第九話 ドメスティックな街コン。
「下古川波瀬さんっと……珍しい苗字っすね?」
本人確認が済むと、彼女はバインダーにペンを立てた。
「ええ、よく言われます」
腰まで届きそうな金髪を一括りにしたポニーテール。小麦色の肌にうっすらと浮かぶ泣きぼくろ……街コンあるある、受付のお姉さん美人説は相変わらずだった。
「あーやっぱし? ……それじゃ、プロフィールカードは机の上に置いてあるんで是非とも使ってくださいな」
ギャルみの強い彼女は、そう言って角にある個室を指差した。
地下鉄なんば駅近く。お昼時の個室型居酒屋。前回の街コンとは会場が違うものの、既視感を覚える。きっと、同じ系列なのだろう。
『朗報です、下古川くん。私の相方さん、とっても綺麗な方ですよ。全力でフォローしますから、気合いを入れといてくださいね』
入室の寸前。天音先輩から、そんなラインが届いていた。
「気合って……」
『武運を祈るにゃ!』なんて言っている猫のスタンプも飛んでくる。
『僕は今ついたところです。天音先輩こそ、ファイトです』
そう返信してスマホを仕舞おうとした所、ふと思い出したことがあった。
『今回の街コンは飲み放題つきらしいですけど、絶対にアルコール類を頼まないでくださいよ』
『……何杯までならよろしいですか?』
お酒のことになると、この人たまに話が通じなくなるよね……どういうことなの……?
『1杯どころか、1口たりとも禁止です…………初対面で酔っぱらってたら男なんて寄ってきませんよ』
ぴこん。
今にも泣きだしそうに瞳を潤ませた猫のスタンプが送られてきた。
(どんだけ呑みたいんだよこの人……)
呆れかえりつつ、『もう知りませんからね』と、今度こそ個室へと入室する。
「それでさー、言ったんですよ」
「すごいですっ、冗談みたいです! あははっ」
個室内はスタンダードに4人掛け。のっけから、既に出来上がった感じで話し込んでいる男女が目に留まった。
「どうも、こんにちは」
軽い挨拶をすると、適当な挨拶が返ってくる。目の前の異性と仲を深めあうことに夢中なのだろう。
男は一瞥もせず椅子を引いて、入り口から向かって奥側の席と決まっている俺へと道を開けた。この調子だと、改まっての自己紹介タイムすら設けない感じかもしれない。
(あと1人、どんな子か楽しみだなあ)
そうなってくると、未だ来ていないらしい最後の女性への期待が高まる。既に出来上がっている2人組と同じテーブルとなれば、必然的に余りもの同士で話すことになり、相手が好みの女性であれば大きなアタックチャンスとなるからだ。
期待に胸を膨らませつつ、机上に置いているらしいプロフィールカードを探す……が、どこにもそれらしいものが見当たらない。
不思議に思って辺りを見回したところで、俺はようやく気付いた。
座高があまりにも低い少女が居た。少女の隣、入口側に座っている女性の陰にすっぽりと収まっていて、まるで見えていなかった。
「はあ……」
少女はくそでかいため息を吐いていた。
ウェーブが掛けられ、手入れの行き届いているらしい深緑の長髪。つるんとしたたまご肌で、猫のような鋭い目つきをしている。
見た目は中学生のよう……失礼ながらも、よく参加を許されたなと思う。運転免許証を見せたとて、偽装を疑われてもおかしくないレベルの幼さがあるのだ。まるで、お人形みたいだ。
「はあ……」
少女はまたも、隠す気の無いため息を吐いていた。隣の2人組がキンキンとお喋りに花を咲かせているのが相当にうんざり来ているのだろう。除け者にされていた時間が長かったらしい。
「あ、あの~」
「……アタシ?」
警戒心の強い眼光。取って食われてしまいそうな、肉食獣のような雰囲気。
ただ、ここで怯んでしまうのは格好がつかない……虚勢を張ることにした。
「プロフィールカード置いてあるって聞いたんですけど、知りません?」
「知らないわよ、そんなの。アタシに聞かないで」
なんというか……初対面の人に対して取る態度ですらないだろう、これは……。
俺にまで嫌悪感をぶつけてくるということは、顔が気にくわなかったか、陰キャラっぽい雰囲気が気にくわなかったかのどちらか……または両方のはずだ。
「そうですか。すみません」
となれば、こちらとしても無駄に気を遣う必要は無い。次のテーブルまでゆっくりさせてもらうとしよう、そう思った時だった。
――こんこん。
戸が叩かれた。
「いんやー、申し訳ない。プロフィールカードを置いておくの忘れてました」
ギャルみの強い受付のお姉さんが、軽口を叩きながら入ってきた。
自然な手つきで未だ談笑に夢中な隣の2人組の手元へとソレをそっと置き、少女には手渡し。
そうして、最後には俺へも手渡し……と、すっと屈んで目線を合わせてこられた。ふわりと舞った香水の香りが見た目に反して上品で、女性らしさを意識してしまう。
「ねね、向かいの女の子どんな感じです?」
唐突に、そんなことを聞いてきた。
街コンの受付として働いているだけあって、色恋の話に眼が無いのかもしれない。
「ええっと……」
ただ、聞いた相手が悪い。
ちらと横目で伺った少女には、「アンタなんかと話す気、サラサラ無いから」というオーラが相変わらずバリバリと貼られており、とてもじゃないが期待されているような話なんてできる気がしない。
おそらく、好意的な発言も否定的な発言も少女の神経を逆撫でするだけだ。
お姉さんが諦めるまで適当な相槌で乗り切るしかない。街コン開始のアナウンスまでは5分を切っているだろうし、時期にタイムオーバーとなるはずだ。
「ちょっと、余計なことしないでよ」
そう画策しながら愛想笑いを続けていたら、低くドスの効いた声が割り込んできた。件の少女が、親の仇かのように睨み付けてきている。
(お、俺は悪くないはずだ……)
逃げるようにして、咄嗟に目を逸らす。反してお姉さんは気にも留めない様子で、
「いーじゃんかよう、素敵な彼氏ができるようフォローしてあげるって」
「余計なお世話だって言ってんの。いいから、さっさと仕事に戻って」
しっしっと手を払う少女と、ぶーぶーと子供のように不満を隠さないお姉さん……なんだ、初対面には見えないぞ? 少女はともかくとして、受付のお姉さんは敬語を使わなくなっているし。
(もしかしてサクラか……?)
思えば、少女は初めから一貫して嫌々ながら参加している気質があった。
サクラのセンは大いにある……。
だとすれば、この会社が開催する街コンは今後避けた方が良いかもしれない。街コンの参加費だって無料じゃないのだから。
疑いの眼を向けると、勘が良いのかお姉さんが焦ったようにして口を開いた。
「なっ、なんか変な勘違いしてるっぽいっすけど、違いますよっ?」
お姉さんは少女の隣に並ぶと、肩を組んで頬をくっつける。
「ちょっとなんなのもう。くっつかないでってば、ちゅー姉」
「その言い方はやめてって何度も……って、今はそんな場合じゃないわ」
お姉さんはこほんと咳払いをしてから、
「私は
「姉妹……?」
まじまじと並ぶ、小麦色の肌をしたお姉さんと真っ白な肌の少女。よーく見れば、目元や鼻の形なんかが似ているような……。姉妹と言われても、確かに違和感は無い。
「ですです。なので、下古川さんが心配なさっているような事はありませんよ。むしろ、ジャンジャン彼氏を作って欲しいくらいなんで!」
からからと笑う綴さんを、栞さんは「よくもバラしてくれたわね……」とバリバリに睨み付けながら、
「参加さえすれば良いって話だったでしょ。変な期待させたり、変な期待をしないでってば。ほんと、めんどいから」
「そうは言うけどさ栞。もう良い歳だってのに、今まで彼氏の一人も連れてきたことないじゃん?」
「ちゅー姉には関係ないから。アタシの勝手」
そっけない態度を貫き通す妹に全く恐れる様子なく、綴さんはその頭上をドリブルするみたいな気安さで叩く。
「ま、こんなこと言ってるけどさ、ただのツンデレだから安心してくださいね?」
「ツンデレとかじゃないから!」
(うん、俺もそう思う…。だって眼がマジなんだもの……)
これが実の姉故の図太さなのか……相変わらずの綴さんは妹の反論などガンスルーし、戸に立った。
「んじゃ、そろそろ開始のアナウンスもしないといけないし仕事に戻るから。じゃねー」
綴さんは台風みたいに好き勝手に暴れた挙句、出て行ってしまう。
そうして取り残された俺と栞さん。当然、張りつめたような空気に包まれる。
「…………っ!」
まるでケダモノを見るように、警戒心が俺へと突き刺されている……。
(俺は何も言ってないじゃんかよぉ……!)
悲痛な心の叫びの後、ようやく街コンは始まった。
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