キッカケ(2)

「な、なんなのこれ!?」


 目の前で繰り広げられる恐ろしい光景に、私は砂ぼこりが口に入るのもそのままに、あんぐりと大口を開け、呆然と見上げてしまった。


 そこには粉塵、小石、枯葉、小枝……校庭に散らばるゴミというゴミを巻き上げ、五階立ての塔ほどありそうな高さの大きな竜巻が渦を巻いている。


 こ、これ一体どこから来たの!? 前のページの前半くらいには、こんなものなかったよね!? って言ってる場合じゃない! 私はその竜巻のすぐ真下で震える小さな人影をみつけた。思わず立ち上がった。あれはスーザンだ! 竜巻はあと数秒で、魔法の発現者であるスーザンを飲み込んでしまうだろう……!


「危ない!」


 試験官、そして私の声と、他の誰かの声と、悲鳴が一斉に上がった。しかしそれらをあざ笑うかのように、一際強い風が吹き抜けた。荒れ狂う風の勢いは止まらない。このマロニエ村の村長の一人娘でオシャレ好き。今日もオシャレなグリーンのフリルワンピースを着たスーザンの身体は、あっという間に暴風に絡め取られ、まるで人形のように、螺旋状に巻き上げられてしまった。あれよあれよという間に、彼女の細い体は風にもてあそばれ、地上から何十メートルもあろう高さまで持ち上げられていき。


 う、ウソでしょ!? 


 こともあろうか竜巻は、そのまま最上部からポンっと彼女の身体を宙に放ったのだ!


 この高さだ。落下して無傷で済むはずがない! 誰か下で受け止めるつもりなのかしら? と辺りを見回すけど、落下する彼女の下敷きになれば、こちらも無傷で済むはずがない訳で。無情にも彼女の友人、取り巻きら含め、皆、大慌てで逃げるのに必死、誰も助けようもする人はいなさそうだ。試験官も席を立ち、竜巻を打ち消すため何か呪文を唱えているようだけれど、勢いは削がれるどころか増すばかりだ。


 二年前、突然の事故で両親を亡くし、この村に転校してきた私は、彼女によそ者扱いされ、ことあるごとにイジワルされてきた。だから彼女のことが好きか、言えば、首を振らざるをえない。


 でも、目の前で人の命が奪われようとしているのに、それを嫌いだから、と言った理由で無視することなんてできる? 


 人が死ぬ所なんてもう見たくない……! 奪われようとしている命を、そのままにして逃げるなんて、私、やっぱり出来ないよ!


 私は目をつぶった。精神を手のひらに集中させ、そのまま手を合わせる。両の手のひらが痺れ、ばちばちと小さくか細い稲妻がスパークを始める。隙間から見ると小さな流れ星がはね回っているようだ。


「ライトニング・スピード!」


 呪文を唱え、両手を開き、自分の足のももにパチンと音を立てて押しあてる。


 足に魔力が流れ、びりっとした痛みが走る。でもそれは一瞬で、痛みが消えると、足が不思議なくらい軽くなった。運動能力が急激に上がった証拠だ。効果が切れる一分間の間だけ、私は、凡人離れした運動能力を発揮できる。あ。ちなみに他人にも効果がある。おばあちゃんにやってあげたら、腰痛と、五十肩によく効くって言ってた! ……って、それはともかく、これが十二歳の時私に発現した、人と違う変わった「魔法」なのだ。


「スーザン!」


 私はそばに置いてある、積み上げられた木箱を階段にして、駆け上った。そして地面に向けて真っ逆さまに落ちてきた彼女に向かい、渾身の力をこめて、ジャンプした! 


 シッポを使い空中でバランスをとりつつ、伸ばした両手で彼女の身体をしっかりと受け止める。よし! 後は着地するだけ! シュタっとカッコよく着地! したかったのだけど、二人分の体重に腕の方が耐えきれず、バランスを崩し尻餅をついてしまった。


 その間に、学校から飛び出してき別学年の先生たちと、王都の試験官が放った強力な魔法に威力を削がれ、竜巻は次第に力を失い、縮み、最後は一陣の風となり消えた。


「怪我はない?」「アーミー!」


 今の出来事がそうとう怖かったのだろう。ふさふさの豊なしっぽをブルブルと震わせ、グチャグチャになってしまった巻き毛に木屑をつけたスーザンは、いつもの態度はどこへやら。弱々しく私の首にしがみつき泣き始めてしまった。彼女の亜麻色の巻き毛に顔を埋め、ホッとした私も抱きしめ返す。……良かった。死ななくて良かった。見た感じ、意識もしっかりしているし、大きな怪我もなさそうだ。


「スーザンさん」


 そんな私達の頭上から、冷たい声が降ってきた。


 温かい気持ちが一変。冷や水をかけられたようで、私達は弾かれたように顔を上げた。


「試験は合格ですが、度が過ぎています。あなたは魔法を制御する方について学ぶべきです」


 スーザンが鼻をすすりながら、小さく「すみません」と謝った。あれだけのことをやらかして怒られるだけで、大きなおとがめが無かったことを、他人事ながらホッとしていると、試験官は、今度は寒気のするほど冷たい視線を私へと向けた。


「アーミーさん。あなたについては……。王都に帰ってしかるべき処遇を決定せねばなりません。その、あなたの魔法は」


 その視線を受けて、やっと気がついた。そうだ……私。スーザンを助けるのに必死でついあの魔法を使ってしまったんだ。試験官の厳しい視線を怯えた目で見つめ返す。すると、だんだんとその視線に、こちらに対する怯えが透けて見えてきて、その恐怖が私自身にも移ってきて、思わず目をそらしうつむいてしまった。


「あなたの魔法は……かなり問題のある属性のようですから」


 試験官がそう告げた。



 先ほどの噂話が頭の中で大音量でよみがえる。



――二度と故郷には帰ってこれない。



 鼓動が跳ね上がり、恐ろしさに吐き気がこみ上げる。こらえきれず胸を押さえた私の肩を、突然何者かが両手でドンっと突き飛ばした。


「っ!」


 それは言うまでもなくスーザンだった。


 弱々しく彼女を見上げると、彼女も試験官と同じ。私を怯えた目でみて、自分の肩を抱き震えている。


 確かに私の魔法は普通の人と違っている。けれどまさかこんな大ごとになるような属性を持っているなんて。


 大変なことになってしまった。私はこの先一体どうなっちゃうんだろう。


 突き飛ばされ、後ろに手をついた私は、とりあえず起き上がって反論しようとした。しかし言葉がうまく出せない。そして身体も動かない。力の入らない両手を見つめる。そこで初めて私は、目の前のスーザンより、自分の方が酷く震えているという事実に気づいたのだった。

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