第四話 街コンで知り合いに会った時の気まずさは異常。

「下古川波瀬と言います。趣味は本を読んだり、映画を見たりとインドアな感じです。よろしくお願いします」


田井中健一郎たいなかけんいちろう。よろしくお願いします」


「佐藤さやかって言いますー。休みの日は友達と買い物とか、後は……呑み会とか? 少しの時間だけど、よろしくー」


御伽泡姫おとぎありえるで~す! 温厚な感じで、生真面目な雰囲気の人がタイプで~す。暇さえあれば街コ……カフェ巡りとかやってま~す」


 俺の自己紹介を皮切りに、丸眼鏡、ギャル、おばさんは順に名乗ってくれた。流石は成人済みの大人。最低限の空気は読んでくれたみたいだ。

時間はたかだか、座席移動までの15分だけ。これならどうにか乗り切れそうだ。中身の無い、変な角の立たない話でお茶を濁して――。


「えーうっそ! あーし初めてみたんだけど、泡姫あわひめでアリエルって呼ぶの。やばすぎじゃなーい?」


「こういうの、キラキラネームって言うんでしたっけ?」


 スマホを手放さないままの佐藤さんに、眼鏡のポジションを整えつつ田井中さんが続いた。


(い…………っ⁉)

 

 前言撤回。空気の「く」の字も読んでくれていない。


「んーと、デ〇ズニーのアリエルみたいにキラキラしてて可愛いってことです~? いやあ、照れちゃいますね!」


 若作りが限界突破してあらぬ方向に行ってしまったらしいおばさん――御伽さんはどうやら悪意に鈍い様子。

 効いてないなら、それで良し――そう安堵したが、


「いやいや、そういう意味じゃないですって。ね、下古川さん?」


「えっ……」


 田井中さんは下卑た笑みを浮かべていた。

 どちらの女性も気に入らなかったのだろう。お眼鏡に掛かる相手が居ないなら、せめてストレスでも発散する、そんな気概に見える。なんにせよ、意地が悪すぎた。


「えー、それじゃあどういう意味なんです~? 下古川さんが教えてくれるんです~?」


「はは、まじうける」


 表面上は、まだ誰も傷ついていない。

 ただ、次の俺の一言によっては問題を問題にしてしまうだろう。

 この先の御伽さんの街コンを最悪なものにするか、自身の犠牲だけに留めておくか。

 選択肢はあって無いようなものだった。


「素敵な名前、ってことですよ」


「やあだあ、下古川さんったらも~」


 瞳にハートマークが浮かんでるんじゃないかってくらい、喜んでくれている。


「やっばー、まじどういう展開? やばみー」


「くく。すごいな、下古川さんってば直球じゃないですか」


(お前が言わせたんだろ……!)


 叶うことなら、そう吐きだしてしまいたかった。

けれど、俺一人が心にもない事を言うだけで場が丸く収まるのなら安いものだ。

 ……それに、街コンはまだ始まったばかり。

 これから色んな女性と話すことになる。

 無駄な体力の消耗は、避けるべきなんだ。


「ねね、あーし良い事を思いついちった! 連絡先、交換すれば?」


 俺の方にちらちらと視線を飛ばしながら、佐藤さんはそう提案した。

 そんな彼女の表情に意外な感覚を覚える。

 思えば佐藤さんは、田井中さんと同様にこのテーブルに付いている異性がタイプでは無いのか、終始ぶっきらぼうな態度だった。

 けれど今の彼女は、口弾みも表情も軽い。田井中さんのような邪気は感じられない。

 つまり、純粋に御伽さんを応援しているのかもしれないということ。

 見ているこっちが痛くなるようなピアスとか、成人して尚も派手な格好には、偏見だが抵抗を感じてしまうところがある。

 けれど、佐藤さんの根は良い人なのだろう。


「連絡先くらいなら、いいですよ」


「やった~! いっぱいラインします~!」


 言うと、御伽さんはシミだらけの顔でくしゃっと笑った。

 正直、御伽さんを恋愛対象として見るのは厳しい。お世辞にも清潔感がある見た目とは言えないし、年齢を偽ってまで参加してきているわけだから歳が離れすぎているのは明白だ。

 街コン後、何かしらのアプローチがあった場合はやんわりと断るつもりでいる。

ただ、彼女がここでテンションを大きく落とすことが無ければ、俺よりももっと魅力を感じられる相手を見つけることができるかもしれない。その手助けになるのなら、儲けものだ。


「っ、面白くねえの」


 田井中さんは小さく舌打ちをしていた。

 今日の街コンでは、そんな性悪な彼と周ることは確定してしまった。

 こんなこと言いたくは無いが、最低最悪だ。気分が悪い。

 けれど、街コン初参加で浮足立てていた恭介の相方が、こんな奴になる可能性を潰せたと思えばヒーロー同然だ。

 

 どうしてか、自信のようなものが漲っていた。

 今回の街コンはきっと上手くいく。

 カップル成立だって夢じゃない、そんな気がしている。



「はーい皆様―! 15分が経ちましたので、男性の方は時計周りに次の個室へとご移動をお願い致しますー!」


 くよくよするのはもう終わりなんだ。

 俺は、彼女をつくって前を向き続けられるようになりたいんだ。


 席移動のアナウンスは、5度目に差し掛かっていた。


(まあ、そう簡単に上手くいくわけが無いよね……)


 見た目や性格がタイプな女性は何人か居た。ただ、どうにも攻めきれずにいた。当然、交換できた連絡先は初めの御伽さん一人だけ。


「いやあ、さっきの女の子たち可愛かったですね。下古川さんはタイプの女性、なかなか見つからない感じですか?」


「ははは、まあそんな感じです」


 反して相方の田井中さんはと言うと、イイと思った相手全員から連絡先を貰う事に成功しているみたいだった。

というのも、険のある態度を見せるのはタイプでない異性が相手の時だけで、そうでない時は女性どころか俺にまで優しい態度を取って見せていたから。

 なんて現金な奴なんだと嫌悪感を覚える。

 しかし、この戦略は街コンにおいて賢い行動である事も事実だ。それは、街コンが初対面の人と多く話さなければならない場所、というところにある。参加者全員に平等に気を遣っていれば、相当に体力を使う。最後の最後でタイプな異性に巡り会った時には既に体力が底を尽いていて、何を話してるのか自分でもわからなくなってしまう、なんてのは珍しくない。

 かくゆう俺も、いつだってそのたちだった。

 おそらく、次のテーブルでガス欠を起してしまうだろうと確信しつつ、引き戸を引いた。


「初めまして、こんにちわ」


 会釈の後で、顔を上げた。


「こんにちわー」


「え……」


 2人の女性。うち一人が、口をぽかんと開けていた。

 初めて見る表情。そして、初めて見る装いだった。

 肩口ほどの長さの色素の薄い髪は、ヘアアイロンを当てたのか動きがついていた。

端正な顔立ちを彩る化粧は、普段よりも若干だけ濃ゆく、普段通りの方が似合っている……そう思わざるをえないが、フォーマルできちっとした服装にらしさを感じ、安心感を覚えた。


「ちょっと、何を立ち止まっているんですか」


「あ、すみません」


「っ……うわ、すっげえ美人だ」


 田井中さんが女性陣に聞こえないように感嘆している。

 当然の反応と言えるだろう。

 だって、天音絵美あまねえみ先輩は超絶美人なのだから……!


(じゃなくって! ………………待って待って待って、どうしてここに居るの⁉ 部長相手に失恋したショックから、とか⁉)


「はじめまして、天音絵美と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」


 席について尚、動揺が収まらないままでいると天音先輩は口火をきった。

「はじめまして」――と。

 目線を飛ばす。呆けたような顔ぶりではなく、会社に居る時と同じ、怜悧かつ穏やかな表情だ。


「は、はじめまして。下古川波瀬と言います」


 とりあえずは初対面のフリを通そう、そういうことみたいだ。


 

 素朴かつ小動物のような印象を持った安川やすかわさん、田井中さんと自己紹介が続いてから、あっという間に終わる。

 ……当然だった。思えば、俺と天音先輩は動揺のあまりに話題を広げるネタを自己紹介に織り交ぜていなかったからだ。

 後の二人は、何かしらのネタを仕込んでくれていたのかもしれないが、全然頭に入ってきていない。しっかりと聞きとめられたのは名前くらいだ。


「…………」


 気づいた。

 天音先輩も二人の自己紹介の間、ピクリとも動いていない。

 唇なんか目を凝らせば、わなわなと小刻みに震えているのがわかる。

 内心では酷く動揺しているままみたいだった。


「ちょっと」


 とんとんと、田井中さんに肘で小突かれる。


「っと、何か……?」


「何か、じゃないですよ。どうしちゃったんですか、ずっと黙り込んだままで。空気を呼んでくださいよ。下古川さんのせいで、天音さんだって緊張してる」


(お前がそれを言うのか……)


 反論を言いたいのは山々だが、落ち着かない様子の安川さんまでも視界に端に伺えた。

 皆、本気で出会いを求め、お金を払ってまでして参加している。それを壊してしまうことなぞ、あって良いはずがない……。

 ただ、会社の先輩が居る状況でいったい何を話したら……戸惑いから視線をさ迷わせていると、プロフィールカードを見つけた。


(これだ……!)


 すぐさま手に取り、女性陣に向けて差し出す。


「プロフィールカードの見せ合いしませんか?」


 天音先輩は光が差し込んできた、とばかりに柔らかい顔になった。

 それもそのはず、プロフィールカードは話題の宝庫だ。

 出会いの場に用意されるものなだけあって、記述できる内容は多くて、幅も広い。

 フル活用すれば、会話終了までの15分間なんてあっという間に過ぎるだろうし、どれだけ動揺する状況であろうと、プロフィールカードに書かれていることくらいは言葉にできる。突っ込まれたく無いような事を記載する人は居るはずも無いのだから。


「俺も、あなた達のこと知りたいです」


 露骨なアピールと共に、田井中さんもプロフィールカードを女性陣に向けた。

 ただ、安川さんだけは気まずげに、


「天音さん、プロフィールカードは……」


「はい? どうされましたか?」


「ええっと……いえ、やっぱりいいです……」


 少しだけ揉めているように見えた。気にしすぎか、程なくして安川さんと天音先輩のプロフィールカードが手元までやってくる。

 美人で憧れの先輩のプロフィールカード……なんだかイケない一面を覗くようでドキドキする。

 すごい、気になる……!


 質問1:好きな食べものは?

 ドーナツです。強いて言えば、エンゼルフレンチですかね。ふわふわ感がたまりません。

 質問2:休みの日にやっていること、趣味は?

 Youtubeで小動物の動画を見ています。最近ハマっているのは、シマリスです。

 質問3:恋人と一緒にやりたいことは?

 家でゆっくりお昼寝したり、それこそyoutubeを見たりと、静かに過ごしたいです。あと、一人で入るのが恥ずかしくて行けていないのですが、猫カフェに行きたいです。


 書類で見慣れた、パソコンで打ち込んだかのように几帳面な筆跡。記入された、普段からは伺い知れない一面から、凄まじいギャップ萌えを感じる。


(天音先輩って小動物が好きだったんだ……! 女の子っぽくて、なんだかイイ……! そういえば、犬とか猫に話しかける時に赤ちゃん言葉になっちゃう人よくいるけど、天音先輩も……)



『よーちよちよちー、可愛いでちゅねー。ぽんぽんが減ったのかなー? ご・は・ん。一緒にたべまちゅかー?』


(うっわ、なんだこれ堪らなく可愛いんだけど。見たい、見たすぎる……! いっつもクールなのに、そんな母性溢れさせちゃうとか犯罪だよ……!)


「下古川さん、これやばくないっすか?」


「わかります、最高ですよね」


「はぁ? 頭、おかしいんですか?」


「ええっ⁉ いえいえ!」


 もしかして、妄想が声に出ていたのかと危惧した。

 しかし、田井中さんは押し殺すような声のまま、一点を指を差していた。


 質問4:好きな異性のタイプは?

 長くなるので、フリースペースに続きます


 記入欄をはみ出して、矢印がプロフィールカードの下部へと向かっている。だいたいの人は、暇つぶしがてらにお絵かきに使う場所だ。

 だが、天音先輩のフリースペースは違った。


 フリースペース:自由に使ってくださいね!

 ・一週間に一回、お互いのスマホをチェックさせてくれる人。

 ・異性と2人きりで出かけない人。

 ・「おはよう」と「おやすみ」を必ず電話で言ってくれる人。

 ・LINEの返信を、平日なら6時間以内、休日なら10分以内に返してくれる人。

 ・一日の終わりに、今日の出来事をラインで纏めて送ってくれる人。

 ・通話時、カメラを点けてと言われて断らない人。

 ・嘘をつかない人。


 びっしりと、遠めから見れば黒く塗りつぶされているように見えるくらいに文字は敷き詰められていた。

 他の記入欄と同様に、等間隔かつ几帳面な字。

ただ、最後の『嘘をつかない人』という所だけは筆圧が異常に強かった。


(なんだ、これ……)


 引くよりも先に、会社で見ている天音先輩から大きくかけ離れた内容に疑問を感じた。

 俺の知っている天音先輩は、自身の願望を押し付ける人では決して無く、むしろ相手の目線で物事を考えてくれる優しい人だ。


「安川さん、田井中さんとご趣味が一緒ですよ」


「あ、ほんとだ……!」


「良かったですね、ご趣味が同じ人と一緒になりたいって言ってましたし」


「わわ、恥ずかしいので口には出さないでくださいっ」


 不意に、ぽんと肩が叩かれた。


「っ」


「確かに驚く内容ですが、のめり込みすぎでは? すごい眼をしています、空気が悪くなるのでやめてください。それと、俺は天音さんからは降ります。安川さんを狙いますから」


「…………」


「ちっ、これだから陰キャは……」


 はっきりと侮蔑は耳に入っていた。ただ今はそんなことはどうでも良い。

 いつの間にか強く握ってしまっていた天音先輩のプロフィールカードから力を緩める。

 

 天音先輩が、これをどういう意図で書いたのかはわからない。

 何かしらの理由があって、わざと男性から引かれるような内容にしたセン。

 もしくは、本気でこういった相手を望んでいて、書いた上で言い寄ってくれる男性でないと、とても信じることはできない、という意思表示のセン。

 

 ……どちらにせよ、ここまで我の強い内容をフリースペースに記入していれば、真っ当な相手を見つけるのは難しいだろう。これを利用し、体目的で天音先輩に言い寄る相手だって出てきかねない。


 ……それで? だからなんだというのか。


 俺は異動してきてからの一年間、ろくにコミュニケーションを取ることができず、社会人としてあるまじき醜態を晒した。いくら、天音先輩が面倒見の良い先輩とはいえ、そんな奴がやっかみを付けたとて鵜呑みはしないはずだ。それどころか、下手に手を出した結果に天音先輩が余計に拗らして事態が悪化する方が最悪だ。

 考えすぎ、なのだ。

 俺はヒーローじゃないし、世の中だって悪人ばかりが跋扈しているわけでは無いはずだ。

 きっと、誰かが何とかしてくれる。

 天音先輩に釣り合う、イケメンの男が颯爽と現れて、「そんな君が好きなんだ」と甘い言葉を囁いて、心の壁を取り払うはずだ。



――本当に、自分が嫌になる。



 その後、波長があったらしい田井中さんと安川さんは会話に華を咲かせ始める。

大いに場は盛り上がった。

 そうして、6度目となる席移動のアナウンスがなされた。

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