新たな出会い(2)
私たちは、その声に驚いて後ろを振り返った。
そこには、さっきもちらっと見かけたけど、黒くて小さいまるい耳に、同色の髪の女性が座っている。あのむせ方からすると、多分彼女も私たちと同じ遺跡調査隊に……?
私はレトに目配せした。レトも無言でこくこくとうなずく。私は紙袋からマロングラッセをひとつ取り出すと、通路に出て、そーっと黒髪の女性の席へ歩み寄った。
「あの。よろしかったらおひとついかがですか?」
「え? あ、はい! あ、ありがとうございます」
かわいらしくて上品な声。でもとても緊張しているみたい、少し声がうわずっている。もちろん私だって初対面だもの、緊張しないわけがない。こちらも震える指でなんとかお菓子を渡し、そっと女性を見下ろして、
ひゃあああああ〜。
ってもちろん、声は出さなかったけど。そのキレイさに驚いて何度も瞬きしてしまった。
黒く腰までありそうなストレートのつややかな髪に、黒い耳。耳の下あたりからヘッドバンド風に編み込みをしていて、あれあれ? よくみると、前髪のあたり、銀色のカラーメッシュが入っている! とてもおしゃれな人のようだ。長めの前髪がかかる細面の顔。切れ長の瞳は、初めて見る色! アメジスト色をしている。薄くて整った唇に、シュッと引きしまったアゴ。小さくて控えめな短毛のしっぽをきちんとひざに乗せている。声もそうだけど、顔立ちも高貴なお嬢さまな雰囲気をかもし出している。
洋服は髪の色の合わせたのか黒のワンピース。襟もとや裾は白いレースがあしらわれている。足下も黒のロングソックスに、黒い革靴。私が着たら喪服にしか見えないけど、彼女は肌が白くて、背もすらりと高いから、彼女の美しさを引き立たせているし、とてもよく似合っている。
年齢は私よりニ〜三歳上かな。同じように大きなトランクケースと、リュック。そして、席の上にはもう一つ、白い布がかけられたひと抱えはありそうな大きな荷物が置いてある。これは一体なんなんだろう?
とはいえ。レトといい、この女性といい。私以外みな美人ぞろいなのね。人選を担当した人はどういう人物なんだろう。純粋に気になる。というかなぜ私をここに入れようと思ったのか……。
思わず無言でうなだれかけた私の視線は、彼女の膝の上に乗っている小さな布に釘付けになった。黒い布に色鮮やかな太めの刺繍糸が、美しい花模様を描き出している。布の裏地からかぎ針で糸を引き出して縫う珍しい技法。これ! おばあちゃんのカフェのランチョンマットやコースターで使われているものとそっくりじゃないか。
「わあ、キレイな刺繍ですね」
思わず声を上げてしまった。と、彼女の緊張でこり固まっていた表情が、ぱっと和らいだ。
「実家が織物で有名なウグルの街なものですから」
ウグル! やっぱり! ウグルはここからず〜っと西にある大きな都市なんだ。たくさんの毛の長い動物を飼育していて、その毛から様々な織物、布製品を作り出している。ってことはやっぱりこの刺繍は、おばあちゃんのお気に入りの、カザフ刺繍っていうものに違いない。最近は幾何学模様のものが好まれるみたいだけど花柄っていうことは。
「これ、古いタイプ図案ですよね? 最近では見かけなくなってしまった」
「ええ、そうです。よくご存知で」
さらにうれしそうに髪を揺らし、彼女が身を乗り出した。
「祖母が好きなんです。祖母が経営しているカフェのランチョンマットとかは、この刺繍の入った布地を使っていて。最近では幾何学模様が流行りで多いから、手に入れるのが大変ってよくこぼしてしました。私も花柄の方が好きだったから」
彼女が横の座席に置いていた薄い古びた冊子を手に取った。どうやら刺繍の図案集のようだ。それをとっも大切そうに白く細い指で撫で、
「亡くなった母が私に残してくれた図案なんです。母の家系にずっと伝わっていて、それを私に……」
小さくささやいた。
「素敵です!」
私も無意識に、さっきおばあちゃんからもらったペンダントを握りしめる。彼女の気持ち、よくわかる。きっと刺繍をしていると、亡くなったお母さんと一緒にいるような気持ちになるんだろうなあ。
「私、ラーテルと申します。あの」
「私はアーミーです」
彼女から名前を教えてくれたことが素直にうれしくて、私は意気込んで答えた。ラーテルさんもうれしそうに微笑んでくれた。うわぁ。笑顔もとっても素敵!
「ボクはレト。よろしくね〜! ウグルってことは、ボクの住むイエルンよりさらに西に行ったところあるの街だよね〜」
「レトさん、ですね。私もお二人と同じ、遺跡調査隊に入ることになりました、よろしくお願いします」
先ほどから心配そうにこちらの様子を伺っていたレトが、ここぞとばかりにあちらから手を振っている。そして、にこにことあのあどけない笑顔で挨拶をした。ラーテルさんも、同じように立ち上がり小さく頭を下げる。
へえ〜レトはのイエルン出身なのかあ。様々な病気に効能がある温泉が湧き、病院がたくさん建っている医療の街として有名なところだったはずだ。私の村もだいぶ王都から遠いって思ってたけど、みんなはもっと遠くから来ているんだなあ。
それはそうと。……二人ともとっても話しやすそうでよかった。私は内心ホッと胸をなでおろした。けれど私の魔法のこと、二人が知ったりしたらやっぱり、スーザンみたいに嫌われちゃったりするんだろうか。
「ひゃあ〜。テラマーテルの伝記? アーミーはむっずかしい本読んでるんだねぇ」
レトの声に私は急に現実に引き戻される。もう、レトったら。いつの間にか席に置いたままにしていた伝記を手に取り、眉間にシワを寄せている。
「うん、むずかしいよね。面白いけれど、読むのにすごく時間がかかって」
あわてて返事した私の後ろから、
「私もその本好きです。特にアマデトワールを守るために戦った女勇者の話が好きで」
と、ラーテルさんが恥ずかしそうに教えてくれた。
ラーテルさんも伝記が好きなんて、すごく意外だ。しかも物静かな見た目と裏腹に、勇者様の話が好きだなんて! 実は私もその話、気に入っているんだよね。私に似て魔法は得意でなかったけど、そのかわりに、女だてらに怪力で、凄腕の剣士だった人の話なんだ。
彼女は悪魔と我々獣人ネオテールとの戦場で、常に第一線で戦い続け、その背後には悪魔の屍が累々と積み上がるほどの腕前だった。でも戦いが終わったあと、悪魔を倒し続けた自分の行いは正しかったのか悩み、世界の果てへ旅に出てしまう。
で、なんと生き残りで、改心し、世界の果てで花を一人育てていた最凶と恐れられた悪魔と共に、二人で王都に帰ってくるんだ。非難する人に対して彼女は悪びれる様子もなく、
「私は結局答えを出せなかった。しかしそれは、まだ見ぬ子供たちが築く未来が、答えてくれるだろう。それを私は彼と共に見届けたい」
と言った……ってところで伝記は終わるんだけど、結局、彼女がどんな答えを導き出したか書かれていないんだよね。
「あの勇者は世界の果てで何を見て、どのような答えを見つけ出したのか」
ふとラーテルさんの表情がかげった。どうしたのか声をかけようとした。
――まさに、その時だ。
どうやら馬車が森を抜けたらしい。
窓から差し込む月の光で客車の中がが不意に明るくなった。それと同時に本当に突然、何の前触れもなく、客車がガクンっと大きな音を立て急に止まったのだ。
「きゃああああ」「あわわわわ!」「うげぇ!」
結構なスピードで走っていた馬車が止まったんだもの。
立ったり、気を抜いて座っていた私達は座席や通路に投げ出され、これでもかっていうほど座席や床に叩きつけられる。
「う、うう。み、みんな大丈夫!?」
楽しい場が一転! 一瞬何が起きたか全くわからなかった。でも次第に状況を理解していく。
もしかして。何者かに、私たちの馬車、襲われている……?
私も床に背中を打ち付けて、痛みに一瞬息が止まる。でもみんなのことが心配で立ち上がりしな声を上げた。しかしそれは馬車の外から聞こえる、馬のおびえたような甲高いいななき、何度も地面を踏みしめるひづめの音にかき消されてしまう。
不安で鼓動が早くなっていく。何があったかわからないけれど、馬車を降りたほうがいいのかもしれない。
とりあえず隣で、落ちた座席の間から、同じように身を起こそうとしているラーテルさんを助けようと、手を伸ばした直後。私の視界はぐるりと回転して……!?
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