第五話 踏むことで発動するのが地雷。ともすれば、踏まずして地雷と呼称するのは如何なものなのだろうか。

「これにてお話の時間は終了となりまーす! 皆様、お手元にございますプロフィールカードの下部をご覧くださいね。これより、告白カードへの記入タイムとなります! 素敵な異性を見つけた方は、どうぞご記入ください。3分後、回収させて頂きまして、めでたくカップルがご成立された方を発表致しまーす!」



 全てのテーブルを周り終え、7つ目の席で俺はというと、


「う~ん」


 件の告白カードと睨めっこをしていた。

 タイプの女性はそこそこ居た。ただ、特定の誰かに好感触を覚えることは無かった。

 頭の中でぐるぐると思考を巡らせた末、結果的に最低限の会話しかできずに終了。そんなオチばかりだったような気がする。

 記入し終えて余裕そうな態度の田井中さんは、俺がタイプに感じた女性全てと連絡先の交換を行っていた。彼の方が、どの子に対してもカップル成立の可能性は高いだろう。それこそ、彼の意地汚い性格が露呈でもしない限り、勝機は酷く薄い。

 ただ、せっかく街コンに来たのだ。手ごたえが無かったとはいえ、告白カードを埋めずに帰るというのは勿体ない。それに、書いたところで相手に知られることは無い。

 第一希望から第五希望まで記入できるのだし、女性側の本命がどれも外れ、なんとなしに書いた俺とマッチング……なんて可能性はゼロパーセントでは無いのだ。


「……よし」


 とりあえず、ざっと埋め終える。

 1年ぶりの街コンだった。上手く行かなくとも、また来ればいいだけの話。

 一度来てしまえば、高く見えていたハードルも、だいぶ低くなったように感じる。そうそう期間を開けずに来ることができそうだ。

 その時、せめて隣に恭介が居ないことでも祈っておこう。


「下古川さんは決まりましたか?」

 

 田井中さんだ。ひそひそと向かいに座る女性陣は聞こえない声量だった。告白カード記入時、こうした同性同士でのつつき合いは定番だ。ぶっちゃけ、楽しい所ではある……しかし、今回ばかりは相手が相手なだけにそんな気は一切起きないが。

 田井中さんは、見覚えのある……下卑た表情を浮かべていた。彼は俺が、なんの成果も残せていないことを知っている。

 自慢をしたいのか、単純に俺の事が嫌いで嫌がらせをしてきているのか、どちらかは定かでは無い。

 この街コンさえ終われば二度と会うことは無いだろうし、生返事で良いだろう。


「初めのテーブルの時にいた、アリエルとか言うババアでも書きましたか?」


「……書いてないです」


「くく、一番お似合いに見えたんですけどね。なにせ唯一、連絡先が交換できた相手でしょう?」


 何が楽しくてこいつは……馬鹿馬鹿しい。


「それとも、24番の女の方が好みでしたか?」


「24番?」


「ああ、番号は覚えていなかったんですね。まあ、覚えておく価値も無いヤバい女でしたもんね。タイプの男性をフリースペース欄にびっしり書き込んでいた、地雷女のことですよ」


「天音……さんですか」


「ええ、そうです。くく、名前は覚えてらしたんですね。流石」


 彼は嘲るように笑っていた。

 天音先輩を悪く言われた、途端に脳内がカッと熱くなる。


「……天音さんは、地雷じゃありません」


「……なんです?」


「天音さんは、地雷じゃないと言っているんです」


 努めて真剣に訴えた。

 しかし田井中さんは『本気になる事は恥ずかしい事ですよ?』そう言いたげに眉を上げて見せた。懸命に言葉を重ねれば重ねるだけ、さも惨めさが増していくかのように演出するのが上手いのだ。

 心底嫌いなタイプだった。


「いやいや、どう考えても地雷でしょう。束縛やばすぎて、あんなの誰も彼女にしたいだなんて思いませんよ。人生を滅茶苦茶にされてしまうのがオチ……ただ、顔だけは良いからセフレとしては最高かもしれないですけどね、くくく――」


「いい加減にしろよ!」


 気づけば俺は、怒声と共に立ち上がっていた。

 向かいに座る女性陣は突然のことにぎょっとしていて、田井中さんは不快感を露に眉根を寄せている。


「何か物音のようなものがしましたが、大丈夫ですかー?」


 受付のお姉さんが個室の引き戸を引いていた。


「……すみません、少し大きな声を出してしまっただけです。本当に、申し訳ありません」


「トラブル、ではないんですね?」


「はい。ご心配をおかけしました」


「……なら、良いんです」


 不安そうな態度は消し、元通りに受付のお姉さんらしい明るさを取り戻して、引き戸を締めて出て行ってくれる。出会いの場での人間関係のトラブルは、取り返しがつかない程に雰囲気を壊しかねない。見なかったこと、見せなかったことにするのが最善だろう。


「っ、良い大人が怒鳴るなっつうの。子供かよ」


 女性陣にだけ深く頭を下げ、粛々と席に座りなおす。

 そうして俺は、告白カードの全ての番号の上に斜線を引いた。

 更に、第一希望にだけ新たに数字を書き直す。

 キリトリ線でプロフィールカードと告白カードを切り離した。


「田井中さん、地雷は踏み抜いてから爆発するから地雷なんです。だから、あなたの話は間違ってる」


 俺は田井中さんに向かって告白カードを突き出した。


 第一希望:24番

 

 会社の先輩――他でもない、天音先輩の番号だ。


「……きめえ」


「どっちがですか」


「っ」


 大きく舌打ちが鳴った。


「はーい! 皆様―、告白カードの記入タイムはこれにて終了でーす! これより回収に参りまーす!」


 アナウンスの後、本当に大丈夫だったのかなと不安げな受付のお姉さんが告白カードを回収していった。

 こればかりは申し訳なく思う。不適切な行動だったと心から反省した。


「それでは全ての告白カードが出揃いましたので、これよりカップルの発表をさせて頂きます!」


 次々と番号が呼ばれていく中、徐々に頭は冷えていった。

 カップルが成立することはまず無いだろう。

 なにせ、会社の先輩の番号だけを記入して提出したのだから……。

 子供のように馬鹿みたいなことをした、そんな自覚は確かにある。ただ、思う事をちゃんと言葉にできた。勝手なことではあるが、尊敬する天音先輩の名誉を守ることが少しはできたと信じたい。

 天音先輩は地雷なんかじゃない。

 窓際社員のろくでもない俺にさえ構ってくれる、素敵な人なんだ。


「続きまして6番と23番の方々! おめでとうございます、カップル成立です!」


 田井中さんは去り際「間違ってんのはお前だ、陰キャ」そう吐き捨てて個室から出て行った。


「いやー、まさかカップル成立しちゃうなんて思わなかったよー。どう、これからご飯でも行く?」


 ぴしゃりと締められた引き戸の向こう側からご機嫌な声が聞こえてきた。まるで別人だ。

 ああ全く、なんて理不尽だ。

 あんな性悪が報われて、おもちゃにされただけのコッチは何の成果も得られないままだ。

 別に人生で最後の街コンでは無いのだし、今回は色々と巡り合わせが悪かっただけ。

 そう説明をつけるのは簡単だ。

 けれど、どうしたって憤りは感じるし、悔しさは拭いきれない。


「――――!  ―――――――――!」


 もっと気安く、適当に生きられればどれだけ楽だったろうか。


「――――の!」


「⁉」


 肩が大きく揺すぶられていた。向かいに座っていた女性のうちの一人だった。


「すみません。な、なんですか? 急に」


「すみませんっ。でも、ずっと前から声を掛けてて……」


 話が見えず、首を傾げる。


「下古川さんの番号って5番ですよね?」


「は、はい。そうですけど……」


「呼ばれてるので、そろそろ向われた方がいいと思いますよ?」


「え――?」


「5番の方―! お相手の女性がお見えになっておりますよー! 出ていらしてくださいー!」


 マイクを通した、快活な声が響き渡っていた。

 プロフィールカードがくしゃりと潰れるのを厭わずに、ポケットに突っ込む。

 そうして俺は、個室を飛び出した。


「っ」


 そこに居たのは、笑顔で祝福する可愛い受付のお姉さん。それと――



「下古川くん、遅いですよ」



 ほんのりと頬を朱に染めて、不貞腐れたように唇を尖らせた天音先輩が立っていた。

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