水無月六海の相談

「おぉ…水無月さんだ」

「水無月さん…いつ見ても素敵だ…」

「あの人はまさに天使だ…」

「なに言ってやがる、あの人は女神だろ!」

「どっちだっていい!あの人が可憐であることに変わりはない!」




「はぁ…」


水無月みなづき六海むつみは困っていました。

私は天使でもなければ女神でありません。

どこにだっている、私を騒ぎ立てている人たちと同じ、至って普通の人間です。

他よりは裕福な家庭に生まれたかもしれないし、その自覚もあります。

お母様とお爺様は少し、いや、それ以上に過保護だったことも認めましょう。

そのおかげで世間知らずで付き合いの悪い子になってしまいました。

友達はあんまりできませんでしたが、致し方ありません。


高校は、中学が一緒の人が来ないような、少し遠い場所の高校にしました。

担任には学力的にもう少しレベルの高いところ目指せるよ、と言われましたが、こればかりは気持ちの問題ですので。

私の気持ちを知ってか知らずか、お母様もお爺様も地元を離れることに反対はしませんでしたし、むしろついてきてくれました。

でも、たとえ反対されても、地元にはいたくありませんでした。


そうして始まった高校生活、自分のことを誰も知らない新天地では友達もできました。

みんな個性的ですけど、一緒の空間で何かをするといいうことは私にとっても刺激的で、何より私が元気に学校に行っている姿を見た家族はとても喜んでいました。



私は、みんなと同じ普通の人間として生きている、過ごせているはずです。

それなのにどうしてこんなに騒ぎ立てるのでしょうか。

どうしてこんなに崇められなきゃいけないのでしょうか。

昔からではあるが、どうも人目が気になってしまいます。



わからないです。



どうしていいかわからないです。

自分はどう動けばいいのかわからないです。

誰にどう言っていいのかわからないです。

人とどう接していいのかわからないです。


これでは、なんでこの高校にきたのか、わからなくなってしまいます。



________________________________________



「というわけで睦月さん、私に普通というものを教えてください!」

「あまりにも唐突すぎる」


授業が終わり、休み時間になったと思えば水無月が声を掛けてきた。

なにがというわけなのか全くわからなかった。

相談事かと思えばなるほどなるほど、いや、全くわからん。

主語が吹っ飛んでるよ。

布団が吹っ飛んだ…え?面白くない?あ、そう…


「あの、水無月さんや、どうしてそうなったのか説明していただけませんか」

「あ、すみません、いきなりでびっくりしましたよね」

「いや、まぁ、びっくりはしたんだけどさ」

「お詫びといってはなんですが、お話を聞いていただけるならこれを…」


そういって差し出されたものは…


YUKICHI✖️三枚


「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーっ!!」

「ふぇぇ!?ど、どうしたんですか!?」


どうしたんですかじゃないよ!?

他人にそんな簡単にお金をあげてはいけません!!

お金大事!

ってか水無月ってどんだけお小遣いもらってんの?

俺の所持金の五倍はあるぞ?


「こんなところでお金を出されても困る!俺がカツアゲしてると思ってみんな白い目で見始めてる!」


あ、危ない…

水無月が話しかけてきたあたりから男子からは「なんだあいつ…」「水無月さんがあんな男に…」「殺す…」とか言い始めてるし、お金が出た途端に三空が鬼のような形相をしていた。

ってか誰だ殺す言うたやつ、出てこいやっ。


「??…カツアゲって、なんですか?」

「え」


そういえば、前にホストクラブの説明したっけ…


「いや、カツアゲのことは後に回すとして、別に話聞くのにお金取らないから。全然気軽に話していいから」

「いいんですか!」


うっ、そんなキラキラした顔で来られるとは思わなかった。

話を聞くだけなのにこんな嬉しがってくれるのはなんか照れ臭くなってしまう。

顔近いし…よく見れば水無月も綺麗な顔してるよなぁ…

如月も三空もそうだが、うちのグループの女子って結構顔が整っている。

ついつい見惚れてしまう…


「あ、あのう、睦月さん?そんなに見られるとですね、恥ずかしいです…」

「え?はっ!?」


やべえ、めっちゃ凝視してしまった。

周りを見るとめっちゃ殺気立ってる男共に水無月の恥ずかしそうな顔に尊死している男子、黄色い声をあげている女子に臨戦態勢の三空。

ちょっと待て三空、その竹刀どこから持ってきた。

無言でブンブン素振りしてんじゃないよ、何する気だ。


「わ、悪い…」

「い、いえ、私も近過ぎましたし…」


ーキーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴ってしまった。

結局この休み時間は話し合いをするどころではなく、なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。



_____________________________________________



二時間目は日本史。

日本史は個人的にも好きな科目で、江戸時代のあたりなんかはとても面白いと思っている。

俺はノートを書きながら先生の話で重要だと思った部分をメモに残している。

意外とこのメモが出題されることってあるのよね。

ノートを書いていると机の中に入れていたスマホがバイブで震えた。

誰かから連絡がきたか、ゲーム通知だろうか。

先生に見つからないようにスマホを確認するとLIMEが、宛先は水無月からだった。


『睦月さん、お元気ですか?私はお元気です』


思わず笑ってしまいそうになる。

なんでしばらく会ってない人に送る手紙みたいな文章になってるのかって思ったけど、これはこれで水無月らしい。


『元気だよ。そういえば、さっきの話ってなんだったの?』


ここで話を戻してあげる。

水無月も元々そのつもりだっただろうし、いつまでも脱線しているわけにはいかなかった。


『はい。普通ってなんなのか知りたくて…』

『普通?これまた難しい話だな。何かあった?』

『いえ、高校入学してから男子のみなさんから視線を向けられると言うか、囃はやし立てると言うか

…別に嫌というわけではないのですが、どうにも慣れなくて…』


うーむ、『普通』ねぇ…

これはどう説明していいものやら。

文学的な意味で言えば普通とは『いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること。他と異なる性質を持っていないさま。広く通用する状態のこと。特に変わっていない、それが当たり前であること。』という意味を持っている。


だが価値観なんてものは人それぞれなもので、自分が当たり前だと思ってやっていることでも他者からしたらおかしいことだったりするし、他社が普通だと思ってやっていることでもこっちからしたら異常だと思うこともある。

結局は人によっての価値観の相違が水無月を悩ませているのだろう。

水無月は可愛い、または綺麗だから天使だのなんだの言われてるんだろうからな。


『それなら、水無月が普通だと思うことを言ってみせてくれ。俺が普通かそうでないか判断するから』


難しいからなんだといっては解決のしようもないので、とりあえずは聞いてみることにした。

価値観の問題ならできる限り合わせてやればいいからな。


『わかりました!それならですね、長月くんがこの前私に「踏んでください」って言ってきたんですけど…』

『土に埋めてやれ』


何言ってんだあいつ!?

さっきのポーカーの件で如月と文月に真実暴露されてたけど、掘り返せばまだ出てきそうだな。


『長月はとりあえず放っておけ。あれは俺から見ても異常だから。他にはなんかあるか?』

『この前、泣いてるおじさんがいたからお話聞こうと思ったら文月さんに止められたんですけど…』

『人を助けようとするのはいいことだけどいたいけな女子高生がおじさんに話しかけたらよくないことになりそうだからやめておきなさい』


本当に危なっかしいよこの娘…本当、文月ナイスだ。

今度プリンでも奢ってあげよう。



そうしてどんどん話を聞いていくとなるほど、そもそもが水無月にとって知らないことが多過ぎた。

水無月がどう過ごしてきたかは知らないが、本当に何かあってからでは遅い。

俺の価値観を押し付けるようで申し訳なかったのだが、水無月の話を聞いて良い悪いの判断をして真っ向から否定しないで自分の考えを述べた。

水無月にも俺の思いが伝わったのか、感情的にならずに最後まで聞いてくれた。


『色々とありがとうございました睦月さん!おかげで以前よりも悩むことがなくなりそうです!』

『それなら良かった。それでもわからないことあったらまた聞いて』


なんか一仕事終えたみたいで少し達成感があった。

水無月と相談している途中で霜月から『お前ずっと下向いてるけど、う○こ我慢してんの?(笑)』って来てイラッときたから『昼休みに財布軽くしてやるから覚悟しとけよマジで』って送ったら『マジで勘弁してください』って来た。

ざまぁ。


『ところで睦月さん、最後にもう一つあるんですけど、いいですか?』


結構話したと思ったけど終わりじゃなかったか。

ここまで来たらもう何が来ても驚かんぞ。


『私、高校に入るまでは友達というものが全くいなくて、今まで誰かと遊びに行ったことなんてなかったんですけど…友達ってどうしたらできますか?』

最後に割と重いやつきたよ。

だけど、今までの反応を見てるとなんとなく分かった気がする。

水無月は今まで自分が非常識だから友達ができなかったと思っているんだろう。

でも俺から言わせれば、それを受け入れてこその友情だと思っている。

だったら答えは一つ。


『今まではいなくとも、今は友達がいるだろ?誰か誘って遊びにいけばいい。誘ってくれれば、俺でもいいし』


こう返す。

これでいい。

せっかく十二人で集まってるのだ。

これを使わない手はないだろう。


『睦月さんも遊びに誘ってもいいんですか…?それなら今度、お買い物とか行きましょう!』


すぐ返信が来る。

なんだか嬉しそうだ。

あれ?これよく見なくてもデート誘われてる?

このやりとり見られてたら俺水無月ファンに殺されちゃう。


とりあえず、『それじゃ今度日程合わせて行こう』と返しておく。

まあ、喜んでるならいいだろう。

そこでまた返信がきた、と思ったら三空からだった。


『水無月を誘うのもいいが、その前に私にも付き合ってもらおう』


待て待て待て待て待て!?

お前このやりとりどこから見ていた!

慌てて『わかった!予定空けとく!』って返してしまった…

いや、遊ぶのはいいのよ?



まあ、何はともあれ、水無月の相談は無事解決できたみたいで良かった。

授業中だったけどこれで…って授業中?


キーンコーンカーンコーン


「あっ…」


やっちまった。

ノート全くとってないや…

一難去ってまた一難とはよく言ったものだ…



授業が終わった後、葉月からノートを貸してと頼んだら快く貸してくれた。

この恩は近いうち返すからな。

そう、昼休みにでも。

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