葉月八雲とゲーム
「葉月!さっきはノートありがとう」
騒がしいランチタイムは終わっても昼休みは続く。
先ほど、歴史の授業で海よりも深い事情でノートを取り損ねた俺は、目の前にいるメガネ男子の
ちなみに報酬(A5ランク牛ステーキ定食プレミアムクレープ付き)はもう渡した。
「おや、思ったより早かったですね。明日にでも返してくれればと思っていました」
「あんまり長く借りてるのも悪いと思ってな。お前だって復習で使うだろ」
「そうですね。ただ霜月君に貸したときは一週間帰ってこなかったですから。その点、睦月君は信用に値します」
「あいつほんととんでもねえな」
あいつは人の厚意を何だと思っているのか。
こんなこと繰り返していたら貸してくれなくなるぞ。
「それに睦月君はタイミングがよろしいですね。今ゲームをやろうと思っていたのですが、睦月君もどうですか?」
「お、マジ?やるやる」
俺は昼休みは基本誰かと一緒に過ごすことが多い。
といってもこの高校に来てからはいつものグループで過ごしているのだが。
雑談だったりトランプをしたり、今回みたいにゲームを持ち込むことも多い。
校則も厳しいわけじゃないし、のびのびと過ごせている。
「葉月からゲームの誘いなんて珍しいな。今日は何をやるんだ?」
「ふふふ、今日はこれをやりますよ」
そう言いながら画面を見せてくる。
「お、これって太鼓の達人?懐かしいな」
「何を言ってるんですか?画面をよく見てください」
「え?だってこのタイトルって…待て、なんだこれ」
画面をよく見るとそこには『解雇の達人』と書かれていた。
なんだこのパチモン。
「知らないのですか睦月君。これは『解雇の達人』という古くから親しまれているゲームなのですよ」
「こんなパチモン親しんでどうするよユーザー」
「まあ知らないのであれば丁度いいですね。試しにプレイしてみてください」
「うーん、なんか気が乗らないけどやってみるか…」
葉月からだいたいの操作方法とゲーム内容を聞く。
このゲームはプレイヤー自らが社長となり業績を少しずつ右肩上がりにしていくことが本筋となる。
経営が軌道に乗って世界的に有名な会社となれればゲームクリアなのだが、そう上手くはいかないのが人生といわんばかりに様々な問題が起きる。
部下の実力不足、営業の失敗はもちろん不倫や警察沙汰、現実世界でも起こり得そうな問題を解決していくものだ。
ただこのゲームは非常に難しく、プレイ中に何度も部下を解雇せねばならない状況に陥るためにこのタイトルがついたとか。
もはやクソゲーじゃねえか。
そうして始めたこのゲーム、プレイしていきなり問題が起きる
『部下が営業先で失敗をしました。あなたはどうしますか?』
・営業先に謝りに行く
・部下を叱り、後始末を任せる
・解雇する
「待て待て待て!展開が早すぎる!」
「ここは重要な選択肢ですよ。悩んでいる時間はありません」
まあ確かに悩む必要なんてない。
ここは社長自らが謝りにいかないといけないと。
『社長、私なんかのためにすみません。私のせいでこんな』
『いや、君はよくやってくれたよ。ただ、私は君のためにここまでしたんだ。君も私に誠意を見せてくれないとねぇ』
『社長?いやっ!どこさわってるんですか!やめてくださいっ!』
『ほう?社長である私に手をあげるつもりかな?いや、いいんだよ。そうなると君は明日からどう過ごすんだろうね?』
『こ、この外道っ!』
「この社長クズじゃねえか」
「ここで優しい言葉をかけるのはダメですよ睦月君。このゲームの趣旨をよく考えていただかないと」
「だとしてもこの展開はおかしいだろ。こんなドロドロとした展開なんて見たくなかったよ」
「ほら睦月君、さっそく次の選択肢が来ましたよ」
「また選択肢かよ」
『営業成績トップの部下が社内でセクハラを働いています。あなたはどうしますか?』
・叱り、減給処分にする
・権力を行使して自分も混ざる
・解雇する
「もうヤダこのゲーム!」
「睦月君落ち着いてください。そんな調子じゃこのゲームはやっていけませんよ」
「絶対悪い方向にしか進まないじゃん!」
「それもまたこのゲームの魅力ですよ」
ええい、こうなったらヤケだ!
意を決して解雇するを選択する。
『よくも俺を解雇してくれたな…この恨みは必ず晴らすからな…今に見てろよ…』
「良くも悪くも営業成績トップの部下を解雇するとは、思い切りましたね」
「ほんともうヤダこのゲーム…」
それからというもの…
『社長、もう我慢できません。私の火照った体をどうか沈めてください…』
・誘いを断り、教え諭す
☞・誘いを受け、沈めてあげる
・解雇する
『社長、今期の予算なんですが、もう少し何とかなりませんか?』
・予算をもう一度見つめなおし、再提示する
☞・そのまま強行突破する
・解雇する
様々な選択肢が出現し、ゲームを進めていく。
この選択肢を見ればわかるけど、この社長ほんとにクズだな。
そしてある程度進めたその先に待ち受けていたものは、
『な、き、君は…』
『いくら私の失敗とはいえ、私はあの日のことを決して忘れません。あなたが無理矢理してくれたおかげで私の人生は散々です。おかげで私にはもう何も残ってないんです。さようなら』
最初の選択肢に出てきた部下に刺されて終わった。
本当に何だったんだこのクソゲー…
「刺されて終わりましたか。このエンディングは私も見たことがないものだったので、睦月君には感謝しないといけませんね」
「感謝されてもうれしくない…」
「といってもこのゲームに出てくる選択肢は完全ランダムなのでプレイごとに毎回変わるんですよ。なので次のプレイではまた別のストーリーが楽しめますよ」
「そんなランダム要素を教えられてどうしろっていうんだよ」
どっからどう見てもクソゲーなんだが、そんなシステムを作り上げたこのゲームはある意味傑作なのかもしれない。
それはそうと気になることがある。
「そういえばさ、葉月はこのゲーム何度かクリアしてるんだろ?他にはどんなエンディングがあるんだ?」
「他ですか?私が一番最初に迎えたエンディングはみんな解雇してしまったから人が少なくなって会社が倒産したものでしたよ」
「……」
ゲームもゲームだが、葉月も葉月だった。
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