如月二美の趣味

「睦月遅い。時間が限られている以上、遅刻は許されたことじゃない」

「…遅くなったことには申し訳ないと思っている」


俺はなぜか目の前にいる女子、如月きさらぎ二美つぐみに呼び出しをくらっていた。

如月は身長は165センチと女子にしては高い身長を持ち、出るとこは出てはいないものの全体的にほっそりしており、いわゆるスレンダー体系といったところだ。

それでいて顔もなかなかに可愛く、垂れ目で基本無口なのもポイントが高いのか、ファンも多いのだとか。

だがそれはそれとして、俺は如月に物申したいことがあるのだ。


「私は基本感情を表に出すことはないからわかんないかもしれない。でも、私は今とてもワクワクしている。私のワクワクした衝動は誰にも止められない。諦めて」

「普段は無口なお前がこんなにしゃべってるから今がとても楽しいんだろうなってのはわかる。俺も止めようとは思わないし、むしろ尊重したいと思っている。だがな…」


ここで一呼吸おいて、


「今何時だと思ってる!?早朝の4時だぞ!?しかもそんな時間に海に呼び出されるこっちの身にもなってみろ!?」


そう、こんな日も昇りかけている朝の時間に呼び出されたのだ。

しかも今日は平日だぞ?

この後学校ぞ?


「文句言いながらもなんだかんだ来てくれる睦月はとてもいいやつ。称賛に値する」

「今ここで褒められても嬉しくもなんともないんだが…」


なんでこんなことになったのかと言えば、話は昨日にさかのぼる。





『睦月、明日の朝にちょっと手伝って欲しい』

「ん?如月から?なんだ?」


誰かからLIMEがきていたから確認してみるとそこには如月の名前が。

無口ではあるものの、あの総勢12名で構成されているグループのうちの1人であり表情がいまいち読めない人物である。

必要最低限の会話や誰かを注意(騒音問題のみ)でしか声を聞けないし、お互いあまり話すこともないからこうして連絡が来ること自体非常にまれである。


『一応予定は空いてるけど、いったいどうしたんだ?』


ひとまず返信をしてみる。

すると既読はすぐにつき、


『指定の時間と場所を送るから、送れないで来て。ちなみに拒否権はない』


と返信がきて、添付ファイルも一緒にきた。


「なんか如月にしてはやけに強引というかなんというか、どれどれ…」


添付されてきたファイルを開き、すぐに空いているといったことを後悔することになった。




「だからって昨日の今日でこれはどうなんだよ…しかも何をするかなんて聞いてないし…」

「そういえば言うの忘れてた。今日やるのはこれ」


おい、忘れてんじゃねえよ発案者。

とはあえて言わない。

無粋なことは言わないのだ。

そう思いながら如月の指差す方を見ると、


「…釣り?」

「そう、釣り」


そこには釣竿含めた釣り道具一式があった。




「この前の会話で釣り提案してたのは割とマジだったのな…」


俺たちは堤防の方へ移動し、釣り糸を垂らしていた。

とはいっても魚が釣れるまでは暇なため、隣にいる如月と話すことにした。


「私はやりたくもないことは提案しない。時間の無駄」

「時間の無駄て」

「確かに私たちはその無駄を楽しんでもいいかもしれない。でも社会人はその無駄を当たり前だと思うようになる。会議で一つの議題に対して一時間も二時間もかけ、挙げ句の果てには話題が逸れて余計に時間をかけることもある。そんなの許されることじゃない」

「お前急にめちゃくちゃ喋るな。普段どれだけストレス抱えてんだよ」


普段の如月とは思えないほどの饒舌じょうぜつっぷり。

普段無口なのはキャラ作りなのかと思ってしまう。


「私は元々こう。うちの男子たちも女子たちもみんな個性的だから。主に霜月。だからたまにはどこかで発散しないと爆発しちゃう。ボカーンと」

「ボカーンと」


この子は疲れているのだろうか…

でもなんとなく気持ちはわからんでもない。

人付き合いは必ずしもいいことだけとは限らないし、如月みたいに取りつくろわなければならない時もあるのだ。

ましてやうちのグループはみんながみんな個性的でまとまりがないため、テンションを合わせるのに大変だったりする。

こいつも苦労してんだなぁ…


「それに睦月もみんなに振り回されてる。息抜きも大事」

「そう考えてくれるのは嬉しいけど俺からしたらこの釣りも振り回されてる要因だからな?」

「…なんのことかわからない」


しらばっくれるんじゃないよ。

さては確信犯だなお前?

そう考えても仕方ないので話題を変えることにする。


「そういえば、なんでこの時間に釣りなんだ?何か釣りたいのでもいたか?」

「いい質問。そもそも朝方に釣る理由は魚が釣れやすいから。日中でも釣れるけど魚の活動時間的には朝方か夕方に釣れやすい」

「えっ、そうなの?」

「うん、それと釣りたい魚は特にいない。カレイとかイシダイが釣れればいい方。朝方だからといって釣れる確証はどこにもないから」

「割と詳しいな。もしかして結構やってる?」

「今までは夕方に釣りをしていたけど最近はみんなで集まってるから」

「そうだな。如月はあの中にいて疲れないか?」


如月は無口だ。

それに加えて感情が表に出ないから基本無表情だから他の人に勘違いされやすい。

友達も最近まではいなかったらしい。


「それは大丈夫。むしろ睦月のほうが疲れてる感じから気にするべき」

「一応気にしてはいるんだけどなあ…」

「睦月には感謝してる。疲れるけどあのグループは私の居場所になってる」

「そっか、それは良かった」


こうやって面と向かって感謝されるのは照れるが、ありがたく受け取っておこう。


「そういえば弥生と仲いいんだ」

「まあ近所だし、保育園にいる時から一緒だからなあ」

「俗に言う幼なじみってやつ?羨ましい」

「羨ましいか…?」


三空とは俺らが生まれた時からの付き合いだ。

お互い父親がいないということで母親同士が助け合っていて、自然と関わるようになっていた。

気付けばいろいろ話し込んでいたようで、魚が釣れることもなく時間は5時半を回っていた。


「今日は釣れない日…不覚…」

「まあそういう時もあるだろ。それも釣りの醍醐味なんだし…って如月、竿引いてね?」

「えっ、ほんとだ、引いてる」


如月の釣り竿がしなっている。

てか当たりがきてるのにテンションあがんないとか、ある意味如月らしい。


「魚を誘う動作とか何にもしてなかったから正直釣れるとも思ってなかった」

「お前ほんとに真面目に釣りに来たのか?」


衝撃発言だよ。

そうだよね、魚も餌に動きあったほうが食いつくよね、なのにそれを今まで怠ってきたとか何事だよ。

竿を引きつつリールを巻いていく如月。

どことなく様になっているのはやはり経験者だからだろうか。

そう思っていると魚を釣り上げ、こっちに見せびらかしてきた。


「おおー!ほんとに釣りやがった!!この魚はなんていう魚だ?」

「これはイシモチ。お刺身にして食べると美味しい」

「へぇ、刺身かぁ…」


イシモチなんて魚初めて聞いたし刺身美味しい言われたら食べたくなってくる。

そんなことを考えていると腹の虫がなった。

しかも音がかなり大きかったため、如月にも聞こえたようで、


「お腹すいた?よかったらお刺身食べてく?」

「えっ、いいの?」


どうやら気を遣わせてしまったかもしれない。

だけど刺身を食べたかったのは本当なので、好意を受け取ることにした。

そうと決まれば行動は早く、片付けを素早く済ませ、如月家にて朝食をいただくことにした。

イシモチの刺身は身が柔らかくて美味しく、とても満足した朝食だった。

たまにはこういうのも悪くないな。



そしてまた後悔することになる。

それは学校へ行く準備をするため、ご飯を食べ終わってすぐに家に帰宅した時のことだった。


「めちゃくちゃ眠い…」


普段割とギリギリの時間に起きて登校するため、早起きに慣れていない俺は早々に体力が尽きかけていた。


「これは授業中居眠りして三空に怒られるパターンかな、はは…」

普段なれないことをするもんじゃないな、とも思った朝である。

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