第十話 プロフィールカードには話題の中心に立てるような話題を織り込むべし。

 男女4人組……否、2人組と1人と1人。


「この近くにさ、美味しいパスタのお店があるんだけど……この後どうです?」


「えっと……い、行きたい……です!」


 ムカつくくらいに順調そうな雰囲気な、もはやカップルと称しても違和感の無い男女が居る横で、


「はぁ……」


「…………」


 ため息を吐き散らかす少女と、ただただ無言でプロフィールカードを埋めている俺が居た。

 今回の街コンは告白カード等が無いため、マッチング形式のものではない。その代わりと言ってはなんだが、運営が2次会をセッティングしてくれているものだ。

 テーブルの総数は12テーブル。男性が席をローテーションしていく間隔は1席当たり15分で、開催時間は計2時間――つまり、全ての女性と顔を合わせることはできない。

 そのせいか、貴重な1テーブルを無為に過ごすことが勿体無く感じてきた……。


「こ、好みの異性のタイプとか……います?」


 沈黙を破るため、なんとなしに少女――栞さんに話しかけてみる。気が全く無いことは重々に理解している。ただ、せめて次のテーブル以降の会話の練習くらいはしたかった。


「は? なんなのよいきなり」


 不快感100%の迷惑そうな声。けれど、ここで怯むわけにはいかない。

 ここまでの強敵と会話を続けることができたならば、これから先の異性との会話なんて屁の河童に感じることができるだろう。それは、陰キャラの俺にとっては大きな武器となるはずだ。

 生唾を飲み、深く息を吸った。それから、へなっと笑ってみせる。


「じ、純粋にどんな人が好みなんだろうなあと思ったんです」


 あくまで友好的に。できれば、重い空気を取り払ってしまいたい。


「別に、嫌だったら無理に言わなくても良いんですよっ? なんというか、女性から見て好感の持てる男ってどんな人なんだろうなあとか……純粋な探求心で!」


 相変わらず眉根を吊り上げたままの栞さん。そんなプレッシャーからか、自然と早口かつ言い訳っぽい口調になってしまった……すっごくオタクっぽいじゃんコレ……いや、オタクだから何も間違ってないんだけど……。

 割れそうな風船を警戒するみたく栞さんを見ていたら、不意に「あ、そっか」と呟いた。


「勘違いしないでよね。別にアンタが嫌いでこんな態度を取ってるわけじゃないから。アタシはただ、街コンに参加するのが嫌なだけなの」


 なんだこのツンデレテンプレートっぽい出だし……じゃなくて。


「……さっきのお姉さんが無理やり、みたいな感じですか?」


「そういうこと。ずうっと家に引きこもってばかりで男っ気の一つも見せないから、心配になったみたいね。お節介が過ぎるとは思わない?」


「まあ、それなりには……? ただ、なんとなく良いなとは思います」


「なにがよ?」


「一人っ子なもので、兄弟とかそういうの少し憧れるんですよ」


「ふうん」


 興味の無さそうな素振り。ただ、少しだけ震えたように聞こえたのは気のせいだろうか?

 不思議に思っていると、栞さんはぼそぼそとした声で、


「だ、だからアンタは別に変じゃないわ。これはアタシがちゅー姉に無理やり参加させられたせいでムカついてるってだけ……いーい? わかった?」


 やけっぱちなテンションに押されるように、俺は無理やりに首を縦に振らされた。


(なんだ、もしかして根は良い子なのか……? 性格も見た目も子供っぽいところはあるけど……)


 思えば少し前、『変な期待させたり、変な期待をしないでってば』と、俺を囃し立てる綴さんを制していた。

 嘘をつきたくない――だけなのかもしれない。

 一見、自信過剰にも思えるだろう。けれど、他人を傷つけたくない、嘘をついて自身を傷つけたくない――その一心で動いている人間は、普段は全く持ちえない自信さえも自分のものにしてしまう。

 余りに盲目、余りに愚直――しかし、そこが良いと思えてしまうのは、俺が陰キャラでオタク。更には窓際社員という、世間から指を差されて笑われても仕方のないレッテルに塗れているからだろう。


 つまりはまあ、何が言いたいかと言うと………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ふーん、良い子じゃん。


 と思いましたってこと。

 ともあれ。

 さも「君のこと狙ってるぜ!」感を出す気はさらさらない。相手がそれを望んでいないのだし。

 それに俺としても、どちらかというと異性に対する好意的な気持ちよりも、尊敬っぽい気持ちが上回ってきていた。

 不器用で馬鹿なのは承知。ただ、他人のために他人を傷つける勇気を持ち合わせていない俺からしてみれば、「すげえ……」と感動できてしまうのだ。

 なので、「良い人に会ったもんだなあ」としみじみ思いながら、無言の空間を許容することにした。栞さんの人柄さえ分かれば、なんてことはない。

 空気に重みをまるで感じなくなってきた。


「………」


 軽くなったペンを、すらすらとプロフィールカードの上を走らせる。

 異性から見て好感が持たれそうな内容、あとは言い回しに気を付ける。それと、関係が発展した時のことを考えて誤解が生まれないよう細心の注意を払いながら――。


「ねえちょっと」


「っ」


 集中していたせいか、急に声を掛けられて体が跳ねた。

 流石に恥ずい……もしかして栞さんに気づかれていないだろうか? 

 おずおずと伺うと、栞さんは俺へと声を掛けてきながらも、その視線の向きは違っていた。

 

注視していたのは今まさに、俺が夢中で書いていたプロフィールカードだった。

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