第三話 連絡先を交換しませんか? 「LINEやってなくて……」は脈無し確定。
この世の終わりみたいな仇名を付けられてしまうアクシデントはあったものの、緊張が解れたのは本当に良かった。これから何人もの見ず知らずな人達と話すのだ。後輩の手前、取り繕ってはいたものの、内心は緊張でドキドキだった。
後ろ手に引き戸を締めながら入った個室は4人掛け。なんだか険のありそうな丸眼鏡の男と、耳にトンネルタイプのピアスを開け、指には大量のリング……髪色や服装まで言うまでもなく派手なギャルが対面になって座っていた。
両者とも、俺の入室と同時に小さく安堵しているのがわかる。
うん、この2人が仲良く話をする未来がまるで見えないね!
……ともあれ、第一印象は大事だ。変な印象を持たれ、他の参加者に言いふらされたらたまったものでは無い。
軽い挨拶をしてから、
「ほんとに春なのか疑うくらい暑いですね」
行きの電車から温めておいたセリフでジャブを放つ。
「そうですか?」
「いや、まじそれですよねー。わかりますわー」
適当な笑顔を返しつつ、丸眼鏡を掛けた男の横に座る。
机上には一人一枚ずつ用意されるプロフィールシートが置かれていた。名前や出身地を初めとして、好きな異性のタイプや初デートで行きたい場所といった突っ込んだ質問までも記入できるようになっている。
これさえあれば初対面で話題に困ることは無い、魔法のアイテムだ。ぶっちゃけ、これが無い街コンには参加したくないまである。
プロフィールシートを書いているという免罪符を盾にし、生返事で会話をしていると引き戸が開いた。
「良かったあ、ギリギリセーフだ~」
ふわふわと間延びする可愛いらしい声。魅力的な音色になるたけ自然に目線を移した。
「えへへ~、こんにちわあ」
シミだらけの肌、繋がりそうな眉毛、厚化粧、ぼさぼさのツインテール……極めつけは、ふりっふりなロリータファッション。
参加規程にある20歳から25歳の年齢制限を明らかに逸脱している痛いおばさんの姿がそこにはあった。
「嘘だろ……」
事実だぞ、丸眼鏡。
「え、きつすぎウケる」
ギャルさん。ウケないから、全然笑えないから。あと、文句をつけるにしてもボリュームを落としてくれ。万が一にでも聞こえたら、これから地獄だぞ。
「あ~っ、そこのお兄さん凄くタイプかも~! えい、ロックオンだぞっ」
どうしてウインクが飛んできたの……? あそっか、もう地獄に居たんだね……。
「あはは……はあ……」
どうしよう、帰りたい。
「それではお時間になりましたのでご挨拶から。初めに、今回の街コンにご参加頂きまして誠にありがとうございます! 皆さまが有意義な時間をお過ごしになれるよう、精一杯サポートさせて頂きますので、どうぞお気軽にお声がけください!」
マイクを通しているため、引き戸越しでも受付のお姉さんの声ははっきりと聞こえた。
「それでは本街コンの流れからご説明させて頂きますね。まずお席につきまして、私が15分置きにお話終了のアナウンスを致しましたら、男性の方は時計回りに次の個室へとご移動くださいますよう、ご協力をよろしくお願いします! また、全ての参加者様とお話ができるようになっておりますので、どうぞご安心くださいね」
サイトにはトータル2時間とあった。つまり7回から8回、好みの異性と巡り合うチャンスがあるということだ。
「次に、お手元のプロフィールカードの裏面をご覧ください。下部に告白カードをご用意しております。もっとお話がしたい、一緒に食事に行きたい、そんな気になる異性がいらっしゃいましたら、ご自身の番号とお相手の方の番号をご記入くださいね。最後に回収させて頂きまして、お気持ちの通じていらっしゃる方がおりましたら、番号にてカップル成立の発表をさせて頂きます。ちなみに、第一希望から第五希望までご記入頂けるようになっておりますので、どうぞお気軽にご記入ください!」
ふむふむ、なんて頷きながらロリータファッションのおばさんが『5番』とプロフィールカードの端の方にメモっているのが見えてしまう。もちろん、俺の番号……。
というかつくづく、25歳以下に見えない。きっと、妹か誰かの身分証明書を拝借してきたのだろう。保険証なら、顔写真ついてないもんね……。
「ご説明は以上になります! ではでは、パーティスタートの合図は拍手で迎えましょう! どうか皆様に素敵な出会いがありますように! スタートです!」
何はともあれ、店内を包みこむ拍手音には頑張るぞと気持ちが昂らせられる。
「お兄さんのこと、たあくさん知りたいです~」
「あ、友達からライン来てるし」
「うっわ……俺じゃなくて良かった」
……もちろん、頑張るのは次のテーブルからだけどね?
「ええっと、とりあえず自己紹介から始めませんか?」
この面子なら仕方が無いなと、俺は柄にもなく仕切り役を買ってでる。
――こうして。
一年ぶりの参加となった街コンは、胃の痛くなるような幕開けを迎えたのだった。
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