしまったっていうことか。


「しかし。立ち向かう手立てはある。それらを封じ込めた遺跡には、それを封じた術者の特徴が出るんだ。ダンジョンを攻略した際、その特徴を詳細に調べ、場所とともに記録に残す。その記録を統計、比較して、未だ世界各地で眠る遺跡を早急に発見し、被害が出る前に危険な眷属の駆除を行う。それが我々の調査隊の仕事なんだよ」


 パタンと、伝説の本が閉じられる。オウルさんが裏表紙に手を置き目を閉じた。


「最後の一匹に至るまでね……」


 それって……。オウルさんのの言葉がいやに胸に引っかかる。なぜ、かな? その原因を探ろうと自分の胸に問いかけた私の耳に、氷のように冷たいラーテルさんの!? 声がした。


「つまりあなた方は、私たちを王都、そこに住まうネオテールを守るための歩兵、いえ、贄として使うおつもりだと……?」


 驚いてラーテルさんを振り返る。出会ってからまだ数日しか経ってないけれど、彼女はいつも穏やかで、内面から優しさがにじみ出ているような、そんな温かい人のはずなんだ。それなのに、今は……。


 色白の顔に赤みが帯び、黒い瞳は怒りに燃え、唇を噛み締めている。上司であるオウルさんを睨みつける彼女の表情はまさに鬼のようだ。か細い彼女の体が逆光のせいか、急に一回り大きくなったように見える。その影から正体不明のおどろおどろしい、絡みつくような気配が立ち上る。


「……ラーテルさぁん」


 レトが泣きそうな顔でうめいた。彼女に伸ばそうとした手を、気配に怯え胸に引き戻す。レトの怯えがわかる。ラーテルさんは殺気だっているんだ!


 今のラーテルさんは得物を手にした瞬間、オウルさんに飛びかかってしまいそうな程、怒り、我を忘れている。


 ただならぬ様子に、私は慌ててオウルさんを見た。一方のオウルさんは彼女の姿を、メガネを直しながらただ静かに見つめている。

 

そ、そういえば! オウルさんを怒らせたら大変なことになるんじゃない? さっきのソロルの一件を思い返す。ラーテルさんを怪我させちゃいけない! 直感でそう思った私は……大きく息を吸い込み、意を決して、ラーテルさんの右腕をつかんだ。

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