神無月十香の活動


「むづぎぐゔゔゔゔゔんっ!だずげでよおおおおおお!!」

「いきなりなんだよ…神無月…」


授業も終わり、今日は珍しく集まりがないので帰る準備をしていると神無月かんなづき十香とうかが泣きながらすがってきた。

こいつも見てくれだけで言えば可愛い方なのに、性格が性格だけにとても残念なやつである。


「睦月くんが助けてくれないと、私死んじゃうっ!」

「落ち着け、それから迅速に話せ。俺は忙しい」

「そんなつれないこと言わないでよ!?睦月くんが助けてくれるなら私はこの体の一つや二つ差し出したって構わないわ!」

「いいから落ち着け!そして誤解を招くような言い方やめろ!?さらに言えば少しくらい構え!」


それと自分の体は一つしかない。

二つは差し出せないのだよ。


「さっきは卯月くんの件でガッツリ怒られたし、どう頼んだら力貸してくれるかなって考えたら体を差し出すしかなくて…」

「申し訳ないと思ってんなら普通に反省しろ。それと体差し出す以外にも考えろよ。なんでそれ一択なんだよ」

「私の体じゃ不満だっていうの!?自慢じゃないけどそれなりにスタイルには気を遣っているのよ!?」

「話聞けよ!?引っ叩くぞ!?」

「そうやって叩いて私をドM調教していくんでしょ!エロ同人みたいに!」

「お前通知表に協調性がないって書かれたことないか?」


ああ言えばこう言うだなこいつは。

そろそろなんとかしないと俺まで変な目で見られる。

というよりはもう見られてる。

文月あたりは苦笑いして「どんまい」って言ってくるし…


「おい一夜、貴様また日直の仕事忘れたな?」

「へ!?あっ…」


神無月に気を取られていたら三空に声をかけられて変な声が出てしまった。

そう言えば今日は日直だった…

というより三空に言われるまで完全に忘れていたから、そりゃ怒られるのも当然だ。


「まあいい、これは私がやっておくからひとまずそっちをなんとかしろ」

「毎度のことだが、本当にすまねえな…」

「申し訳ないと思っているならちゃんとやらんか馬鹿者」

「…善処します」


それを言い残し、去っていく三空。

また一つ借りを作ってしまった。


「やーい睦月くん怒られてやんのー」

「決めた、俺は今日神無月を絶対に助けてやんない」

「まことに申し訳ありませんでした許してくださいどうかこの通りです」


秒で土下座を決めやがった。

明らかにこいつが悪いのだが、プライドとかないん?


「…まあいいけどさ。それで?なに手伝って欲しいんだ?」

「へ?手伝ってくれるの?」

「なに素っ頓狂な声あげてんだ。お前がそう頼んできたんだろ」

「いや、だってまだ体差し出してないし…」

「隙あらば体差し出すのやめようか?」


少しは自分の体大切にしろってんだ。

先ほどこいつは自慢じゃないとはいっていたが、スタイルはいいのだ。

出るとこは出て引っ込んでるところは引っ込んでる。

女子の理想体系はイマイチ把握はしていないものの、贔屓目に見てもレベルは高いと思う。


「ありがどうううううう!」

「やめろひっつくな汚い」

「急に辛辣!?」

「まずは顔面拭いてこい」

「普通女の子に顔面て言わなくない!?」


全然話が進まないのでスルーすることにした。

やれやれ、先が思いやられる…



________________________________________



「んで?これはいったいなんなんだ?」

「原稿!今度の同人誌即売会に出すやつ!」

「見たところ真っ白なんだけど…」

「それはそうだよ!これから埋めていくんだから!」

「…俺帰っていい?」

「なんでぞんなごどいうのおおおおおおお!?」


いや、これはどう見ても俺ができるところないだろ。

白紙ってあんた。


「それと言っておくけど俺絵描けるわけじゃないからな?」

「えっっっっっっっっっっっっっっ」

「いや、そんな顔されても…」

「なんで!?どうして!?いつもめんどくさそうにしててもなんだかんだ手伝ってくれる睦月くんがどうして!?」

「それとこれとはまた別問題だろ。得手不得手の問題だ」

「なんだかんだ言って実はなんでも器用にこなすことのできる睦月くんがどうして!?」

「だから得手不得手の問題って言っただろ。絵描くのは苦手なんだよ」

「あなたは甘い言葉で囁いて私を騙したのね!?許せないわ!」

「そろそろ怒っていいか俺?」


そもそも俺がいつ絵が描けるなんて言った。

否、なにも言っていないのである。

勘違いされては困るぜ。


「それならあなたには何ができるの!?」

「そうだなぁ…ベタ塗りとかトーン作業ならできるぞ」

「逆になんでそれができるのか知りたいんだけど」

「自分のことだけど知ったことではない」


まあ昔の知人に神無月と同じ趣味を持ってた奴がいてそれを手伝っていくうちに身についた技術なのだが、別に言わなくてもいいだろ。


「だから正直なとこ、ネームができていれば俺は手伝えるから、そこはなんとか頑張れ」

「あなたには本当に感謝しかありません睦月くん。いや、救世主メシアよ」

「誰が救世主メシアだ。いいから作業を進めてくれ」

「そうはいうけど、インスピレーションが全く思いつかないのよおおおおおおおお!!」

「その状態でよく俺に頼み込んできたな。その無謀さに拍手を送るよ」

「だからこそ手伝って欲しいのよ!何かネタないのネタ!」


とはいうけど、なにもいい案が思いつかない。

乗り掛かった船だ、手伝いはするもののいかんせん専門外のことだからなあ…


「ちなみにどういうのを書こうと思ってるんだ?」

「私はBL以外は描かないわっ」

「お前歳考えろや」

「年齢如きに縛られる私じゃないのよ!」

「開き直るんじゃねえ!」

「いいじゃないの!長月くんの性壁に比べたらまだマシよ!」

「そうか。ちなみに神無月は先ほど話していた長月の性壁についてはどう思う?」

「なくはないわ」

「なんでお前もバッドエンド許容派なんだよ」


俺はもう人が信じられない。

これは俺の考えだけど、ハッピーエンドがあってこそのラブコメだろう?

むしろバッドエンドは極力見たくない。


「睦月くんもまだまだ甘いわね」

「そんなクソみたいに苦い思いはしたくないだろ」

「なにを言いますか!バッドエンドがあってこそのハッピーエンドよ!全ての出来事がうまくいくとは思わないわ!」

「くそ、こんな時だけ正論言いやがる!」


だいぶ話が逸れてしまった。

俺達は同人誌の話をしていたのであって暴露大会をしていたわけじゃない。


「でも本当にどうしよう…このままじゃ本当になにも思いつかない…」

「うーん、そうだなぁ…ってそうだ」

「どうかした?」

「ちょっと思いついてな。助っ人を呼んでもいいか?」

「それは別に構わないけど…」


神無月に許可を取り、早速目的の人物を呼び出すことにする。

あいつは先ほど図書室でさっきの続きをするって言ってたし、まだいるだろ。


そして待つこと数分、先ほど呼んだ助っ人が来てくれた。


「睦月くん?どうしたの?」


神無月にとってはこの上ない資料となる人物、卯月四音だ。


「う、卯月きゅん!?どうしてここに!?」

「あれ?神無月さんだ。どうしたの?」

「こっちのセリフよ!まさか助っ人って…」

「そうだ、俺達の最終兵器だ」


ここでちょっとした関係性を説明しておけば、卯月にとっての神無月はただの同じグループに属する仲間だが、神無月にとっての卯月とはこの上ない資料兼信仰の対象である。

今朝は卯月に怪文書とも言えるような手紙を送りつけていた神奈月だが、今回だけは目を瞑ろう。


「無理無理無理!とてもじゃないけど卯月きゅんに破廉恥な絵を見せることはできない!」

「卯月きゅんて…大丈夫だ。何も絵を描いてもらうために来させたわけじゃない」

「え?それならなんで?」

「いいか、これは俺としても本意じゃないし、あくまでお前の手伝いだ。これから起こることは誰にも口外しちゃいけないし、見なかったことにしろ。いいな?」

「え、う、うんわかった…」


そこで俺は卯月に歩み寄り、


「卯月、すまん、許せ…」

「え、なに?どうしたの睦月くん…ってうわ!?」


俺はした。

卯月に壁ドンを。


「む、睦月くん…?あ、あの…」

「お前は何もいうな…今だけは俺に任せてくれ…」


耳元で囁くように告げる。

案の定卯月は何が怒ったのかわかってはいなかったが…


「んっほおおおおおおおおおおおおお!!?にゃにこれ!?しゅごいわ!!こんなシーンに巡り合えるにゃんてええええ!!」


予想通り神無月は乗ってきた!

ってかちょっと待て神無月、語彙力もやばいが鼻血出てるぞお前。


「む、睦月くん…ち、近いよ?」

「すまん卯月…今度飯奢るからもう少しだけ我慢してくれ…」

「キタキタキタキタああああああああ!!インスピレーションきたこれ!もう私に怖いものなんてないわ!ウッヒョおおおおおおおおおおおおお!!」


ちょっとテンション上がりすぎじゃないかこいつ?

もうそろ大丈夫かな…


「神無月ー?原稿描けそうかー?」

「バッチリよ!さすが睦月くん、私が見込んだだけあるわ!おかげさまでいいの描けそう!」

「そ、そうか、それならよかった…」

「こうしちゃいられないわ!今のうちにネーム仕上げてくる!卯月きゅんもありがとう!」

「え、う、うん、どういたしまして…?」


言うな否や急いで教室から出ていく神無月。

あの分なら心配はいらないかな。


「ありがとうな卯月。正直俺一人じゃどうにもならんかった…」

「そ、それはいいんだけど、そろそろ離れてくれると嬉しいかな〜なんて…」

「お、おう、すまない、離れるよ」


さすがにずっと壁ドンしたままは良くないし、ましてや誰かに見られたら大変だしな。

そして離れようとしたところで扉が開く。


「おい一夜、神無月の手伝いとやらは終わったのか?それなら早く帰る…ぞ…?」


三空が入ってきた。

大方、日直の仕事が終わってこっちに向かっていたのだろう。

律儀に迎えにきてくれるのは三空らしいのだが、タイミングが不味かった。


「み、三空…」

「弥生さん…なんで…」


俺と卯月が三空のいる方を見て歯切れが悪くなる。


「…邪魔してすまないな一夜よ。私は一足先に帰るから、ゆっくり楽しむといい…」

「「ご、誤解だああああああああああああああああああ!!?」」


神無月の手伝いなんてやっぱり引き受けなきゃよかったと改めて後悔した。

余談ではあるが、俺が卯月に壁ドンしたという噂はあっという間に広まったという。

なんて日だっ!

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