弥生三空のお節介

「如月と朝っぱらから釣りをしていただと?朝の弱い貴様が珍しい」

「本当、人生何あるかわかんないもんだよなぁ」

「貴様はいつからそんなにジジくさくなった。私と同い年だろうに」


如月と釣りを終えて家に帰宅すると何気上から目線の幼なじみ、弥生やよい三空みそらが家に上がって待っていた。

俺は朝が弱いので、幼なじみのよしみというやつで毎朝起こしに来てもらっている。

毎日来なくてもいいとは言ったものの、寝坊して何度か遅刻しかけ、その度に激怒されているので今ではありがたく思うようにしている。

律儀なこって。


「それよりも早く支度しろ。今日は日直だから早く行かなくてはならん」

「それなら先に行っててくれてもいいのに」

「貴様も日直なのだが?」


いちいち睨むなおっかないおっかない。


「べ、別に忘れてたわけじゃ」

「貴様は中学の頃、私に日直の仕事を全て押し付けたことがあるな?朝だってチャイムが鳴るギリギリのところで登校し、休み時間は気付けばどこかにふらっと消え、放課後になれば掃除もなんもなしにすぐに帰ったことがあるよな?それを忘れたと?いつも思うが貴様、いい度胸してるよな?」

「…ごめんなさい俺が悪かったですこの通り許してください」


過去を蒸し返されてはこちらも下手に出るしかなかった。

今の俺はすごいぞ?

平常時から土下座に移る時間、わずか0.5秒。

目にも留まらぬ速さである。


「謝って済む問題なら警察などいらない。ましてやそれが何回も続くと尚更だ。そうは思わんか?」

「………」


待ってこれもしかしてブチ切れてない?

嘘でしょ、三空ってこんなに沸点低かったっけ?

誰だ弥生をこんな短気ゴリラにしたの。


俺か!?


「ほーう?過去の狼藉を謝罪のみで解決させようとするに飽き足らず今度は人をゴリラ呼ばわりか。いっぺん海の底に沈んでみるか?」

「なんで心が読めるかわかんないけどマジでごめんなさいそれだけはご勘弁ください俺が悪かったです」


いつからだろうか。

俺は三空に頭が上がらなくなっていた。





「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

「今更何を言っている。貴様がもう少しまともな生活を送っていれば私がわざわざ出向くことはなかったというのに」

「本当、三空様様だよな」

「自覚があるんならもっとしっかりせんか」

「はいはい」

「はいは一回だ」

「おかんかよ」


あれから三空の厳しい監視下の中支度をし、何時もより早い登校をしている。

お互い口ではこう言っているものの、いつもこうして2人で過ごしていることが多いため、ある種の安心感がある。

睨まれたり悪態つかれたりしてもこれはこれで楽しいのだ。


「そういえば最近の調子はどうだ?一時期かなり疲れた様子を見せていたが…」

「え?まあなんとかなってるよ。あのグループにも慣れてきたしな」


なんだかんだ心配してくれるあたり、やはりというかなんというか三空は三空なんだよなぁ。

他人には素っ気ないくせに、近しい間柄ともなれば口こそ悪いけれど気にかけてくれる。

不器用で心根は優しい、それが弥生三空という女性なのだ。


「いや、それならいいんだ。一夜があそこまで疲労を滲ませるとは思わなくてな…」

「本当、なんだかんだ優しいよなお前、それに何度救われたか…」

「それはこちらのセリフだ!今掘り返しても仕方ないのだが、あの時は一夜にどれだけ救われたと思っている!」


昔、といっても中学の頃だが、色々あった。

俺も三空も人と付き合うのは嫌いではなく、むしろ率先して関わるほうで友達もそれなりに多かった。

だけどあの日のあることがきっかけで俺も三空も変わってしまった。

守るためとはいえ、あんな苦い思いはもうしたくない。


「…やめるかこの話題。もう過ぎたことだし、今思い出しても仕方ねえよ」

「うむ…ただ、私としては多少疲れても今の方がいいと思っている」

「それについては同感。振り回されてばっかりだけど、逆にそこまで気を遣わなくていいかもな」


過去と現在を比べながらひたすらに目的地を目指して歩いてゆく。

学校が近くにつれ、同じ制服を着た奴らがちらほらと増えてきた。


「…なんか妙に視線がすごいのだが、気のせいか?」

「気のせいならいいんだけど、俺でもわかるぞこの視線」


俺達、というよりは主に三空にだけど。

改めてよく見ればこの弥生三空はなかなかに美人である。

ぱっちりとした目にぷっくらとしたほっぺ、ボンキュッボンと擬音が出てきそうな見事なスタイルでしゃんとした背筋、腰まで伸びた黒髪をまとめてポニーテールに仕立て上げ、まさに理想といった女性像である。

そんな人間と隣で歩く俺に対して何者だあいつみたいな声も挙がっているのだが、その言葉が俺を少し優越感に浸らせる。

別に彼氏彼女の関係ではないのだが、それはそれ、これはこれである。


「…まあ良い、何もしてこないなら別段気にすることもないだろう。もし私や一夜に何か手を出すようならば…消す」

「気持ちは嬉しいけどそれはやめなさい。お前が言うと冗談に聞こえないから」


元々お節介焼きたったけどあの時からさらに気にかけてくれるようになった気がする。

三空には苦労かけさせるな。


「そうだ一夜よ、おばさまから弁当を預かっている。受け取れ」

「ありがとう、と言いたいけどもっと別のタイミングで渡せなかった?」

「なんだこの後に及んで文句か。いいだろう、相手してやる」

「なんでいつも食ってかかってくるかはわからんが、今はいい。俺は周りの視線が気になるから一足先にいかせてもらう!それじゃ!」

「こら待て!逃げるな!」


弁当をもらった瞬間から視線がとてつもなく集中したため、逃げるように走り出した。

瞬間的に俺を追いかける三空。

朝っぱらから追いかけっことか元気だね俺ら。


うん、この距離感はやっぱり落ち着く。

お互い異性としては認識はしているし好意もある。

だが恋愛のそれではない。

例えるなら兄妹みたいなもんだ。

いや、姉弟か?

それはどっちでもいいのだが。

いや、よくない(反語)。

俺が兄だ、と思いたい。


それはさておき、この楽しい時間を、いつまで続くかわからないこの日常を、三空との距離感を俺は手放したくないと思った。

欲望に忠実、それでいいじゃないか。

あとでできるだけ後悔しないよう、何事も進んで取り組んでみよう。

やらない後悔よりやる後悔だ。

俺は三空から逃げる最中、そう考えながらダッシュで学校を目指した。





余談ではあるのだが、この後すぐ俺は三空に追いつかれ、呆気なく捕まったことをここに報告する。

俺も鍛えてるはずなのにこういう時だけ早いんだから。

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