第4話 魔王

 虚空こくう観測かんそくされて、すぐのことだ。


 天笠あまがさ某所ぼうしょにて。


「……⁉︎ い、急いでDアラートを鳴らしてください!」


 その声で、そこの雰囲気ふんいきがガラリと変化した。


 居眠りをしていた者、話に花を咲かせていた者。彼らの顔つきがけわしくなる。


 渡辺わたなべ三代子みよこはその中のひとりだった。


「まさか……!」


 三代子は力強くもらした。


 それもそのはずだ。「Dアラートを鳴らす」ということは、つまり、「虚空が観測された」ということになる。ここ最近は、虚空なんて出現していなかったというのに。


 三代子はDアラートを発令するために駆け出した。


 周囲の人間は自分がDアラートを発令するべきか悩んでいる。


 まったくふざけた話だ。


 市民の命がかかっているのだから、我先にと動くのが普通ではないのだろうか。……日本人の悪いくせだ。


 結局、Dアラートを発令したのは三代子だった。


 ウゥウウウウウ────────‼︎‼︎


 外に響いている音は三代子のいる室内にもわずかだが、聞こえてきた。


「これでよし、と……」


 しかし、これでことが済んだわけじゃない。


 少しして、


「出撃命令降りました!」


 誰かがそう声を上げた。


 三代子は「よし」と気合いを入れて、動き出す。


 普通に生活を送る人ならば、この状況にピンときていないだろうが、少なくともこの場にいる全員は「出撃」という言葉がなにを意味するのか理解している。


 三代子は急いで、出撃準備を進めた。






 しばらくが経って、ほとんどの市民が避難ひなんを終えた天笠市に、とある集団があった。


 この集団は『AOD』と呼ばれるたいで、正式名称は『annihilation of demon』となっている。訳をつけるとするなら、『悪魔あくま殲滅せんめつ』だ。


 随分ずいぶんと大層な名称だが、もちろん理由はある。


「全員そろってるな?」


 三代子を含めた全員に、そう確認を取ったのは、この集団のリーダーをつとめる男である熊沢五郎くまざわごろうだ。


「はい、揃っています」


 役職的にはこの隊の副リーダー扱いの三代子が答えた。


「ならよし。仕事は早いにしたことはない。とっとと行くぞ」


 五郎がクルリと回れ右をして、足早に歩を進める。全員でそのあとを追った。


 それから少しして、五郎が右腕をバッと横に伸ばした。


「とまれ」


 全員が動きをとめる。


 五郎が自分の前方を見るように指示を飛ばしてきた。


 おとなしくそれに従う。


「……!」


 三代子は息をんだ。


 は、四つ足で、赤いような黒いような身体を持っていた。


 ──なんの比喩ひゆでもなく、『悪魔』がそこにはいた。


 あれこそがAODの殲滅対象たいしょう


 あのなぞの存在はもう何度か見たが、やはり驚きは隠せない。


 ここはファンタジーの世界ではないはずなのだ。


やつはまだこちらに気づいていない。奇襲きしゅうをしかけるぞ」


 五郎は落ち着き払った様子で指示を出す。五郎はもう、この非現実な光景には慣れたのだろうか。


「ロケラン持ってる奴は来い」


 隊の後方にいた男が数人、前に出る。当然、彼らは全員、ロケットランチャーを装備している。それらは確か戦車すら破壊できる威力をほこ代物しろものだったはずだ。


「俺の指示でお前たちは同時にそれを撃て。他の全員はそれから間髪かんはつ入れずに、射撃開始だ。いいな?」


 コクリとロケットランチャーを持つ男たちがうなずいた。


「よし……じゃあ、構えろ」


 男たちがロケットランチャーを肩に乗せて構える。


 そして、


「撃て!」


 弾が発射された。


 ズガァン‼︎‼︎ と弾が音を立てて、被弾する。


 それからすぐに、煙が晴れないうちから一斉射撃が始まった。


 これでもオーバーキルということにはならない。これくらいであの悪魔が死なないことはわかっている。


「射撃やめ!」


 五郎の指示で全員が、射撃の手を休める。


 近くにいたAODの新人が「やったのか……?」ともらした。


 だが──そんなことはないのだ。


「SHAAAAAAAAAAA──ッ‼︎」


 悪魔が隊に目がけて突っ込んで来る。


「ひッ……!」


 近くで新人が腰を抜かした。


 無理もない。悪魔が大爆発を経ても、ピンピンしているのだから。急にそんなものを見たら、誰だって腰を抜かす。


 けれど、今なにをするべきか心得ている者も当然いる。


「僕が行きます!」


 三代子の隣にいたベテランのひとりである河西恭三かわにしきょうぞうが飛び出す。その手には、AODの基本装備のひとつであるレーザーブレード──【フォトンスパーダ】が握られている。


「ぜぁあああああ──ッ‼︎」


 裂帛れっぱくの気合いと共に振り下ろされた剣は、しかし、あっさりとかわされた。


 だが、悪魔の猛進もうしんをとめることはできた。


「何人かはここに残れ! 他は全員俺について来い!」


 恭三の戦闘を見ながら、五郎が指示を飛ばす。


 十数秒で誰が残るか決まり、五郎は「ひとりで戦うな」と彼らに念を押した。


 それから五郎は恭三たちに背を向け、移動を再開した。






 もう何回もAODとして出撃を経験しているため、三代子はこれからなにが待っているのか、知っている。


 だからこそ、「気乗りしない」というのが本音なのだが、出撃命令が上から降りてきている以上、やめることも叶わない。


 副リーダーという立場は、あくまでも、今のこの隊の中での話だ。AOD全体で見れば、その権力なんてたかが知れてる。


 そして──すぐにを見つけてしまった。


 きたわね、と三代子は内心でもらした。


「とまれ」


 毎度のごとく、五郎がバッと右腕を伸ばす。こんな小さなことだが、決しておこたらないところは、さすがリーダーといったところか。


 全員が動きをとめる。そして、見たことだろう。


 端正たんせいな顔立ち。腰まで流れる金髪。透き通るひとみ


 およそ人とは思えない美しさを持つ彼女。


 だが、見た目に惑わされてはいけない。


 虚空と共に、彼女は現れる。ただし、悪魔を引き連れて。


 だから、AODでは虚空から現れる人型の怪物をこう呼んでいる。


 ──『魔王まおう』と。


 悪魔と魔王。物騒ぶっそうな響きだ。


 とはいえ、それも当然だ。人類が科学兵器を使用しようと、魔王はもちろん、悪魔だって簡単に殺せないのだから。


「なにあれ……⁉︎」


 突然、三代子は目を見開いた。 


「子供……⁉︎」


 そう。高校生くらいだろう男の子が魔王の隣にいたのだ。


 あの魔王の長い金髪は遠目でもわかるが、あの子供の存在には気づかなかった。


「なにやってんのよ……⁉︎ 死ぬわよ……!」


 三代子は助けに飛び出そうとした。


「待て」


 が、五郎にとめられた。


「隊長! 子供が! 魔王の近くに子供がいるんです!」


「そんなことはわかっている」


「じゃあ、とめないでください!」


 今すぐに助けに行きたいのだ。


「バカかお前は! 変に近づいて、ガキが魔王に殺されたらどうする!」


「…………」


 なにもいえなかった。確かにその通りだ。


「すいません。私が焦ってました」


「いや、いい。とりあえず本部に連絡だけ、入れる」


 五郎が無線でAOD本部に連絡を入れる。数秒と経たずに、連絡が取れると、一分足らずで、状況説明を終える五郎。それから待つことさらに数秒……。


「は……? それは本当にいっているのか?」


 五郎が低い声音で返した。いったい本部からはどんな答えが返ってきたのだろうか。


「くそ……!」


 五郎が無線機をしまう。


「隊長、上はなんと?」


「…………魔王討伐とうばつが最優先、だそうだ」


「え……? な、なんで? 子供は?」


「これから起きると予想される被害と子供ひとりの命。前者の方が重いらしい」


 五郎は奥歯をギリと噛み締めた。


「ロケランを持ってる奴は来い! ブーストもかけるぞ!」


 淡々と五郎がいい放つ。


「隊長!」


「上からの命令だ」


「……ッ……! 上層部はくさってるのね……!」


 三代子がもらしている間に、着々と準備は進む。


 全員が、空を飛ぶことを可能とした非公認の科学道具である『エアジェット』を稼働させる。燃料の消費が激しいため、長時間は使えないが、魔王と戦う時はこれを使うことにしている。


「行くぞ!」


 全員が空に浮くと、五郎が先陣を切って、飛び出した。


 エアジェットは凄まじいスピードが出せるので、魔王の元まではすぐだった。


 なぜか今は少年が魔王の手を取って、移動している。が、そんなことはAODにとっては関係ないみたいだ。


「よし……ロケラン構えろ」


 数人の男が、指示に従い、魔王にロケットランチャーを向けた。


 そして、


「撃て!」


 ズガァン‼︎‼︎ と音を立てて弾が被弾する。当然だが、絶大な威力だ。


 だが──魔王は死んでいない。


 魔王はAODが『魔装まそう』と呼ぶ鉄壁の装備を身体にまとっている。


 だから、こんな威力では、簡単に傷はつかないのだ。


 けれど、今の威力だ。子供の方は……、


「⁉︎」


 


「嘘……? か、かばったの……?」


 魔王の手が子供の肩に回されている。


 はたしてあり得る話なのだろうか。人類の敵である魔王が、子供を助けるなど。


 しかし、そんなことを考えている余裕はない。


 魔王が地面をタン! と踏みつけた。すると、地面から一振りの剣が現れる。


 魔王が『魔具まぐ』を顕現けんげんさせたのだ。


 隊員の何人かが【フォトンスパーダ】を抜いて、魔王に切りかかった。


「はぁああああああああああ──ッ‼︎」


 魔王が剣をいだ。あっさりと彼女に切りかかろうとしていた者たちが吹き飛ぶ。


 その様子を見た子供がなにか魔王にいっていた。いったい、ふたりはどういう関係なのだろうか。


 もしかして、あの子供も魔王なのだろうか。


 そうではないと信じたい。


「魔王め……!」


 隊員のひとりが力強くもらし、じゅうを構えた。


 なにをする気? とは聞くまでもなかった。


 パァン‼︎ と音を立てて、弾が飛ぶ。


 魔王が子供を抱えた。


「?」


 瞬間──視界から魔王が消えた。


 さっきまで魔王が踏み締めていた地面にはひびが入っていた。


「上……⁉︎」


 慌てて空を見上げる。はるか上空に金髪が見えた。


「嘘でしょ……?」


 改めて、魔王の異常さを理解した。



     ◇ ◇ ◇


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