新たな出会い(1)
おばあちゃんの姿が見えなくなり、景色も知っている森、山々が遠くなってきて……。そこで私はやっとあきらめがついて窓から離れた。
振り返るとここは通路になっていてすぐ背後に、優に三人はかけれそうな座席が五列並んでいる。外から見て思ったけど、とても大きな客車だ。よく見れば内装も王家の紋章(太陽と、たてがみを持つ王獣が描かれているモノ)の壁紙が貼られていたり、客車の上にはオレンジ色の光を発するランプも備え付けられていておしゃれだ。王都が用意しただけあって、豪華な作りになっている。うう。生まれながらに庶民な私は、その場違いな雰囲気に圧倒されてしまった。
でも立ちすくんでばかりもいられない。とにかく座らなくちゃ。
一番前の座席と、一番後ろの座席には誰かがすでに座っているみたい。頭が見えている。私はその真ん中の席の奥。窓際に座り、トランクケースを引き寄せた。リュックを下ろし横に置く。やはり少し肌寒い。自分のしっぽをひざの上に置いて、さらにその上にリュックから出した黄色のブランケットをかけた。
窓から外を見ると、まだ山が続いている。馬車は山中の木立の中を走ってゆく。
多分ここからまた、王都まで何時間もかかるはず。眠ろうかな……いや。変に気持ちが高ぶってて、寝れそうないないし……。でも暇だし。仕方なく私はリュックから一冊の本を取り出した。
表紙には金字で「テラマーテルの伝説」と書かれている。そう。これはこの世界ができた時に起きた、様々な出来事が書かれた伝記なんだ。さっきもちらっと話したけど、おばあちゃんはほら、カフェを開いていたでしょ? だから冒険者や旅人のお客さんも多かったんだ。その人たちから見たことのない町や、驚くような冒険の話を聞いたりしているうちに世界について興味を持つようになって。で、この本を読むようになったんだけれど。まあ伝記ものだけあってページ数が多いのよね。
ええ〜っと。昨日はどこまで読んだんだっけ?
しおりを挟み忘れてしまった私は、ページをペラペラとめくる。えっと確か、王都アマデトワールの建国に関するところだったはずだ。昨夜はそこを読んでいるうちに眠ってしまったんだ。そして……そう。私は夢の中で何か不思議な体験を……。
ぐううぅ。
え! やだ! 私は自分のお腹を押さえた。もちろん空腹からくる大きなお腹の音な訳で。今の誰かに聞こえちゃったかかしら。思わず恥ずかしくて一人赤面してしまう。実は旅立ちのことで頭がいっぱいで、夕飯があまりのどを通らなかったんだ。それを知ってておばあちゃんはお菓子を作ってくれたんだ。ってそうだ! さっきおばあちゃんが用意してくれたお菓子!
私はリュックから今度は紙包みを取り出す。そっと開けると、辺りに漂うあまーい香り。覗き込むと。わあ。チョコマフィンに、くるみのクッキー、それにマロングラッセまである!
私は本をひざに置き、マロングラッセを取り出して一口かぶりついた。村の特産品の味の濃い栗のシロップ漬けだ。はあ〜。とろける甘さと、強く効かせたブランデーのハーモニー。アルコールのせいもあってか気持ちがだんだんとほぐれてくる。よし。気分ものってきたし。読書の続きをしようっと。
えーと。王都アマデトワールは、古の悪魔を封じ込めし地に建てられた、聖なる楔ともいえるもの……なり。その者、命無き死の軍勢を率い、我々ネオテールを虐げ、時に忌まわしき刑を処し、その生を弄び……。
くんくんくん。
ん? 今のなんの音? 私は辺りをキョロキョロ見回した。特に異変はない。自分でくんくんと鼻を鳴らしてみる。うーん。こんな音じゃなかったよなあ。じゃあいったい今のは? ふと前をむきなおると、いつの間にかすぐ目の前の座席から、三角の垂れ耳と、同色のブロンドのふわふわの髪が見え隠れしている。あれ? さっき私の前の座席には誰もいなかったんだけれど。
くんくん……。
またあの音。私はふと手にしていた紙袋をのぞき込んだ。そして前の座席をもう一度見つめる。ああ。そうか。これかあ。一瞬声をかけようとして戸惑う。この前のスーザンから受けた拒絶が頭をよぎってしまって。でも、しばらくじっと待ったものの、そのふわふわブロンドが席に戻って行きそうな気配はかけらもない。
「あのぉ。……おひとついかがです?」「えぇ!? 本当!?」
マロングラッセを一つ取り出し声を出した途端。鼻にかかるような高い声がして、ピョコンっと前の座席の背もたれから影の持ち主が顔を出した。
「わわ! あわわわわ」
私はその人物の姿に、気づくと声を上げてしまっていた。だって、だってね。今までで見たことないほど、ものすごくかわいい美人さんだったんだもの。
さっき見えた垂れた三角の耳に、肩甲骨辺りまであるふわふわの巻き毛のブロンド。目はパッチリと大きくて、エメラルド色に輝いているし。くちびるも頬も淡いピンク色だ。全体的に目や鼻、口のパーツが大きく、顔は小さくてあどけない雰囲気。年は……私より少し下なんじゃないかなあ。そう! 年下なのに、それなのにいいいい! 私は内心神を呪った。
前の座席の背もたれのところから上半身を覗かせているんだけど、そのお。なんていうかですね。む、胸がね。ものすごいボリュームで。肩が広く開いたワンピースのような白いローブを身につけているから余計に目立つし。下から見上げると同性の私でもこうなんか、グッとくるものがあるというか……って! こら! 両手で胸を下からすくい上げて位置を直したりするな!
「ああもう。邪魔だなぁ。今日は満月だから調子狂っちゃって。えっとお。そのお菓子、ボクもらっていいのかな?」
突然目前で繰り広げられたお色気シーンに圧倒されて、思わずお菓子を取り落としそうになった私に、彼女は声をかけてニッコリと微笑みかけた。お、女の子だよね? なのに、ボクって。でもまあいっか。
「ええ。どうぞ」
私はそれを人形のように白くて細い指に向かって伸ばした。彼女がそれを素早く受け取り……なんと大口を開けてパクッと一気に口に放り込んでしまった。ほっぺをまん丸にして、ニコニコと食べている姿はなんとなく少年っぽいけど。私はちらりと彼女の胸を確認する。お、女の子なんだよねえ? 何を食べたらあんな重量になるのかしら。教えてほいしい……。
「ありがとお。すっごくいい香りだねぇ〜。こんなおいしいマロングラッセ食べたの、ボク初めてだぁ」
ごくんと飲み込むやいなや、そう言ってとびっきりの笑顔を見せてくれる。私も思わずつられて笑ってしまった。
「あ。あの……。私、アーミーって言います。あなたは?」
なごんだ雰囲気にもともとおしゃべり好きな私はつい、そう続けてしまった。初対面でこんなこと聞くなんてイヤな顔されちゃうかなと思いきや、
「ボクう? ボクはレトっていうんだぁ。あのさあ、もう一つくれない?」
彼女は全くそんなこと気にしていないように、小首をかしげながらにこにこと答えてくれる。
「うん。どうぞ」
もう一つ差し出すとそれをまた同じように口いっぱいにほうばり、レトはウットリと目を閉じた。
「ボクねぇ、いつもは肉が大好物なんだぁ。でも今日
特別? 特別ってどういうことかしら? 何かの記念日とかなのかな。でもなんとなく初対面だし、それ以上聞くのも野暮な気がして。私は疑問を飲み込んだ。
っていうか。肉を食べたらああなれるのね。明日から肉をいつもの倍食べて見るようにしようっと。
「おばあちゃんが作ってくれたの。家でカフェを開いていてね。どのお菓子もとってもおいしいんだよ」
それはそうと、なんだかおばあちゃんのお菓子を褒められると、自分のことみたいに嬉しくなってきてしまう。「家がお菓子屋さんなんて、いいよねぇ」とレトもほっぺに片手を当てながら、こくこくとうなずく。私も思わず同じようにうなずいた。
お菓子を飲み込んで、レトは私をじっと見つめた。まだ欲しいのかな? 私が再度紙袋に手を入れようとした時だ。
「あのさあ、アーミーはどこへいくところなのぉ? ボクは王都に行くところなんだ」
え? レトも王都へ? 冷静に考えればこの王都が用意した馬車に乗っている時点で行き先は同じってことなんだけど、それにしてもうれしい! というか心強い!
「私も! 私も王都へ行くところなんだ。そのあるところで働くようにって言われて……」
思わず身を乗り出して答えてしまう。と、レトのエメラルド色の目がキラキラと輝いた。
「ええ!? ボクもだよお! それってもしかして」
多分私の黒色の目も輝いていたと思う。私たちはせーの! でその先を続けた。
「遺跡調査隊」「遺跡調査隊〜!」
「ごほ! ごほごほごほ!」
うそぉ!! レトも同じ!? っと思いきや、突然背後からものすごい咳が聞こえてきて。私とレトは同時にその人物を振り返った。
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