第七話 異性の行為が読み取れない時、バーの店員さんにコソっと相談するのは割とオススメ。

「協力、ですか?」


「はい。やはり、素敵な異性を見つけたいとなれば、それこそ異性にアドバイスを貰い、サポートし合うのがベストかと」


「言いたいことは分かります……」


 天音先輩の考えは尤もだ。かくいう俺も、女の子と縁があった時期は元カノとの1年間だけ。慣れている、とはとても言い難い。

 しかし、天音先輩は人目を集める程のビジュアルの持ち主だ。異性に対して不慣れだとしても、『むしろそこが可愛い』とプラスポイントになるはず、協力関係を結ばなくとも……いや待て、思い出した。


「どうしました? 急に黙り込んで」


「あっ、ああいえっ! 別に……!」


 天音先輩は、プロフィールカードに好きな異性のタイプ――『一週間に一回、お互いのスマホをチェックさせてくれる人』を初めとした、男性を過剰に束縛する内容をみっちりと書き込んでいた。男性不信――そんなワードが頭に浮かぶ。

 どういう気持ちで、あれを書いたんだろう……。


「あ、天音先輩はどうして街コンに行こうと思ったんですか?」


 素面であれば口を噤んだだろう問いを投げる。儚げに流された視線に、胸が痛くなった。


「純粋に彼氏が欲しい、結婚がしたいというのはあります。後は……あまり不幸自慢のようにしたくないので、気安く聞いてくださいね」


 いつの間に頼んでいたのか、モスコミュールを含んでから、静かに口を開いた。


「父と母が居る家庭環境に強い憧れがあるんです。私が幼稚園生の頃、両親は離婚してしまったので……ありふれた話なのは分かっているんですけどね」


 気を遣った笑顔は、触れれば割れてしまいそうなくらいに、強かった。

 自分のことは二の次に、いつだって相手の気持ちになって話し、考えてくれる。

 この一年で散々、見てきた姿だ。


「天音先輩、良いですよ。協力関係を結びましょう」


 そんな彼女がモテないだなんて、あって良いはずが無い……!


「プロフィールカード、まだ持ってますか?」


 提案をしてきたのは天音先輩の方だと言うのに、ぽかんと口を開いて呆けてしまっていた。そのせいか、反応が少しだけ遅れたみたいだ。


「はっ、はい? 持っていますけど」


 改まって見せるのは恥ずかしいのか、躊躇いがちに机上へと置かれた。

 件の場所を指差そうとして――一瞬だけ止まる。下手な言い方をすれば、傷つけてしまうかもしれない。どうしたって、慎重になる。


「こ……ここなんですけど、すこーしだけ、束縛が厳しすぎるかなと……なんて」


「ぁぅ……」


「あ、天音先輩?」


「やりすぎかな、とは思っていたんです……図星を突かれて思わず変な声が出てしまいました……ど、どうか気にしないでください」


 クールなまま、耳だけがほんのり赤くなっている。

 可愛い…………じゃなくて!

 ぶんぶんと首を振って、移りつつあった熱を頭から飛ばす。


「自覚あったんですね」


「実は……ちょっとだけ。もともと私、街コンで相手を探そうって気は無くって、初めはマッチングアプリを多用していたんです」


 マッチングアプリ。ラインのようなチャット機能を使って、異性と交流することができるアプリのことだ。趣味や身長、恋愛観等で異性を検索することができ、好みの相手に『イイね』というものが送信できる。相手からも『イイね』が送られてくればマッチング成立となり、チャットが可能になる。そんな、お互いに好意を持っているかが分かりやすくて、理想の異性が見つけやすい、魅力的なアプリだ。スマホさえ持っていれば、いつどこにいても異性と交流が可能な気軽さからも、利用者は多い。


「それなら僕も少しだけ使ったことあります。ただ、マッチングしても途中から返信が来なくなることが多くて……」


 かくいう俺は、チャットに苦手意識があった。別に変な内容を送信しているわけではないが、マッチングが成立したとしても途中から返信が来なくなってしまうのだ。過去、「もっと直感的に、適当に返信すればいいんだよ」と前の部署の同期にも言われたことがあるのだが、きっとそういうことなんだろう。


「男性側でもそう言うことがあるんですね。私は何人かの方とお会いしたのですが、どれも体だけの関係を求める方ばかりで……だから最近は、対面して話すことのできる街コンにシフトしてきた感じです」


「その気持ち、なんとなくわかります……。何を持って異性を信じればいいのか分からなくなるっていうか」


「似たような経験があるのですか?」


「男なので体目的とかじゃないですけど……そのまあ、過去に少しだけ」


 なんだか、バツが悪い。思わず眼を逸らしてしまう。


「……一年前、ですか?」


「えっ、と……」


「私、小耳に挟んだんです。下古川くんは、異動前と異動後でまるで別人みたいになってしまったと」


「そ、それは……」


 言葉に窮する俺の頭に、ぽんと天音先輩の手のひらが乗った。


「大丈夫ですよ。言いたくないなら、言わなくたって。無理に聞き出したりはしませんから」


 撫でられた感触が少しだけ違っている。きっと、お酒で彼女の体温が上がっているからだ。


「前の部署の後輩、きょーすけさんのカップル成立の報せを受けた下古川くんはとっても嬉しそうにしていましたよ。……正直、どきっとしちゃいました」


「へっ⁉」


「初めて見る表情だったので、新鮮でした」


「はは、ははは……」(心臓に悪い……)


「なんだか頼りがいのあるお父さんみたいで……こういうこと、やめないとかもしれませんね」


 そっと、天音先輩の手が俺の頭から離される。


「実は私、年の離れた弟がいるんです。下古川くんは少し雰囲気が似ているので、無意識に手が伸びてしまうみたいです」


 寂しそうな顔、いてもたっていられなくなる。


「べっ、別に嫌じゃないので……いいです。や、やめなくても」


「そうですか? なら、安心ですね」


(かぁ~~っ! 何を口走ってるんだ俺はっ!)


 それから、空を仰ぐみたいにして天音先輩は言った。



「大人って、もっと大人だと思ってました」


 

「えっ……」


 深く馴染んだ言葉。俺が常々思っていることだ。

 ただ何より、天音先輩の口から出たことが意外だった。


「この間のミーティング。私が部長に告白したのを覚えていますか?」


 首を縦に振る。


「あれ、ただの八つ当たりだったんです」


 いたずらがバレた子供みたいに、天音先輩は舌を出した。綺麗なピンク色が一瞬で脳に焼き付く。


「ちょうど、マッチングアプリのせいで男の人に飽き飽きしてしまっていた時でした……タイミング悪く、部長がセクハラ発言をされたので、それにむかっ腹を立ててしまった感じで……それと、大切な後輩を貶す部長にそろそろ一杯食わしてやりたい、なんて思ったからでしょうかね」


「天音先輩……」


「ふふ。下古川くんが他人に迷惑をかけないよう、人一倍に頑張っているのは知っていましたから。何事にも真面目で誠実で……そのせいで少し空回りして、部長に嫌われてしまったことも。私は同じ会社の人でも、街コンでばったり会ってしまった相手が下古川くんで良かったと心から思いますよ」


「ぼっ、僕も……僕も同じ気持ちです……!」


 勢い余って飛ばした視線は、天音先輩の視線と重なった。

 慈愛に満ちた彼女の瞳に、時が止まったように心が鷲掴まれる。いつまでだって、見ていられる……。



「あのう……おめでとうございます? こちら、牛ハラミのステーキと海老のアヒージョでございます」



「「あっ……」」


 店員さんとの気まずげな雰囲気の中、浮かされていた熱が急速に冷えて行くのを感じた。『酒は飲んでも飲まれるな』――全く、良い歳をした大人が何をやっているのか。気恥ずかしさから、俯きがちに横目で彼女を伺うと、案の定にも同じ雰囲気に充てられているみたいで、少しだけ安心する。

 そのおかげか、更に数分後。


「お、美味しい……」


 初めて食べたシカゴピザなるものは、舌一杯に堪能することができたのだった。


 

 絶対にまた来よう。そんな決意と共に、夜は更けて行った。

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