卯月四音の悩み

三空と追いかけっこをしてからほどなくして俺たちが通う学校にたどり着く。


星園せいえん高校。


なんともキレイな名前の学校だが、進学校でもスポーツ強豪校でもない至って普通の高校だ。

他のやつはどうかはわからないが俺はただ単に家が近いからという理由でこの高校を選んだ。

三空は俺と同じ理由に加えて制服が可愛いから、ということらしい。


男子は紺色のブレザーに赤ネクタイ、ズボンはチェック柄の青色、女子は色合いは同じもののネクタイの代わりに赤リボンで構成されてる。

またこの高校は他校の生徒からは人気が高いらしく、男女問わず街でナンパされることが多い。

元々カッコいい(可愛い)人がオシャレな服を着たらより映えるみたいな、そんな理論である。


そういえば、この前ナンパされたから潰したって三が言ってたっけ。

女子も大変だなと思う。

そしてそんな悩みを持つのは女子だけにあらず、男子にも少なからずいるということ。


「はぁ…またこんなに…」


下駄箱を開けてゲンナリしている男、卯月うづき四音しおんもまた、その悩みを持つ男の一人である。


「おはよう卯月、お前も相変わらず人気があるな」

「あ、睦月君おはよう。あんまり褒められたものじゃないんだけどね…」


そう言って下駄箱に入っていたであろうたくさんのラブレターを鞄に詰め込む。

卯月は中性的な見た目でカッコいいよりは可愛い感じで、本人は身長が低いことは気にしているもののそれがまた好感を持てるらしく、守ってあげたいくらい可愛いと一部からの声。


またこの卯月という人物は律儀な性格で、もらったラブレターを全部読んだ後になるべく相手を傷つけないよう言葉を選んで返事を返してあげているらしく、そのできた性格に男女問わず人気が高い。

本人曰く、直接は自分の身が危ないから全部手紙で返してるのだとか。


「そういえば、弥生さんは一緒じゃないんだね」

「ああ、三空は先に行って日直の仕事してるよ。俺はゆっくり来いって言われたよ」


それならなんで朝早くに押しかけたんだと言わざるを得ないが、如月と朝釣りをして少し疲れていたのが顔に出てたのか、気を遣われてしまった。

本当、こんな小さいところにまでお節介とか、三空らしい。

そんなことを思いながら下駄箱から上履きを取り、履き替える。


「今日もまたラブレターが多いな。どうするんだよ」

「もちろんちゃんと返事はするよ。だけど最近はどうしたらいいのかわかんなくなってきて…」


普段は誰にでも優しい笑顔を向けてくれる人当たりの良い卯月が、珍しく悩んでいる。

まあ、こんなことが毎日続くんなら気疲れもする。


「返事に困ってるのか?相談ならのるぞ?」

「睦月君…ありがとう!それじゃ早速だけど、ちょっと頼りにさせてもらうよ」


そう言って卯月は俺達が普段集まるために使っている補修室(冷蔵庫付き)へと連れていく。

お悩み相談なら教室でも良かったのだが内容が内容なため、他では少し言いにくいのだろう。


「それで?俺はどうしたらいいんだ?」

「うん、まずはこれを見て欲しいんだ」


そう言って取り出したのは先ほど詰め込んでいたラブレター。

見た限りは三十枚は下らない。


「相談に乗るとは言ったけど、俺が見ていいやつなのか?なんかすごいいけないことしてる気がするんだけど…」

「本当はダメかもしれないけど、僕も正直どうしようもなくて…あのグループ内でいったら睦月君か葉月君しか頼れる人いなくて…」


あのグループはかなり個性的な人間の集まりだし、仕方ないといえば仕方ない。

思えばあのクセの強いグループに卯月がいるのはなんか似合わない気もするが、今はそんなことを気にしても仕方ない。

ちなみに葉月とは、先日の討論で水無月にホストクラブについて解説をしていたインテリ男子である。


「まあ葉月は今ここにいないしな。とりあえずこれから見るか…」


そういってラブレターの山から一つ手にとって中身を見る。

そこに書かれていたのは…


『ワタシヲオイテイカナイデ

 ワタシヲヒトリニシナイデ』


「…………」


ラブレターをそっと閉じ、何も見なかったことにする。


「睦月君?どうしたの?」

「卯月…俺は無力だ…」

「本当どうしたの!?何が書いてあったの!?僕怖いんだけど!?」


これは見せたくなかったけど、卯月は毎回返事を書いている。

嫌でも共有しなければいけなかった。


「…毎回思うけど、これは心がやられるよ…」

「お前毎度こんなヤベー手紙もらってんのかよ」

「ちゃんとまともなやつもあるんだよ!?ほら、こっち見てよ!」


卯月はまた違うラブレターを手に取り、見せてくる。

内容は…


『卯月くんへ

 急にお手紙ごめんなさい。でも卯月くんを初めて見た時から胸のドキドキが治らなくて…

 どうしようと悩んでいたのですが、この思いは止められなくて…

 気付いたらお手紙を書いていました。

 ご迷惑でしたらごめんなさい。

 でもこれだけは言わせてください。

 私は卯月くんのこと…』


ふむふむ、確かにさっきのやつと比べてみれば幾分か、というよりは全然マシだった。

これならまだ手に負えるかなと思って再度文面に目を通すと…


『性奴隷にしたいと思ってました!!

 もう卯月くんのことを思うたび、アソコがうずいて仕方ありません!!

 どうか私にお付き合いください!!

 忘れられない夜にして差し上げます♡』


「ダウトーーーーーーーー!!」


これはダメだ。

さっきのやつと同様、むしろこっちの方が生々しくて怖い、寒気する。


「え、どうしたの睦月君!?」

「卯月!!お前これちゃんと確認したか!?お前食われるぞ!?」


卯月が頭に?を浮かべながら内容を見ると、顔全体が真っ赤になりながら顔を隠していた。

俺なら真っ青になるような文面なんだけど、性関連の内容だと卯月は赤面するようだ。


「こんな内容だと思わなかったよ…ってあれ?これまだ続きあるよ?」

「へ?続き?」


思わずアホらしい返事をしてしまったけど、卯月と一緒に文面を改めて確認する。


『P.S.ついでに睦月くんも夜会に誘っていただけると嬉しいです♡』


「「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!?」」


もはや悲鳴しか出なかった。

え!?なんで俺も!?怖いわ!?

ただのお悩み相談だったはずなのに、なんで俺にまで被害がきてるのか全然わからない。


「卯月!!もうやめよう!!このままだとお互い傷つくだけだ!!」

「わかってるよ睦月くん!!だけど手紙はまだこんなにたくさんあるんだ!!僕を一人にしないで!?」

「そんなこと言ったってどうするんだよ!?俺は手紙を捨てることを勧める!」

「それだと他の女の子がかわいそうじゃないか!!僕にはそんなひどいことなんてできない!」


俺たちはパニクっていた。

いや、こんな手紙をもらってパニックにならない奴なんていないだろう。

傍観者であればそんなこともないだろうが、当事者になってみたらもはや恐怖でしかない。


「わかった卯月…先の二つは俺が処分しておく。それと時間も無くなっているから次の手紙で一旦終わりにしよう」

「わかったよ…僕から相談を持ちかけたことだし、睦月くんの提案に乗るよ」


そして今回最後となるラブレター(残りの手紙はまともなやつ八割、ヤベーやつ二割とのちの卯月は語る)を手に取り、中身を見る。


『卯月きゅんへ

今度のグループで集まった時に私の制服をお貸ししますのでぜひ着てください。

卯月きゅんなら絶対に似合うと私は信じています。

そしていつものごとく、睦月くんとのキャッキャウフフしているところを私に見せてくださいね。楽しみにしています。      神無月より』


「「…………」」


しばらくの沈黙が訪れる。

卯月はどうコメントしていいのかわからなかったんだろう。

そんな卯月に対して俺は言う。


「卯月…この手紙も俺が処分させてもらう。後、この手紙は三空に見せても構わないか?」

「えっ、僕は構わないけど…睦月くん何するの?」

「特にどうもしない。卯月のプライバシーもあるし、お前には絶対迷惑をかけない。ただ…」

「ただ?」


卯月の顔を見て、俺は満面の笑みを浮かべて、


「不届き者には制裁しなきゃな」


そう言って俺は補修室を出る。

卯月は意味がわかってなかったのか、最後まで頭に?を浮かべていた。


後日、日中であるにも関わらず学校内に女子の断末魔が聞こえてきたとか。

これが後の星園高校の七不思議、『誰もいない教室から自殺した女子高生の悲鳴が聴こえてくる』になるのだが、誰も知る由はなかった。

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