第十一話 街コンは異性にアタックしても良い場。陰キャラにとって、それは最強の免罪符である。

「な、なんです?」


「そこ、趣味のところ」


 栞さんの小さくて細い指が差したのは『趣味:読書・映画鑑賞』と書かれた欄だ。アニメとかラノベだとか、オタク趣味を全開にするのはよくないだろうと思って濁して書いた。


「読書って、何を読むのよ?」


「ええっと……」


 この質問が内気でインドアな趣味を持っていそうな人からのものであれば、さして驚くことではないだろう。しかし、栞さんはその対極に位置しているように見える。

 小柄で子供っぽく見える体躯ではあるものの、服装はけして子供っぽくなく、それでいて大人び過ぎているわけでもない――センスのあるお洒落な服装。

 それこそ、休日に外出するのが好きそうで、スタバの新作は全てチェックしている感じなイマドキな女の子――。


『ずうっと家に引きこもってばかりで男っ気の一つも見せないから、心配になったみたいね』


 そうだ。栞さんはお姉さんから街コンに無理やり参加させられていたのだった。もしかして、俺と同じように実はインドア趣味だったり……?

 ちらと確認した彼女のプロフィールカードは何一つとして書き込まれていないまっさらな状態だ……直接聞く以外の選択肢は無いだろう。


「軽い感じの小説……みたいな?」


 ライトノベル、とは流石に言えなかった。やはりオタクと確信が持てない相手に言うとなれば、かなりの勇気が必要だ。

 ――よくよく、考えて見て欲しい。


『ライトノベル……何よそれ?』


 とか栞さんに睨み付けられつつ、オタクでない相手にオタクっぽくない感じでライトノベルを説明しないといけない状況を……!

 いやそもそも、初めから無難に実写映画化されている小説を上げれば良かったのでは? 実際、ライトノベル以外の小説だって読んでいるわけだし、何も馬鹿正直に答えなくとも……。

 思案、後悔、反省。一通りを済ませたところで、


「ああ、ラノベね。何が好きなのよ?」


 さりげない一言が、その全てを掻っ攫っていった。


(……は? もしかして同類っ⁉)


 瞬きを何度かしてから、冗談だろと思いつつも、いくつか作品名をあげてみる。


「ふうん。へえ……。そーなんだ。で、どういう所が良かったの?」


 興味ありげな反応。ただ、少し思っていたのと違うな。興奮や同調意識よりも、興味が強い感じだ。


「――――――――」


 俺が列挙した作品はどれも、枝折目印えだおりめじるし先生という作家さんが描いたものだ。コミカライズされている作品はいくつかあるものの、アニメ化されたものは未だなく、オタク界隈でも万人受けするとは言い難い作品ばかりを選出する作家さんだ。

 枝折目印先生の作品に共通しているのは、主人公がどうしようもないくらいに頑固者という点だろう。

 そんな性格から、魅力的な登場人物の中に馴染めなず、他人の意見をそう簡単に取り入れようとしないことから、ストーリー展開が非常に遅いのだ。そのせいか、読者が離れがちで、どれも次第に打ち切りとなってしまう……というのが、よく見るパターンだった。

けれども俺は、味わい深い作品だなと思う。

 というのも、インパクトには掛けるが、じっくりと読めば小さな救いや優しさが散りばめられているからだ。そんな幸せを主人公は実はさりげなく拾っており、事によっては何度も読み直さないと見落としてしまう程のものもあり、伝わりにくい場面は多いと思う。けれど、なんだか宝物を探すみたいで、俺は大好きなのだ。


「だから僕は、これから先もこの人の作品を一生買うでしょうし、本に癖が付くほどに読み返し続けることをやめれないと思います。なんたって、デビュー作なんかは初版なんてもうしわっしわで、本棚から飛び出しちゃってる感じで……って……」


 ま、まずい……。

 語りたいことが多すぎて、ついついアツくなってしまった。これじゃあ完全にオタク丸出しだし、間違いなくキモがられて――


「ぃ……ぃぃ、目の付け所……してるじゃなぃのにょ………………ふん…………」


 栞さんは、熟れたトマトみたいな顔をして恥ずかしがって――いや、というよりも照れている⁇


 カリカリカリカリカリカリカリカリカリ―――。


 と、残像がみえるくらいの速度で頬を掻いていて、キョロキョロと視線は動いており、極め付けに、先程までの無愛想な表情とは打って変わっての口角のあがりようだ。喜びが堪えきれない、そんな感じにみえる。


「……もしかして、栞さんもこの作者のこと好きなんですか?」


「はぁ⁉ アンタ、そんな気安く好きとか言うんじゃないわよ! びっくりするじゃないの! そういうのはちゃんと順序を踏んでから……!」


 栞さんはウェーブの掛かった深緑の髪をはためかせて興奮を露にした。それは、隣で談笑していた順調そうな二人もぎょっとする程だ。

 作品か作者の枝折目印さんのどちらに思い入れがあるのかは分からないが、かなりの厄介オタクだぞこれは……。

 ただ、枝折目印さんのファンとしてこちらも簡単には引けない。なんたって、初デビュー作からの全ての既刊を初版で追い続けているのだ。


「き、気安くじゃないです……! 僕は数多の作者さんの中で一番好きなのは枝折目印先生なんです! ファンレターだって作品が刊行される度に送っていますし、できる限りの応援はしているので!」


「なっ……! う、うそっ、アンタが……! そんなっ、えっ……ちょっともう……っ!」


 栞さんは感触を確かめるようにして、艶やかで子供っぽい顔をむにゅむにゅと両手で押し始めた。

 ついさっきまでのトゲトゲしく、クールな態度はどこへやら。まるで別人のようだ。

 情緒が不安定過ぎて心配になるレベルなまである。

 若干の引き気味で愛想笑いを浮かべつつ、対応に頭を悩ませていると、


「はーい。時間になったので、男性の方は次のテーブルへの移動をお願いしまーす」


 栞さんのお姉さん――綴さんのフランクなアナウンスが聞こえてきた。


「それじゃ、時間みたいなので」


 会釈して席から腰を上げようとしたその時だ、


「待って」


 ちょこんと服の袖を、栞さんに掴まれた。


「にっ、二次会……アンタも参加するの?」


 栞さんは俯いていて、表情は伺えない。俺に参加して欲しくないのか、参加して欲しくないのは、まるで分らない……いや、参加して欲しいと思っているセンは薄いだろう。大半が、怒っている風だったわけだし……。

 けれど、天音先輩と協力関係を結んだ以上、二次会を欠席するわけにはいかない。


「参加しますよ」


「ふーん………じゃ、じゃあアタシも参加、しよっかなあって」


「えっ」


 歯切れ悪く参加宣言をし、顔を上げた栞さんの瞳は微かに濡れていて、顔だって火照っているみたいだった。

 視線が合いそうになると、咄嗟に目を逸らし、だというのに再び目を合わせに来ようとして……女の子感がすごすぎる。なんだこれ、超可愛いぞ……。 

 いやいやちょっと待って……!

 俺が参加するから、栞さんも参加しようと思ったってことで良いんだよねコレっ? 

 期待しちゃって良いんだよねっ?

 いやでもどうしてだっ? 何も好感を持たれるようなことをした覚えがないぞっ?

 ちょんちょん。


「取込み中の所、申し訳ないんですけど。後ろ、来ちゃってますよ?」


 肩を小突いてきたのは未だ名前すら知らない、一緒にテーブルを周ることになっている相方だった。背後に、迷惑そうな顔で俺が移動するのを待っている人が見えた。


「すっ、すみません。すぐに移動しますね」


 焦るように、逃げ出すようにして、個室を飛び出す。鼓動が速い。心臓が飛び出てきそうだ。


 ……今回の街コン、もしかしてワンチャンある?

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