幕間 とあるライトノベル作家の地団駄

 日常の中でふとした時、自身と、自身を取り巻く環境を第三者の視点から――まるで、アニメや漫画、ドラマのワンシーンを覗くような気持ちで見てしまう時があった。

 アタシ――西園寺栞さいおんじしおりが作家を目指そうと思ったのは、虚無感に対し、酷く不快感を覚える質だったから……ただ、それだけのことだった。


枝折えだおり先生。申し訳ないのですが、当初のプロットを変更して3巻で畳む感じでお願いできますかね……」


 口ぶりは申し訳なさそうなものの慣れた調子で、アタシの担当編集である菊池涼子きくちりょうこさんは、刊行中の作品の打ち切りを告げた。


「ええ……わかったわよ」


 不満げな態度を隠すのは苦手……というより、不快でないと嘘を吐くことは誠実で無いように思えた。


 そして、世話になっている菊池さんに気を遣わせてしまう自分が大嫌いだ。

 だからか、時たま考えてしまう。

 自分が描きたい世界を愚直に綴るのではなく、読者の求める作品を模索することが正しいのではないか、と……。

 

 最近、短編作家として揶揄されることが多くなってきていた――いや、きっと悪気は無いのだろう。

 3年前に憧れだったライトノベル作家へのデビューを果たし、これまで4つのシリーズを出版させてもらってきたわけだが、いずれも売れ行きが悪いために、3巻で打ち切り――そんな事実から、読者が称しただけのことに過ぎない。

 主人公の成長が遅いため物語に起伏が少なく、刺激的に欠けるといった内容の感想が、通販サイトや個人のブログ、twitterなんかでは書き込まれがちだった。

 

 アタシには人の気持ちがそう簡単に変わるわけが無い、そう思えて仕方がなかったのだ。だからこそ、自身の作品に出てくる登場人物達には、確固たる意志を持たせた。

 そうして知らぬ間に、枷とも言える固い考えを緩やかに溶かす方法を追い求めていた。


□□□


「しっおりー、お姉ちゃんがプレゼント持って来てあげたよん~」


「……要らない」


 明後日が提出となっている大学のレポートを切り上げ、ノックされたドアを開けてみれば、姉の西園寺綴さいおんじつづりこと、ちゅー姉がしたり顔でスマホの画面を突き出してくる。


「まま、そう言わずにさ見て見なさいって」


「20代限定の恋活パーティ、二次会もあります……って、何なのよこれ」


「街コンよ、街コン。ほら、お姉ちゃんさ、今の仕事で出会いの場を提供する系やってるって言ってたじゃん?」


「ああ、ウエディングプランナーの採用試験に落ちたからって、繋ぎで就職したっていう――」


「うっ、それは言わないで……って、じゃなくって!」


 虚ろな表情を振り払うようにして頭を振ると、ちゅー姉はちょこちょこっとスマホを何度かタップする。


西園寺栞さいおんじしおり様、チケットのご用意が出来ました……って、どういうことよっ⁉」


「どうもこうも、その通りだけど? お姉ちゃんが気を遣ってね、可愛い妹のために街コンのチケットを取ってあげたってわけよ」


 えへんと、胸を張る姉の姿に思わず頭痛がしてくる……。

 こうして突拍子もないことを言うのは、その場のテンションで行動しがちなちゅー姉の行動としては珍しいことでは無いものの、今回はよりにもよってアタシの恋愛絡みと来たか……。

 

 正直、愛だの恋だのと言う話は酷く苦手なのだ。

 小中高、そして現在の大学と、彼氏が居た経験なぞ無いし、終いには告白を断り続けたがために「氷の魔女」とかいうヘンテコな仇名まで付けられたことがあったりで……。


『西園寺さんって、すっげえお堅いよなあ』


『わかる。爺ちゃん婆ちゃん思い出すわ』


『朝、5時くらいに起きてそうだな』



 そうそう他人が好きになんてなれるか。

 誰が年増だ。

 低血圧だから、なんなら朝は弱い方だっつうの。


 アタシは、相手の好意がなかなか受け止められない人間だった。

 幼い頃に病弱だったアタシは友達と遊ぶことが少なく、一人で本ばかり読んでいた。

 物語の中では、完成された愛――恋物語が綴られているものが多くある。

 そのせいで目が肥えてしまったのだろう。

 現実に起こる、運命的でも無く苦難に果てにあるわけでも無い、平凡な愛と言うのが、まるで信じられなくなっていた。



「勝手なことしないでよ。アタシ、行かないから」


「そんなぁ! 出席キャンセルされると、運営としては凄い困るんだよお……男性1人に対して女性2人、みたいな感じになっちゃうしい……」


「何言ってるかさっぱりなんだけど。というか、アタシが行くわけないってことくらい分かってるでしょ?」


「中学の時、氷の魔女って男の子達に裏で呼ばれてたの知って、泣きながら帰ってきたのがトラウマだから?」


「……決めたわ。ちゅー姉の過去の街コンの参加者を偽って、糞みたいな体験レポート書いてあげるから」


「ちょっ、それは勘弁! 作家魂をそんな所で燃やさないでいいからぁっ⁉」


 焦ったようにしがみついてくる姉。

 鬱陶しい……本当に3つも年が離れているのだろうか?


「頼むから聞き分けてってば。大学のレポートだけじゃなくて、次の作品のプロットだって考えないといけないんだから」


「プロット……ふっふっふ……!」


「な、何よ?」


 ぴたりと動きを止め、不敵に笑うちゅー姉。


「ずばり、小説のネタにもなるでしょうよというお姉ちゃんなりの配慮なんだなあ、これが」


「はあ?」


「まあまあ、そう敵意を剥き出しにしないでってば。別にでまかせでもなんでもないよ? 最近、上手くいってないのは、なんとなく続刊が出ないことから察してたし」


「ど、どうして……」


「どうしてって、実の妹が一所懸命に描いた小説を読まないわけがないでしょうって」


「…………」


「ん? どした、黙り込んで。読まれるの恥ずかしかった?」


「べっ、別に……!」


「あそう。まあ、人に見せて恥ずかしい内容じゃ全然無いもんね。って、それは置いといてさ、一回くらいはさモノは試しってことで行ってみなって。作家業ってすっごくメンタル使うんでしょ? もし彼氏とか出来たらさ、心に余裕ができて良いのが描けちゃうかもしれないよ? 知らんけど」


「…………ふうん、あっそ」



 そんなわけでなくなく。

 本当に仕方が無く、街コンに参加することになったわけだが。


「き、気安くじゃないです……! 僕は数多の作者さんの中で一番好きなのは枝折目印先生なんです! ファンレターだって作品が刊行される度に送っていますし、できる限りの応援はしているので!」


 下古川波瀬しもこがわはぜ――なんなんだこの男は。

 

 12通――よりにもよって、デビュー時からずっとファンレターを送り続けてきてくれてた奇特な奴が、まさにアンタだって言うの?

 

「にっ、二次会……アンタも参加するの?」


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!

 会ったばかりの男の袖なんか握って、アタシってばビッチみたいじゃないのよっ!


「参加しますよ」


 なんなのよ……いったい。

 アンタが二次会に参加するからって、なんだって言うのよ。

 至極、どうでもいいこと。

 くだらないことよ。


「ふーん………じゃ、じゃあアタシも参加、しよっかなあって」


 ほんっっっっっとうにっ、意味が分からないって言ってるの。

 恋愛なんて、やったこと無いから分かるわけがないし、こんなの恋愛なわけが無いっ!

 あ、アタシはっ、それを証明するために二次会に参加するだけ……!

 会ったのだって今が初めてで、だけど繋がりができていたらしいのは3年前のファンレター?


 こんなの、全然運命性に欠けるっての――!


 どういうわけか、気づけば体中が火照っている。

 馬鹿馬鹿しい、負けるものか。

 そう奮い立って顔を上げる。

 ……このパッとしない男と、まるで視線を繋ぐことができないのは何故なのか。

 目線が交わりそうになった途端に、アタシの首は弾かれたように横振れしてしまう。


 ――なんだか、泣けてしまいそうだ。

 瞳が濡れている……勝手に濡れるんじゃない馬鹿たれ。

 アタシは、一人でも立っていられるはずだ。

 

 3年間、打ち切りの宣告の度に自分を否定された気持ちになった。

 それでも、執筆を続けてこれたのだから――。



『枝折先生、編集部にファンレターが届いていましたよ。初めてのお手紙なので、ファン第一号ですね』



『枝折先生、またハゼさんからファンレターです』



『枝折先生、いつもの渡しておきますね』



 差出人:ハゼ。

 筆が折れそうになる度、ハゼさんのファンレターを胸に抱いた。

 第一通目なんかは、しわっしわになるくらいに読み込んだ。

 涙で滲んでしまったものが殆どだった。


 アタシは一人じゃなかった。

 執筆を続けて来れたのは、間違いなくこの男が居たからだろう。


 下古川波瀬――アタシは、コイツのことが好きなんだろうか?


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