皐月五織の大勝負

「お前そこで何してんだ」

「む、なんだ睦月か。俺は見ての通りだが、お前こそ何をしているのだ」


卯月のラブレター事件を処理(根本的な解決には至ってない)し、教室へ戻ろうとすると廊下で逆立ちをしている男、皐月さつき五織いおりと遭遇する。

ちなみに神無月は三空に状況を報告し、最近できた話題のケーキ屋を今度奢ることで協力を取り付け、葬ってもらった。

それはそれとして、この男は何をやっている。


「見ての通りじゃないよ。俺はなんでそこで逆立ちをしているのか聞いてるんだよ」

「いや、違うんだ。これには深いわけが…」

「なに浮気バレたみたいな言い草になってんだよ」

「お前こそなぜ浮気がバレたという認識ができる。さては経験者か」

「経験してるわけねえだろこの筋肉!」


ああ言えばこう言う、一見筋肉のことしか考えていないようなやつだが意外と頭が回り、口も達者である。

だがこれは別に喧嘩や言い争いをしているわけでもなく、ただの世間話みたいなそんな感じ。

さてはこいつも先日やってた女関係がドロドロしているドラマ見てたな。


「まあそんなことはいい。それよりなぜ逆立ちをしているか聞かせろよ」

「これはさっき霜月達とトランプをしていてな。その罰ゲームといったところよ」

「へぇ、お前が負けるとは珍しい」


普段、休み時間やグループでいる時、男子面々はトランプだったりサッカーだったりと比較的遊んでいることが多い。

女子も混ざるときはあるが、如月みたいに物静かな奴がいれば気を遣って活動を合わせることも多い。

そしてこの筋肉の塊である皐月はスポーツはもちろん、テーブルゲームも意外と強く、罰ゲームになることも滅多にない。


「ババ抜きとかなら勝てたのだが、今回はポーカーでな。全然いい役がこなかったのだ…」

「あー、ポーカーは本当に運任せというか、自分の力ではどうにもならないところがあるからなぁ」


かく言う俺も小さい頃に三空と一緒にポーカーをしてボロ負けしたのである。

後にお互いの母親が三空にいい役が来るようにズルをしていたことが発覚し、拗ねたことがある。

小さいうちに接待プレイはどうよ。

っとここで昔の接待プレイを思い出したので聞いていることにする。


「なぁ皐月、それディーラー誰やってた?」

「ディーラー?ああ、カード配る人のことか。今回は長月にやってもらったが…」


あの変態長月か。

どうやらその手癖の悪さはゲームにまで及んでいたようだ。


「皐月、それ絶対仕組まれてるぞ。長月と霜月なら絶対やる」

「なんと!?それは許せん!」


それを聞いて怒りをあらわにする。

思わず逆立ちをやめてしまうあたり、相当だ。


「まあ待て皐月。霜月が長月と組んでいる以上、圧倒的にこちらが不利だ。こちらはこちらで手を打たなきゃならん」

「むぅ…だが一体どうすればいいのだ。このまま負けっぱなしは悔しいぞ」


顎に手を当てて悩む皐月。

ここで皐月に策を与える。


「いいか皐月、霜月の野郎がなにをして長月を懐柔したかはわからん。だが逆に考えると、あいつらがやっていることを俺らがやっちゃダメな理由はない」

「む?それはもしかして…」


俺はにたりと笑う。

いかん、これからのことを思うとにやけてくる。


「さあ、逆襲の時間だ」



_____________________________________________



「おやおやぁ皐月くぅん、性懲りもせずに俺に挑んできちゃう?」

「うわ、うっざ…」


皐月に勝ったからなのか、いつになく上機嫌なこのバカは霜月しもつき十一郎じゅういちろう。

今すぐにでも潰してやりたいのだが今回の相手は皐月であって俺じゃない。


「勝負は五回勝負、先に三回先取した方の勝ちでどうだ!」

「さっきと同じね、受けて立とうじゃないですか」

「この勝負で先程の負けた恨みを晴らして見せる!」

「あらまぁ、随分とやる気があるようですねぇ…ここはいっちょ一捻りして差し上げましょうかね」


なんかどこかの戦闘力53万の宇宙支配者を匂わせるような口調、めっちゃ腹立つ…

さっきの皐月の話を聞いてほぼ確信したことは、霜月がなんらかの方法で長月を懐柔して霜月にいい役が来るようにズルをしている。

そんな人任せの勝負でよくそこまで強気に出れるもんだ…


「それでは先生、今回もお願いします!」

「ああ、任されたよ」


先生と呼ばれたこの詐欺師は長月ながつき九里くり。

この勝負もディーラーとして参加するようだ。


「睦月よ、本当に大丈夫か?」

「ああ、すでに手は打った。お前はいつも通り勝負してくれ」

「ああ、わかった」


こそっと会話をする俺達。

先ほど皐月に伝えた作戦は霜月バカと同じことをすると伝えただけ。

実際、霜月にはなにも手は出さないし俺から長月に交渉を持ちかけても無駄だろう。


だからそう、霜月がや・っ・た・こ・と・と・同・じ・こ・と・を・す・れ・ば・い・い・の・だ・。


「それじゃシャッフルをして配るから少し待ってておくれよ」


ここで長月がシャッフルを始める。

そこに…


「今ここで不正したらどうなってるかわかってるよね…」

「!?」


俺が依頼したした救世主がぼそっと囁ささやく。

何か聞こえたのか、長月は後ろを振り向くも誰も見当たらない。


「どうしました先生?」

「い、いや、なんでもないよ、はは…」


なにが起こったのかわからない様子を見せるも、シャッフルを続ける長月。

ってか認めたくないけど、本当に不正したかわからないほどの綺麗なシャッフルである。

と、またしてもそこに…


「私はあなたの秘密を知っている…みんなに知られたくなければ…」

「え、なに!?」


またも振り向く長月。

だがそこには誰もいなく、なにが起きているのかわからないでいる。


「何かありましたか先生?」

「…大丈夫、続けようか」


長月の異変に?を浮かべている霜月と皐月。

無論、皐月に関しては俺が何か仕掛けていることをわかっているので別段気にするそぶりを見せない。

この状況でも仕事をやり遂げる長月。

ふむ、なかなか手強い…


そうしてお互いにカードが配られた後、役を作るために一度だけ札の交換をする。


「ふむ、今回はスリーカードだ」

「ざーんねーん!俺はストレートでしたー!」


皐月の役もなかなか良かったのだが、今回は霜月の勝ちか。


「睦月よ、本当に大丈夫か」

「大丈夫、何のための五回勝負だと思っている。心配するなよ」


皐月が不安そうに声をかけてくるが、この様子を見ればすぐにでも結果は出てくる。

救世主にはもうひと頑張りしてもらわねば。


「皐月くぅん、啖呵切っておいてこれで終わるわけじゃないよねえ?」


本当にこいつうぜえな。

この勝負とは関係なしに今度こいつ沈めようか。


「無論だとも。そう言えば罰ゲームを決めてなかったなあ」

「お?いいねえ。ますますやる気が出るってもんだよ」

「それならば霜月が勝てば今日一日、俺は霜月の下僕となろう」

「おっ!そいつは願ってもないやつだ!いいぜ、じゃあ皐月が勝ったらどうする?」

「俺が勝ったら、そうだなぁ…食堂の先着十人限定の大人気メニューのA5ランク牛ステーキ定食プレミアムクレープ付きを奢ってもらおう。もちろん、十人前だ」

「勝負に出たねえ。いいぜ、俺が勝ってそのメニュー奢ってもらうのもありだな!乗った!」


いいぞ、わかりやすく乗ってきた。

もちろんこの誘導も俺が皐月に提案した策で、こいつはまんまとかかった。

こいつはバカだからそんなことも気にしてないんだろうが、こっちがなんの勝算もなしに勝負を挑むわけがないだろう。


「それでは2ゲーム目もお願いします先生!」

「え!?あ、ああ、任せといてよ」


先ほどに比べると些か歯切れの悪い返事をしている。

長月がカードを集め、シャッフルをし直していると…


「知ってるんだよ…この前TSUTANYAのレンタルコーナーで『おにいちゃん、どうして…〜おにいちゃんに汚された私〜』のAVをレンタルしていたのを…」

「ひぃ!?な、なぜそれを!?」


再び囁き戦術を繰り広げる我が救世主。

ってかお前そんなことしてたのか。

そして救世主はなぜそんなことを知っているのだろう。


「先生?大丈夫ですか?」

「ひぇ!?だ、大丈夫だよ!?僕は元気だよ?」

「先生?」


気を取り直してシャッフルをするも…


「その後訪れた公園で幼女を陰で凝視した後に『師走ちゃんにお兄ちゃんって呼ばれたいなぁ…』て呟いてたのもぜーんぶ知ってるよ…」

「ちょっと待ってくれたまえ、何故それを…」

「さらにその後子供用下着屋店に行ったかと思えば『これ、師走ちゃん似合いそうだ…』ってくまさんパンツ選んでたのもバッチリ見てたからね…」

「もうやめてえええええええええええええええええええ!!」


囁き戦術に戦意を喪失した長月。

これは師走に絶対聞かせてはならない言葉だな…

正直ドン引きだよ…


「先生!?なにがあったんですか!?」

「ああああああああ、お願いだから、お願いだからそれだけはぁ!!」

「睦月よ…お前一体なにをしたんだ…」

「嫌だなぁ、俺はなにもしてないぜ?」


長月が壊れている姿を見てこそっと耳打ちする皐月。

俺はなーんにもしてないぞ?

俺はな。


その後はもうなんか見てられなかった。

調子の崩れた長月は平常を保つことができず、不正ができなくなっていた。

それによって皐月が一つ、また一つ勝利していくことによって今度は霜月が焦り出してきた。

先ほどの罰ゲームに乗ってしまったのが仇になり、自分でもどうしていいのかわからなくなっていた。

そこで迎えた第四戦目。


「くくく、きたきたきたぁ!!見ろよ!俺の役はフォーカードだ!!」

「な!?こいつここでその役を!?」


長月を見てもどこか気の抜けた感じになっているのでどうやらこれは不正でもなんでもない、ただの運だ。

自分が負けそうになるとここまで粘りを見せるのか!?

勝負は後一戦あるのだが、この流れに乗って霜月に運がいくかもしれない。

ここでなんとか抑えておきたい、と思ったら皐月がこっちを見て大丈夫だと言わんばかりの表情を見せる。

なにこれやだ、かっこいい…


「俺の役は、ファイブカードだ。俺の勝ちだな霜月よ」

「な、なにいいいいいいい!?ファイブカードだと!?お前ズルしたんじゃないのか皐月!?」


素直に負けを認められなくてとうとう卑怯者呼ばわりかこいつ。

清々しいまでのクズだな。


「いや、なに言ってんの。カード配ってたのは最後の最後まで長月だろ?しかもお前がディーラーに推薦したのになに文句言ってやがる」

「う、うるさい!じゃあお前らが長月に何かしたんだろ!そうじゃないと俺が賄賂を渡してズルをした意味が…って、あっ」


自爆しやがった。

やっぱバカだなこいつ。

ここで霜月がズルを認めたことにより、俺はすかさずとある人物を呼ぶ。


「先生達、お願いします」

「「任された」」

「ひぃ!?」


俺の召集に応じてくれたのは幼なじみであり同じグループにいる弥生やよい三空みそらと、活発女子でグループのムードメーカーである文月ふみづき七葉ななは。

ことの顛末と今回の報酬を言ったら快く引き受けてくれた。


「さあ観念しろ霜月。貴様は私が滅してやる」

「ま、待って…どうかご容赦を…」


ここでなおも食い下がる霜月。

そこで文月がボイスレコーダーを取りだし、


『それならば霜月が勝てば今日一日、俺は霜月の下僕となろう』

『おっ!そいつは願ってもないやつだ!いいぜ、じゃあ皐月が勝ったらどうする?』

『俺が勝ったら、そうだなぁ…食堂の先着十人限定の大人気メニューのA5ランク牛ステーキ定食プレミアムクレープ付きを奢ってもらおう。もちろん、十人前だ』

『勝負に出たねえ。いいぜ、俺が勝ってそのメニュー奢ってもらうのもありだな!乗った!』


「逃さないよ♪あんたにはきっちり十人前奢ってもらうんだから♪」


にっこりと笑う文月。

裏表のない笑顔が逆に怖い。

ってかいつそんなの撮ってたんだよ、俺知らないんだけど。


「いや、いやぁ…」

「諦めろ。貴様には身も心も懐も痛い目にあってもらう」

「長月は私が引き受けたよ。と言っても相当やられてるし、真実を広げるだけで許してあげようか♪」


「「それだけはご勘弁をををををおおおおおお!!」」


叫びながら引きずられていく二人。

悪は滅びた…


「睦月よ…ありがとうと言いたいのだが、なんか申し訳なくなってきたぞ…」

「皐月、気にしたら負けだ」


そう、気にしたら負けなのだ。

それはそうと…


「如月も、手伝ってくれてありがとうな」

「別にいい。睦月はそれに見合うだけの報酬を提示してくれた。それなら私が言うことはない」


どこからか如月きさらぎ二美つぐみが現れた。

意外と隠密行動向いてるのねこの子。

さて、問題は解決したのだが、俺には追求しなくてはならないことがある。


「ところで如月さん、あの長月の情報ってどこから仕入れた?」

「…秘密」

「それなら如月さん、この情報の仕入れ元は葉月?それとも神無月?」

「…知らない」

「それなら最後にもう一つだけ。もしかして、俺や皐月のことも何か調べてたりしてる?」

「…勘のいいガキは嫌い」


それだけを言い残し、ダッシュで逃げ去る如月。


「ちょっと待てやコラァ!皐月追うぞ!下手したら俺らにまで被害が及ぶ!」

「なんだかわからんが、わかった!」


とりあえず、葉月はおいそれとプライバシーの侵害はしないので後で神無月をシメるとしよう。

ここの女子は敵に回したらダメなやつばっかりだ…

そんなことを思いながら逃げる如月を追いかけていた。


結局始業の時間が過ぎてしまい、俺と皐月は怒られてしまったのだが、三空と如月と文月はいつの間にか教室に戻っていた。

解せぬ。


霜月と長月?

さぁ、知らないなぁ。

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