長月九里の性癖

「っはあああ、すっごくいい…」

「授業終わってすぐそんな声出すのやめろよお前…」


昼休みが終わり、五時間目(授業内容はすっ飛ばす)も終わって小休憩の時間で長月ながつき九里くりがいきなり喘いだ。

間違えた、奇声をあげた。

その声に一部(主に女子)は白い目で長月を見ていた。


「いや、喘いでもいないし奇声もあげてないから」

「どちらにしろ変な声を出すなよ。見ろ、周りの女子がお前のことを白い目で見てる」

「構わないよ。僕はその蔑んだ視線を向けられてとても興奮しているのだから!」

「さらっととんでもねえこと言うのやめろって言ってんだよ」


長月の一言に女子からの「うわぁ…」って声が聞こえてるし、如月と三空に至っては汚物を見る目で見てやがる。

この状況で堂々としていられるのはある意味こいつの美徳ではあるかもしれない。

先ほどのステーキ定食を分けてあげたから機嫌がいいのかもしれないと考えると、俺にも非があるかもしれないので、嫌々ながらも話しかけることにする。


「そうやって嫌々ながらも僕に話しかけてくれる睦月くんはとても優しい。僕が女子だったら惚れているね」

「やめてくれよ寒気する」

「ははは、ご謙遜を」

「謙遜もしてねえし褒めてもいねえよ!どういう思考回路してんだお前!?」

「何事にもポジティブシンキングだよ。前を向いて見なければ解決しないことだってあるからね」

「お前がもう少しまともなやつなら女子からもモテていたと思うんだが、そこんとこどうなんですか?」

「それは柄じゃないよ。僕は人の恋路を見ることは好きだけど僕自身はそんなに関わりたいと思ってないからね」

「…お前なんでそんなに枯れてんの?病気なの?」


俺は長月という人間が分からなくなってきた。

もともと分からなかったけど。


俺らが普段集まっているグループは個性的な人間が集まって構成されているグループだ。

中でもこの長月九里という男はそのグループの中でもさらに個性的であると俺は思っている。

なんていうか、考えが読めない。

如月のようになにを考えているか分からないのではなく、俺らが予想する答えを遥かに越えてくる、そういう男なのだ。

葉月のように別段頭がいいわけでもなく霜月のようにバカというわけでもない、さらに言えば皐月のように運動が得意というわけでもなければ卯月のように運動が苦手なわけでもない。

言ってしまえば普通なのだがどこか普通じゃない、一言で言い表すことの難しい人間、それがこの男だ。

みんなは変態と片付けているのだがどうにもただの変態とは思えない。

ちょっとなに言ってるのか分からないかもしれないが、俺もなにを言っているのか分からなくなってきたのでこの話は一旦置いておこう。

その前に少し確認しておこう。


「まあそれは置いといて、お前さっきなんで変な声あげてたん?」

「なにを置いとくのかは分からないけど、そうだね、僕は先ほどこれをやっていたのさ」


そう言って取り出したのはゲーム機。

先ほど葉月と使っていたものと同じやつだ。


「…お前まさか授業中にゲームやってたのか?」

「もちろんさ!」


ニカっと笑う長月。

なんの悪びれてもいない様子だ。


「せんせー!長月くんが授業中に…」

「ストおおおおっプ!!なんの迷いもなくチクらないでおくれよ!?」

「大丈夫だ長月!俺がやらなくても三空や文月がやってくれる!」

「お願いだからやめてくれるように言って!?あの二人は本気でやりかねないから!」

「しょうがねえな…二人ともー、ステイ!」


俺の言葉に止まらざるを得ない三空と文月。

本当にチクリに行こうとしてたあたりは長月をなんとかしたいと思っていたからなのだろう。

ただそうすると俺も長月にネチネチ言われそうなのでこの辺りで留めておく。


「君ってば猛獣使いかなにかかい?」

「猛獣使いではないが大体の人はお前と霜月が何かやらかしたら協力してくれる」

「そんなの聞きたくなかったよ!?」

「行動を改めろってこった。そして、話を戻すが、そのゲームをやっていたのはまだいいけどだからと言って周りを見ないであの声を出すのはどうかと思う」

「まあそれについては僕も申し訳ないなと思う。だがこのゲームのストーリーに感動して声が出るのは仕方ないと思うんだ」

「その気持ちは分からなくもないが、さすがに授業中はダメだろ。ちなみになにをやっていた?」


まさかこいつも『解雇の達人』をやっていたのか?

そんなに有名なのかあのクソゲー…


「『解雇の達人』はもう全クリしたからとりあえずはいいかな。今は『ドキドキメモリアル〜煮えきらない恋愛事情〜』に全力を注いでいるよ」

「『ドキメモ』か。なんかすごいストーリーが凝ってるって話を聞いたけど、流石にやろうとは思わんなあ…」


というより先ほどの『解雇の達人』で心が折れかけていた。

ちなみに葉月はというと、長月の全クリ発言に驚きを隠せないでいた。


「なんだって!?それはもったいないよ睦月くん!!この名作をやらないだなんて君はどうしてそんな残酷なことが言えるんだい!?」

「別に残酷でもねえし別にやらなかったからといって困ることもねえしな」

「どうしてそんなことを言うんだい!?僕が困ってしまうよ!」

「ええ…」


正直なんでこんなに推してくるのかが分からなかったが、これは一種の布教活動と言えるのだろうか。

確かに良作はオススメしたい気持ちもわかるし、その作品の感想を言い合えるのも一つの楽しみと言えよう。

そう考えてみれば、無闇矢鱈むやみやたらに断る理由もない。


「わかったわかった…俺もそのゲームやってみるよ。お前がやり終わったらでいいからその後貸してくれないか?」

「…本当かい!?いいとも、喜んで貸すとも!」


我ながら唐突な掌返しだとは思う。

長月はそんな俺をぽかんと眺めながらすぐに気を取り直し、反応して見せる。

こんなに喜ばれるとは思わなかったが、まあこれでよかったのだろう。

一方的に突き放すのは、こいつが誰かに本当に嫌なことをした時だけでいい。

こいつは変なやつだが、それでもこの友人のことを嫌いにはなれなかった。

こいつのことを知る良い機会になったかもしれない。


「それじゃ今度貸してくれな。ちなみに攻略手順とかはあるのか?」

「いや、順番とかはないよ。自分が攻略したいと思った娘を選ぶといいよ!ちなみに僕のオススメは『柊木ひいらぎ蘭子らんこちゃんと東雲しののめつかさちゃんと雨宮あまみや真冬まふゆちゃんとナディア・バーンシュタインちゃんだよ!」

「待て待て待て、オススメが多い」


なんで一気に四人も紹介しちゃってんの?

それだけこの『ドキメモ』が面白いのか?


「今言った娘達は可愛いのはもちろんだけど、なんと言ってもストーリーが素晴らしいんだよ!」

「そ、そうか。それは楽しみだ」


なんてことを言っていると、


「まず最初に紹介した柊木蘭子ちゃんなんだけど、この娘が今さっき攻略してた娘でね。この娘は主人公に想いを寄せているんだけど素直になれなくてね…そしてチャラ男に冤罪をふっかけられて最終的には寝取られるんだよ」


ん?今なんて言った?寝取られる?


「次に紹介した東雲つかさちゃんは最初こそ普通なんだけど途中で癌を患っちゃってね。最後には死んじゃうんだけどつかさちゃんの健気な行動には胸を動かされたよ!」


へ?癌で死ぬ?ヒロインが?


「さらに雨宮真冬ちゃんなんだけど、この娘は交通事故にあって植物状態になっちゃうんだよ。主人公が介護するんだけど、次第に主人公の心が壊れていっちゃってさ」


は?交通事故?壊れる?


「最後に紹介したナディア・バーンシュタインちゃんは最初は上手くいくんだけど、選択肢次第で主人公が浮気したものだと勘違いしちゃって、最終的には無理心中しちゃうんだよ」


…………


「おい長月…」

「ん?どうしたんだい睦月くん?」

「なんでバッドエンドの話するんだよ!?」

「嫌だなあ睦月くん。人の不幸は蜜の味っていうでしょ?」


前言撤回。

俺はこいつとは分かり合えそうにない。


「おーい、三空、文月、チクってきてもいいぞ」

「なんでさ!?」


この説明だけでやる気をなくしてしまった俺は嫌々ながらも後日このゲームをプレイし、思いもよらぬ展開になるのだが、それはまた別のお話である。

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