第7話 異世界での生活

 日がかたむき、辺りが薄暗くなってきた。どうやら、霊神れいしん界にも朝や夜はあるみたいだ。


 今まで空太そらたはひなたと霊神界について話していた。


 ひなたは「人間が霊神界でひとりだと死ぬ」といっていたが、なぜなのか。


 それは──単純に危険が多いのだ。


 どうやら霊神界には『霊神獣れいしんじゅう』と呼ばれる生き物がいるらしく、襲われたなら人間が勝つのは難しいとのことだ。


 他にも話の通じない霊神に喧嘩を売ってしまっただとか、霊神界という環境にされるがままになったりだとか。そういう事例が起これば、空太ではどうしようもない。


 これがひなたの見解だ。


 これはひとりで動こうとした時、ひなたにとめてもらって正解だったと思う。でなければ、もしかしたらすでに空太はこの世にいなかったかもしれない。この世、というのは語弊ごへいがあるかもだが。


 まあ、そんなこんなで色々とあって、現在空太たちは食料と寝床の確保をしていた。


「どう? 空太」


 辺りを見渡しながら、ゆっくり歩いていると、前方を歩くひなたに声をかけられた。どう? というのは、たぶん「いい場所はあったか?」ということだろう。


「いや、全然だ……っていうか、ここに来たのは今日が初めてなんだから、どこがいいとかわからんのだが」


「あ……」


 口に手を当てるひなた。


「気づいてなかったのかよ……」


「い、いやほら、その……気づいてなかったとかじゃなくてだよ……た、単純にふたりで探した方が効率がいいじゃん……うん」


 ひなたはあまり自信がなさそうだ。


「絶対今考えただろ……」


「まあまあ」


 落ち着きなよ、とひなたが手で示す。


「え……? なんで俺がなだめられているみたいになってんの……?」


 まあ、別にいいか。


 それから少し歩いたところで、ひなたが足をとめた。


「ねぇ空太、あそことかよさそうじゃない?」


 ひなたが場所を指で示したので、そちらに視線をやる。


「うん……いいんじゃないか? 俺はサバイバル経験ないからわからないけど」


 頼りない、とひなたには思われるかもだが、後半にそう空太はつけ足した。


 でも、実際よさそうな場所なのだ。近くには木の実らしいものがあるし、近くに水もある。これは同時に食料問題も解決したといえるだろう。


「じゃあ、空太は先に向こう行ってて」


 ひなたが空太にそううながす。


「ん? ひなたは行かないのか?」


「あとで行くよ。わたしは今からふたり分の食料を集めてくるから」


 なるほどそういうことか。


「だったら俺も行くよ」


「空太も? 別に来なくて大丈夫だよ。ふたり分の食料なんてすぐに集まるし」


 それは本当のことなのだろう。それに実際空太がいても役に立たないというのが事実だろう。


「それでも、手伝わせてくれないか?」


 ひなたの目を見据える。


「……わかった。それは別に構わないよ。でも、なんで?」


「それは……」


 あまり続きはいいたくない。


「それは?」


 ひなたが続きを促す。仕方ない。覚悟を決める時だ。


「……君にまかせっきりなのも悪いだろ」


 いってしまった。


「……え? それだけ?」


「お、おう」


「別にわたしは気にしないけど」


 そういうことではないのだ。


「ほら、俺って君に頼ってばかりだろ? だからできることがあれば、してあげたいなって。食料集めに限らずさ」


 まあ、食料集めに関していえば、役立たずになるかもだが。


「うん……わかった。そういうことなら、一緒に行こうか」


「おお、わかってくれたか!」


「わかったけど……なんか大袈裟おおげさだなぁ」


 こうして、空太たちの食料集めが始まった。






 想像していた以上に、食料集めは大変だった。


「空太! そっち!」


「まかせろ!」


 ひなたの声に即座に反応して、空太が獲物えものにわとりみたいな奴)に飛びかかる。


「KOOOOOO──ッ‼︎」


 だが、相手も負けていない。飛びかかった空太をバックステップでかわし、


「ぐほぉ⁉︎」


 頭に一撃を入れてきた。普通に痛い。


「チャンス!」


 でも、そのおかげもあってか、ひなたが最後に獲物を捉えてくれた。


「KYOOOOOO──ッ⁉︎」


 ジタバタと獲物が暴れたが、すぐにひなたがおとなしくさせた。


「て、手慣れているな……」


「そうかな? まあ、そうかもね」


 これまた、たくましいことで。


「それより、怪我は大丈夫?」


「怪我? ああ、さっきの頭にもらったやつか。問題ないよ」


「そう。……なら、あとは木の実でもいくつか取っていけばいいね」


「そうだな」


 空太は辺りを見回す。この辺で木の実の取れそうなところは……わりと近くにあるみたいだ。


「よし……じゃあ完全に真っ暗になる前に済ませよう」


「うん」


 空太たちは急ぎ足で、木の実の採集に向かう。


「あ、そうだ……たまに凶暴な木の実がいるから気をつけてね」


 道中、ひなたに警告をもらった。


「へ……? 凶暴……? それ木の実に使う言葉じゃないだろ……」


 でも、気をつけておこう。なんといっても、ここは霊神界だから。


 それから、すぐに目的地に着いた。


 空太よりも少し高い木がいくつもあって、その木が実をつけている。それと、これは余談だが、遠くにはクソがつくほど大きな木が見えた。いったい、なにがあったら木があそこまで大きくなるのだろうか。


 そんなことを思いながら、ひなたに視線をやる。


「ここら辺の木の実はどれも食べれるのか?」


「ん? そりゃもちろん。ちなみにわたしのオススメは、あの星形のピンクの木の実。取るのは大変だけどね」


 ひなたが指で示した方向に目を向けると、ピンクの木の実がなっているのが見えた。


「そうなのか。……俺にまかせてもらってもいいか?」


 少しは役に立っておきたい。それにひなたは手に鶏もどきを持っている。空太が行くのは妥当だとうといえた。


「うん、いいよ。くれぐれも無理はしないように」


「おう」


 空太は目的の木の実のなっている木に向かって、早速のぼり始めた。


 木のぼりは小さい頃にやっていたきりだったが、今でも普通にできた。


 この分なら、すぐに木の実は取れそうだ。


「よっこら、しょ! っと」


 ピンクの木の実と同じ高さまで来た。あとは取るだけだ。


 空太は木の枝分かれした部分から、少しずつ進み、手を伸ばした。──が、


「うお……⁉︎ う、動いた……⁉︎」


 木の実は取れなかった。空太の手が伸びる前に、木の実が自我を持っているかのように、遠くに動いたのだ。


「え……? 木の実って動くの……? 聞いてねぇよ!」


 ひょっとしたら、これって実はすごい大変な作業なのだろうか。


 近くにあった別の星形の木の実に手を伸ばす。


「ああ! 待ってくれぇ!」


 結果は同じだった。いや、この木の実だが、普通に素早いのだ。


「空太ー、大丈夫ー?」


 下からひなたの声がした。


「大丈夫じゃないかも」


「ありゃま……。手伝おうか?」


「いや、もう少し待ってくれ」


「はいよ。頑張れー」


 これはなんとしてでも期待に応えなければならない。


「せい!」


 早速、手を伸ばす。結果は空太の負け。


「ほいよ!」


 また負け。


「せいやぁ!」


 またまた負け。それから一度深呼吸をして、


「うぉおおおおお──ッ‼︎」


 さらに負けた。


「完全敗北⁉︎ 木の実に⁉︎ ……木の実に⁉︎」


 でも──負けから学べることもある。そのことを木の実は知らない。


「お前たち……俺が今までただ闇雲やみくもに手を伸ばしていただけだと思うか?」


 もはや、木の実を生き物として認識するようになった空太。


「お前たちの行動は完全に読めた。次で……決める!」


 一度深呼吸をする。


「うぉおおおおお──ッ‼︎」


 空太は手を伸ばす……が、狙っているのは木の実そのものではない。その近くの葉っぱだ。


 この木の実だが、どうやって空太の存在に気づいているのかがわからなかった。しかし──ようやくわかった。わかってしまえば、単純だった。


 どうやら、空太の起こした振動に反応しているみたいなのだ。そして、その振動から逃げるように……つまり、振動が起きた反対側に木の実は逃げる。


 ──それを逆に利用する。


 案の定、木の実は振動の逆に動いた。


「チェックだ」


 その木の実が逃げる先には別の木の実が逃げてきている。別の個体が逃げるように空太が足で同時に振動を与えておいたのだ。


 振動の向きが両方同じなら、見事に逃げられていただろう。


 だが──ふたつは衝突をして、動きをとめた。


 その一瞬が命取りになる。


「チェックメイト」


 空太はふたつの木の実にまとめて飛びかかった。


 そして──プチっと両方を取ることに成功した。


「と、取れたぞ!」


 歓喜の声を空太は上げた。が、すぐに異変に気づく。


「やべ、俺飛び出したから……」


 身体を支えるものがなにもないのだ。


「いやぁあああああ──ッ‼︎」


 結局、空太は木から落ちた。


 ダン! と音を立てて空太が地面とぶつかる。かなり痛いが、当たりどころがよかったのか、意識はしっかりとある。地面がやわらかかったおかげもあるかもしれない。


「空太……大丈夫?」


「大丈夫……だと信じたい」


「いつになく弱気だなぁ」


 空太はゆっくり立ち上がる。とりあえずは身体に支障が出たわけではないようだ。


「そ、それより! 見てくれひなた! 俺、取ったよ!」


 ふたつの木の実をひなたに見せる。


「ずっと見ていたから知っているよ。頑張ったね」


「あ、ありがとう」


 素直にめられると照れてしまう。


「それにしても、最後の空太……かっこよかったよ」


「最後?」


「そう。『チェックだ(イケメンボイス)』とか、『チェックメイト(超イケメンボイス)』とか。わたし的にはあれが──」


 ダメだ、それ以上は。


「いやぁあああああ──ッ‼︎ い、いわんといてぇえええええ──ッ‼︎」


乙女おとめ⁉︎ なんか急に乙女⁉︎」


 恥ずかしいではないか。ひなたがかっこいい声でいうからなおのことだ。


「そ、そのことは忘れるんだ! いいな⁉︎」


「え、えーと……たぶん、しばらくは忘れないけど」


「あぁあああああ──ッ‼︎ ですよねぇえええええ──ッ‼︎」


 黒歴史が増えた瞬間だった。

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