第9話 夢

 目を開けた時、ここがどこなのかわからなかった。さっきまでいた場所とは違ったためだ。加えて、身体からだの感覚もはっきりしない。


「夢か……」


 少しして、そう結論づけた。


 でも、夢にしては変だ。


 今まで生きてきた中で、ここまで夢があっただろうか。


「やっと起きたかの」


 突然、後ろから声がかかった。空太そらたは声のした方向を向く。


 そこにはひとりの男がいた。白いひげを生やしていて、かなり歳を取っているように見える。


 当然だが、会ったこともない老人だ。


「誰ですか?」


 率直に尋ねる空太。本当にここが夢なのだとしたら、この老人は神様とかだろうか。


わしが何者かは気にせんでええ」


 老人はそう答えた。


「いや、でも気になりますよ」


 空太が生意気にそう返すと、老人は困り顔を作った。


「はぁ……。最近の若いのは面倒な思考回路をしてるのぉ」


「本人の前で普通それいいますか?」


「……まあ、そんなことはええ。儂が何者かは、そのうちわかるじゃろ」


 さて、と老人は続ける。


「時間もないし、とっとと本題に入るの」


 老人は強制的に話を切り替える。


「おぬし……今、行動を共にしとる女の子がおるじゃろ?」


 ひなたのことだ。しかし、なんでそのことをこの老人は知っているのだろうか。


「そうですけど……それがなにか?」


 警戒けいかいの色をにじませながら、空太は尋ねる。


「あの子……すごい別嬪べっぴんさんじゃろ?」


「は……?」


 ひょっとしてコイツただのエロジジイか? と思った。いったい、なにが目的なのだろうか。


「否定はしませんけど」


 空太は最低限の返しだけをする。老人が笑みをこぼした。


「ならええ、ならええ。……それでの、今のお主の状況を儂はだいたい知っとるが、その上で尋ねてもいいかの?」


 なんで知っているのかは、この際置いておくことにする。


「なんですか?」


 それから老人は一拍置いて、いった。


「──あの子を……恨んではおらんか?」


 老人は真剣な顔つきだった。


「……どうして、そう思うんです?」


「だって、お主はあの子と会ったがために……死にかけて、死ぬほどの恐怖を味わって、それで今は世界さえ移動してしもうた。すべて、あの子に会わなければ、起こり得なかったことじゃ」


 老人の言葉には重みがあった。


「そういうことですか……」


 それならば、さっきの老人の質問に対する答えは決まり切っている。


「なら、さっきの質問の答えですが」


「うん?」


 老人の目を見据える。


「──俺はひなたのことを微塵みじんも恨んではいません」


 それに、と空太はつけ加える。


「なんなら──ひなたに出会ったことを後悔もしていませんよ」


 キッパリ、といい切る。


 老人は「ならええ」とまた笑みをこぼした。優しそうな顔だった。


 今更いまさらだが、「俺、結構恥ずかしいこといってたな⁉︎」と思った。これが(たぶん)夢でよかった。


「じゃあ、それがわかったところで最後にひとつええかの?」


「どうぞ」


 次から次に、と思ったが、拒否することでもなかったので、空太は続きをうながした。


「──あの子を助けてやっとくれ」


 老人は頭を下げた。


 空太は言葉の意味がよくわからなかった。


「……? 助けてもらっているのは俺の方ですよ?」


「たしかに、それは間違いないことじゃ。けど、それがあの子に助けがいらない理由にはならないよ」


 それはその通りだ。


「でも実際、ひなたは俺の助けなんて──」


「必要じゃ」


 老人が言葉をさえぎった。


「あの子はお主に会う前、孤独だったはずなんじゃ」


「孤独?」


「そうじゃ。だからの、きっとあの子はお主に会えて、会話できて、一緒に食事ができて──嬉しかったはずじゃ。それこそ、お主の想像の何倍も、じゃよ」


 空太も昔に経験している。孤独の辛さを。


 だから知っている。誰かとなにかをする喜びを。


「けど──あの子のシナリオじゃ、その楽しい時間も近いうちに終わる」


 少し考えて、すぐに老人の言葉の意味がわかった。


「俺が人間界に帰ったら、ってことですか?」


「そうじゃ。そうしたらたぶん、あの子は今まで通り、孤独なままじゃよ」


「……ッ……」


 ギリ、と奥歯を噛み締める空太。


 でも、いったいどうしろというのか。


「だから──お主の力で、あの子を救ってやっとくれ。お主にしか頼めない……そして、お主にしかできないことなのじゃ」


 そこで意識が途絶とだえた。

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