第5話 未だに信じられないこと

「よし……ここまで来ればとりあえずは安心かな」


 風のように動いていた少女がその足をピタッととめる。長い金髪がフワッとなびいた。


 それからかかえていた空太そらたをゆっくりと下ろす。


 空太は数分ぶりに地面に足をつけると、辺りを見回した。


「も、もうこんなところに着いたのか……」


 今いる場所は、天笠あまがさ市にある大きなみずうみの見える展望台だ。


 さっきまで空太たちがいた場所からは結構離れている。ここなら、しばらくは邪魔も入らないだろう。


 空太はすぐ近くのベンチに腰を落ち着けた。そうでもしないと、さっきまで死ぬと思っていたため、その場で崩れ落ちそうだったからだ。


「さてと……なにから話したらいいのかな? ……きみはなにが知りたい?」


 早速、本題に入る少女。空太はおとなしく、それに合わせた。


「知りたいことはいっぱいあるけど、まず、君はなんなんだ?」


「なんかひどく抽象的ちゅうしょうてきな質問だね……。なんだと思う?」


「し、知らないから聞いているんだろ」


 当たり前のことだ。


「………………魔王まおう


「は……? 魔王?」


「そ。聞いたことない?」


「いや、聞いたことくらいはあるけど。……作り話とかに出てくるあの魔王か?」


「ちょっと違うかな。……魔王ってのは、この世界でのわたしの呼び方」


「この世界? な、なんの話だ?」


 一向いっこうに話が見えてこない。


「説明してもいいけど、たぶん理解できないと思うよ」


 これは舐められたものだ。


「俺は理解力はある方だぞ?」


「そっか……。なら、【サクリファイス】」


 タン、と少女が軽く地面を踏みつける。すると、一振りの剣が姿を現した。


「きみは一度見ているから見せるけど……この現象、説明できる?」


 まず現実では起こり得ないことだ。なのに、それが起こっている。それさえわかれば、答えは自ずと決まる。答えに辿たどり着くまで、時間として一秒もいらない。


「無理だな」


「早ッ⁉︎ 少しは考えようよ!」


 たしかにそれは一理あるかもしれない。


「じゃあ、そうだな……地面を錬金れんきんして剣に変えた、とか?」


 本気で正解を狙いにいった。はたして正解だろうか。


「あ、いや、違うけど」


「違うのかよ! っていうか、あっさりしてるな⁉︎」


 どうやら不正解だったらしい。……結構自信はあったのだが。


 空太は続ける。


「まあ、とにかく。俺には、その剣がなんなのか、よくわからないよ」


 少女の持つ剣を空太は指でさす。


「なら、今の話はお預けだね」


 楽しげに少女はいう。それから、剣が姿を消した。……やっぱり、なにがなにやら、わからない。


「教えてくれてもいいと思うんだけどな……」


 まあ、気にしても仕方ないことだ。


「だったらさ、別のことを聞くけど」


 空太は話題を変える前置きをする。


「ん?」


「さっき、空に浮いていた人たちはなんなんだ? ほら、いきなりじゅうとか撃ってきた」


 それは聞いておかなくてはならない。


「ああ、あの人たちね……。確か……AODっていってたかな」


 AOD? と空太は首をかしげた。聞いたこともない単語だ。


「なんだそれ?」


「なんだろうね?」


「いや、俺が知りたいんだけど」


「いや、わたしも知らないから」


 なんだこの会話? と率直に思った。


「そいつは困ったな……」


 まあ、実際のところは起きたことが非現実すぎて、「困った」なんて感情は二の次なのだが……。


「えーと……一応聞いておくけど、あいつらは君を……その……攻撃、してたんだよな?」


 躊躇ためらいがちにたずねる空太。


「だろうね」


「なんでなんだ? 君がそんなことをされる理由がわからない」


「うーん……心当たりがないこともないけど」


 なら、話は早い。


「よかったら教えてくれないか?」


 教えてもらえなかったらそれまでだが、教えてもらえるなら知りたいというのが、本音だ。


 少女は少しの間、あごに手を置いた。それから、ゆっくりと口を開く。


「……たぶん、わたしに脅威きょういを感じているからだよ」


「脅威? 君に?」


 たしかに空太は目の前の少女がなんなのか、いまだによくわかっていないが、別段怖いとは感じない。


「そう。……三十年前、大爆発がこの世界をおそったんだ」


 三十年前の大爆発といえば、ひとつしかない。


 初めて虚空こくう観測かんそくされた日に起きた大爆発のことだ。ほとんどの人が知っている。


 それがどうしたというのだろうか。


「らしいな。俺は生まれてないから、知らないけど」


 今となっては、大爆発が起こったなんて信じられないくらいに、この辺は発展している。当時の面影おもかげを見ることはない。


「あれはね──わたしが引き起こしたことなんだ」


「え……?」


 唖然あぜんとする空太。


「君が? 嘘、だよな?」


「こんな嘘いわないよ」


 そんなことはわかっている。たしかにわかってはいるのだ。


 だが、簡単に信じられることでもない。


 空太が黙っていると、少女が「さて」と続けた。


「きみとのおしゃべりは楽しかったけど、これくらいで終わりだ。わたしと一緒にいなければ、AODに襲われることもないだろうし、もう行くべきだ」


 ここで去るのも選択肢のひとつというわけだ。はたして、どうするのが正解なのだろうか。


 少女の話を信じるなら、彼女は大爆発を引き起こしていて、限りなく危険な存在だ。


 だったら、今すぐ逃げるのが普通なのかもしれない。


 でも──彼女はさっき、自分を助けてくれたではないか。


 彼女がいなかったら、今頃自分はAODの攻撃に巻き込まれて、生きていなかったはずだ。


 となると、簡単には去れない。


「俺はまだ行きたくないんだけどな」


 これが空太の正直な気持ちだ。もちろん、こう答えたのには「恩がある」以外にも理由がある。


 少女には、今まで知らなかったことを一度に教えてもらったが、それは表面上でのことだ。


 実際のところは、話のつながりというか、本質のようなものはなにひとつ見えていない。


 さすがに、それらを知らないまま日常には戻れない……戻りたくない。


「意外とわがままなんだね、きみは」


「そうかもしれないな」


「でもね──」



 少女が言葉を返そうとした瞬間──あわい光が少女をつつんだ。



「⁉︎」


 空太は目を見開いた。


「ごめんね。どうやら、お別れの時間みたいだ」


 唐突とうとつに告げられる別れ。いったい、なにがどうなっているのか。


「は……? お別れ? ちょ、ちょっと待てよ!」


 少女を包む光が一層強くなる。


「今日のことは夢だと思ってくれ。そうすれば、きみは今までとなにも──」


だろ!」


 言葉をさえぎる空太。


「?」


 少女は首を傾げる。


「俺たちの話は終わっていないだろ!」


 空太は駆け出していた。そのまま有無うむもいわせず、少女の柔らかい手を握る。


 こんなことしてなんになるんだ? という思いはあったが、なにもしないで後悔するよりずっといい。


 同時に、光の強さが最高潮に達する。


「! ば、バカ! 離せ! きみも──」


 そこで少女の言葉が途切れた。


 ──最後まで手は離さなかった。

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