第二話 受付のお姉さんにアタックする奴はだいたいガチ。

 最寄り駅からJRで天王寺まで向かい、地下鉄御堂筋線に乗り換える。街コンの会場がある梅田までは、おおよそ30分程度で到着した。

 時刻は、頭上ぴったりに太陽が昇っている頃。春とはいえ、地球温暖化の影響だろうか気温は高い。薄着では無いため、意識するだけで汗が出てしまいそうだ。

 会場となる大衆居酒屋は、駅から徒歩3分の場所にある。ただ、向かう前に未だ――


「おっ、いたいた! お久しぶりっす先輩ー!」


 懸念事項は直ぐに立ち消える。

 大手を振ってこちらに寄ってくるのは以前の部署で面倒を見ていた後輩、秋雨恭介あきさめきょうすけだ。アウトドア派です! と自己主張の激しい小麦色の肌と、トゲトゲ頭が特徴。


「会うのも久しぶりっすね、1年くらい経ちましたか? 送別会の日が最後でしたし」


「ごめんな。急に誘っちまったのと、何度か呑み会を断っちまったの」


「ぜんぜん良いっすよ! 現場職からお堅い事務職に上がったんすから都合が合わないのはしょうがないんで!」


「恭介、事務職に上がった、なんて言い方やめろよな。現場職と事務職に上も下も無いの、給料だって社歴ベースだし」


「久しぶりに生で聞くと効きますね~。波瀬さんのそういう所、俺大好きっすわ」


「何なの、俺は男には興味ないからな」


「うっす!」


 御覧の通り、懐かれている。本人曰く、地元が同じ九州なために親近感を覚えているらしい。物言いが直球気味なので、時たま「離れてくれ恥ずかしいから」という気持ちで一杯にさせられがちだ。


「次に街コン行く時は連れてってくださいってお願い、覚えててくれてたんすね!」


「そりゃだって約束してただろ」


「く~! どうして異動しちゃったんすか!」


「意味わからん反応すなっての。どの部署も、高齢化が進んでて若手の異動が激しいせいだろ。お前も明日は我が身だぞ」


「うひ~! でも、波瀬さんと同じ部署だったら歓迎っすかね!」


 1つ年下ってだけなのに、あんまりにも笑顔が眩しくてぎょっとする。


「……お前なら、上手くやれるかもな」


「ん、何か言ったっすか?」


「いや別に。気にしないでくれ」


「うっす! それじゃあ行きましょうか!」


「ちょっと待って」


 意気揚々と歩みを進めようとする恭介の首根っこを掴む。


「ぐぇ、なんすか?」


「未だ、少しだけ早いんだよ」


「受付開始時間はもう始まってるっすよ? 早めに行って、席の女の子とできるだけ仲良くなっておきたいっす!」


 最もな反論。

 恭介は今回の街コンが初参加だ。勝手がわからないからというのもあって、街コンに行く時に声を掛けて欲しいと頼まれていた。なればこそ、今後こいつが一人で行くことを考えて色々とアドバイスをしておくべきだろう。


「メリットはある。だけど、デメリットの方が大きいんだよ。そうだな……例えば、見ず知らずの人に街コンに行くって堂々と言えるか?」


「えっ? いやまあ、それは恥ずかしいというか……」


 視線を泳がせる恭介。


「うんうん、そうだよな。女友達が一人も居なくて、女友達が居る男友達すら居なくて、もはや友達自体が居なかったりで……他人に紹介をお願いする考えすら頭に浮かばないのかな? なんて思われるんじゃないかと想像すると、恥ずかしくて街コンに行くだなんて言えないよな」


「そこまでは言ってないっすよ! 流石に卑屈が過ぎますって!」


「まあ、半分は冗談だ」


「半分なんすね……」


「だいたいが職場に異性が居ないだとか、今ある環境を崩したくないとか、そもそも恋愛する場だぞ! って免罪符が無いとガツガツ行けない陰キャラの集まりなのはよく理解してる」


「もう突っ込まないっすからね……!」


 とまあ、冗談はさておき。


「結論、受付のお姉さんと気まずくなるぞという話だよ。他に参加者が来ていたとしても未だ少ないだろうから、良く声も通って恥ずかしさで中々声が出せないんだよ」


「なるほど……というか、初めからそう言ってくださいっす!」


「感情移入しやすいようにと思ってな」


「いやいや、こんなん一言で済むっすよ⁉」


 やっぱり陽キャラは言うことが違うなと思う。ほんと、陰気な性格の俺が好かれている理由が謎だ。



 ややあって、街コン開始15分前に俺と恭介は会場入りする。


「それでは電子チケットと身分証明書の提示をお願いしまーす」


 どうして街コンの受付してるお姉さんって美人ばっかりなのだろう。


「はいっ。確かに確認が取れましたー! 下古川波瀬様と秋雨恭介様ですね! どうぞ中へ!」


 ぱぁっとした笑顔を振りまきつつ先導してくれるお姉さんに続く。


「おおー、昼間の居酒屋って新鮮っす!」


「わかる。居酒屋なのに静かって凄い違和感よな」


「もしかして初参加の方ですかー?」


「うっす! 俺は初参加っす! 先輩に連れてきてもらった感じっす!」


「そうなんですねー! 頼りがいのある先輩、良いですね!」


 先輩呼び……! お姉さんって感じなのに、年下属性まで兼ね備えているのか……! 

 素敵なお姉さんが街コンに参加せず、受付をしてしまっている謎について、世界全体で今一度考えるべきじゃなかろうか?

 そう夢妄想が膨らみはするが、現実は既に彼氏持ちというパターンばかりなのは、数々の同志が玉砕しているのを見て散々に学ばされた。馬鹿な真似をする気は毛頭無い。

 ただ、街コンの運営会社は採用面接の時に顔も評価に入れているんじゃなかろうかという疑念が尽きることは無いだろう。


「それでは、秋雨様は4番の番号札を。下古川様は5番の番号札を胸元の見えやすい位置にお付けくださいね。個室については2番と3番になりますので、どうぞよろしくお願い致します!」


 俺と恭介は揃って会釈をしつつ、指示に従う。入室前、「がんばれよ」と恭介に声を掛けると「うっす!」と粋の良い返事が返ってきて、俺もなんとなく気合が入った。

 そんなやり取りは、去り際の受付のお姉さんに見られてしまっていたらしく「ナイスフォロー! 街コン先輩!」とグッドポーズが飛んでくる。

 街コン先輩……滅茶苦茶に不名誉な呼び方しないで!


「……街コン先輩!」


 恭介、目をキラキラさせるのやめて……! お願いだから!

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