第8話 虚空の真実

 しばらくが経って、空太そらたとひなたは野営やえいをすると決めていた場所に着いていた。


 平坦へいたんな地面に、ちょうどよく座れそうな丸太が三本転がっていた。野営をするには持って来いの場所だ。


 今はひなたがにわとりもどき(『リシャスどり』というらしい)を「なんとかしてくる」とだけ行って、向こうの方に行ってしまった。


 なので、今は空太はひとりで火起こしにいどんでいた。あの鶏もどきが食料である以上、火を通して食べるべきなのはわかる。これでも、多少は料理に詳しい空太だ。


 ひなたの負担を減らすために、なんとしてでも火はつけておきたい……おきたかった。が、


「はぁ、はぁ……」


 そう現実はあまくなかった。


「火って、木同士をこすればつくんじゃないのか……?」


 なんでか、火がつかない。自分のやり方が下手なのだろうか。それともやり方が違うのだろうか。


「昔、テレビでこうやってた気がするんだけどなぁ……」


 人生はそう簡単にできていないらしい。


「もう少しやってみるか……」


 空太は再びやる気を出して、作業を再開した。


 しばらくしても結局、火は起こせず、ひなたが戻って来た。


 その手にリシャス鳥はいなかった。代わりにひなたは木のボウルのようなものを持っていて、たぶん、その中にリシャス鳥の肉が入っているのだろう。


「ありゃ? 空太、なにしてるの?」


「火起こしだよ」


「火起こし? あー……火起こしね」


 ひなたはどこか歯切れが悪そうだ。


「どうかしたのか?」


「いや、その……悪いんだけどね」


 ひなたはさっきまで空太が火起こしをしていた木の上になにかを置いた。なんかの植物のようだ。


 ひなたはさらにその周りに、乾いた枝を集める。


 そして、最後に謎の植物を棒でつついた。


 すると──


「え……? なにが起きた?」


 火がついていた。


「えーとだね……今のはチャッカそうって植物なんだけど、刺激を加えると簡単に火がつくんだ」


「そんなんあったのかよ!」


「あ、あはは……なんか、ごめんね」


「謝って済むこと……だな。俺が勝手に火を起こそうとしただけだし。ひなたはなにも悪くない。なのに謝った……いや、謝らせた? ならむしろ、俺の方が謝るべきなのか……? いや、でも──」


「ちょっと! 終わりでいいんだよ。ズルズル考えなくていいんだよ」


 言葉をさえぎったひなたは、空太に優しく言い聞かす。


「んー……それもそうだな」


 どっちが悪い? なんてのは、決めるべきではないのだ。


 それにしても『チャッカ草』か。霊神れいしん界にはすごい植物があったものだ。中々に面白い。


 ひなたが丸太の上に腰を預けたので、空太も反対側の丸太に腰を預けた。


 座ってから、ひなたの方にふと目を向けると、肉に棒を刺していた。


「あ、俺もやるよ」


「そう? じゃあ半分くらいお願い」


「わかった」


 空太は立ち上がって、ひなたの隣に座り込む。それから、棒とボウルに手を伸ばした。


「にしても……やっと一息つけるな」


「そうだね。大変だったでしょ?」


「大変も大変だよ。霊神界」


「ほんと……こんなところに連れて来て申し訳ない」


「いや、別に怒っているわけじゃないから」


「そういってもらえると嬉しい限りだよ」


 というか、空太が霊神界に来たことは、本当にこの少女のせいではないのだ。


 それにもう来てしまった以上、そのことについてあれこれいうのは別にしなくていいだろう。


「そういえば」


「ん?」


「さっきまで忙しすぎて、聞くタイミングがなかったんだが」


「なにを?」


 ふたりして目線は肉に向けたまま、話が進む。


 空太は作業を一度とめた。


「──人間界に戻る方法を」


 ひなたも手を休めた。


「人間界に戻る方法、か」


「あ、あるんだろ?」


「どうかな? でも、たぶんあると思うよ」


「本当か⁉︎」


「うん。こっちに来た時と同じ方法で……おそらくは」


「あのひなたが転移てんいしたやつか……」


「そう。転移の直前に、わたしを光がつつみ込むから、空太はその時にわたしに触れていればいい。確実とはいえないけど、たぶんこれで戻れるよ」


「なるほどな……ん? ってことは待てよ。もしかして、また俺は空から落ちるのか⁉︎」


「…………」


 ひなたは急に黙りこくった。


「なにかいってくれぇ! 逆に怖い!」


「……落ちるだろうね」


 またあれを味わうのか、と空太は身を震わせた。


「ごめん聞いた方が普通に恐怖感じたわ!」


「やっぱりきみは忙しいな」


「返す言葉もございません」


 というか待てよ、と思った。


 転移の時には空から落ちる。それはわかった。


 では──ひなたと初めて会ったのはいつだっただろうか。


 Dアラートが鳴った時……虚空こくうが空に浮かび出た時だ。


 そう。──のだ。


 つまり、


「──霊神が別世界に行く時に虚空が出る、ってことか……⁉︎」


 あり得ない話ではなかった。


「虚空? なんだい? それは」


 ひなたが頭に疑問符を浮かべる。


「えーと……知らない……のも無理ないか。Dアラートのこともひなたは知らなかったもんな」


「そういえば結局まだ教えてもらってなかったね、Dアラート」


 まあ、Dアラートについては虚空について説明すればすぐにわかることだ。


「えーと……なんていえばいいかな。君が人間界……霊神界でもいいか、とにかく転移する時に空の一部だけ、なんかこう……いびつな空間が広がっていることってない?」


「ん、あるよ。たしかに」


 ひなたは即答した。要するにひなたは空太たちが虚空と呼ぶ存在は知っているが、虚空という言葉自体は知らないということなのだ。


「じゃあ、それだわ!」


 説明の手間がはぶけた。同時に、さっきの空太の仮説が確信に一歩近づく。


「あの空間を俺たちは虚空って呼んでいるんだ」


「へぇ、なるほどねぇ」


「んで、Dアラートだけど、それはその虚空が現れた時に警報けいほうを出して、俺たちに危険を知らせてくれるんだ」


 だいたいこんなところだろう。


「そういうこと……」


 ひなたも納得がいった様子だ。


「で、だ。それがわかったところで、俺からひとついいか?」


「なにかな?」


「次、転移するのはいつなんだ?」


 重要なのはそこなのだ。


 おそらく、この転移だが、ひなたの意志で起こしているわけではない。さっきの人間界から霊神界に転移する直前のひなたの様子を思い出してみても、そうなのだろう。


「……わからない」


 これがひなたの答えだった。


「そうなのか?」


「うん。別に転移はわたしの意志で起こしているわけじゃないから」


「やっぱりか」


「気づいていたの?」


「気づいていたっていうより、そうなんじゃないかって思ったんだ」


「おお、すごいすごい」


「なんか褒められているのか、よくわかんねぇ……」


 そのタイミングでちょうど、すべての肉を棒に刺し終えた。ひなたもほとんど同時に終わったようだ。


「さて、とりあえず肉焼くぞ?」


「ああ、そうだね」


 チャッカ草でつけた火は、それなりの大きさになっていた。その中で空太は肉に火を通す。まるで、直火じかびで焼き鳥を作っているかのようだ。


「まあ、それでだ。転移はすぐに、とはいかないんだよな?」


 これはただの確認だ。実際、虚空と霊神の関連が見えたことでそれは聞くまでもないからだ。


 というのも、Dアラートはそんなに頻繁ひんぱんに鳴りはしない。それはつまり、霊神の転移は頻繁に起こらないことを暗示している。


「結構、時間が空くと思うよ」


「はぁ……。だよな……」


 でも一応、自らの意志で人間界に行ける方法も探しておこう。見つかるかはわからないが、やらないよりはいい。


「そういえば、転移はひなたの意志じゃないっていってたけど、じゃあ転移はなんで起こるんだ?」


 ふとそれが気になって、空太は尋ねた。


「残念ながら、わたしにもわからないよ。三十年くらい前に、急に起こり始めたんだ」


 そういえば、虚空が初めて観測かんそくされたのは三十年くらい前だったか。


「三十年くらい前か……ん? ってことは待てよ」


「? どうかした?」


「あ、ああ。なんか聞いていいのかわからないけど」


「? いっていいよ」


 ひなたがそういったので、空太は躊躇ためらいながらも思い切って、質問してみた。


「……ひなたって何歳なんだ?」


 ひなたの頬が少し朱色に染まる。


「! き、きみねぇ! 女性に歳を聞くのは失礼だと思うよ!」


 もはや、お決まりのセリフだ。


「ご、ごめん! で、でも……ひなたがいっていいって……」


「いってない!」


「いや、いっただろ⁉︎」


 自分の記憶は間違っていないはずだ。


「えーと……まあでも、たしかに今回は俺に非があるかも、な」


 空太は素直にそう口にする。


「……ちゃんと反省しているところはえらいよ」


「許してくれるのか? こんな俺を?」


「許すもなにも……最初から怒っていないけどね」


 そうだったのか、と納得する。


「や、優しいな……。さすが、っていったところか……」


 いってから思った。しまった! と。


 チラリとひなたの方を見ると、肉を落としていた。……「ああ、もったいない」といえる空太ではなかった。


 ひなたがバッと立ち上がる。


「き・み・は! 全っ然! 反省していないんだなぁ!」


 ひなたの頬を見ると、さっきよりもさらに赤く染まっていた。


「ご、ごめんッ! 悪気はまったくないんだ!」


 両手を合わせて、謝る空太。手には焼き鳥を持っていたため、いい匂いが鼻をくすぐった。たぶん、火が中まで通った頃だろう。


「あ、あの……ひなたさん。これで勘弁してもらえませんか?」


「あのね──」


 ぐぅううう、と音が聞こえた。


 チラリ、とひなたに視線を送る空太。


「ひなたさん。これで勘弁してもらえませんか?」


 いうと同時、空太の手から焼き鳥が消えた。


 どうやら、ひなたが取ったようだ。それをひなたは空太に背を向けて食べていた。


 待つこと、十数秒。ひなたが振り向いた。


「わたしは霊神の中じゃ、若い方だから」


「な、なるほど」


「だから歳は実質、きみと同じくらいだから」


「りょ、了解しました」


「なら、よし……。さて、調理の続きといこうか」


「あ、僕やりますよ! やらせてください! お願いします! お願いします!」


「な、なんか必死だね……。でも、ふたりでやった方が効率がいいから。気持ちはありがたいけど」


 そういわれてはどうしようもない。


「なんか、色々ごめんなさい」


 こうして結局、空太とひなたは一緒に調理に取りかかった。


 調理が終わると、ゆっくり食事を済ませた。


 それからひなたが「なにか話して」というものだから、いくつか話を聞かせた。


 今日は疲れたせいか、わりとすぐに睡魔が襲ってきたため、そのうちに空太は横になった。地面がかたすぎるので、明日は身体が痛くなっていそうだ。


 この生活はしばらく続くだろうから、明日は可能な限り色々作ろう。そう考えて、空太は夢の世界に向かった。

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