(5)
この国の首都機能は、2つの塔の麓に各2つづつ有る計4つのドーム型の要塞都市が代行する事になったらしい。
僕達は、早速、新しい首都の近くの軍事キャンプで基礎訓練をやる事になった。
「帝国中央行政府の他に『神』は無く‼」
僕が配属された部隊の教官が大声で、そう叫んだ。
角や尻尾や翼以外は人間に似た体型。血の毛の無い嫌な感じの白い肌に金髪に青い目。コート風の黒い軍服。どうやら、僕達みたいな他種族の傭兵じゃなくて、生粋の「体育会系」魔族なのだろう。
「帝国中央行政府の他に『神』は無く‼」
僕達は続けてそう叫んだ。
「帝国行政府特級参事官・ダァァナルゥヅ・ザㇺネンこそが『神』の最も信頼厚き使徒である‼」
「帝国行政府特級参事官・ダァァナルゥヅ・ザㇺネンこそが『神』の最も信頼厚き使徒である‼」
「……で、その特級参事官サマは、あの状況で生きてんのか?」
佐藤が小声で、そう言った。
「言うまでもないが、我が国の首都が何者かの攻撃により壊滅したなどと云う事実は無い。諸君らは、敵が撒き散らしたデマに惑わされないように」
「あ……あの……じゃあ、あっちに有る出来立てホヤホヤのバカデカい廃墟は一体……?」
佐藤は手を上げてそう言った。
「廃墟など無いぞ」
「有りますよ」
「無いぞ」
「いや、まだ、煙みたいなモノが、もうもうと……」
「見えないぞ」
「見えます」
「君は異世界からの転生者だったな」
「そうですが……それが何か?」
「だとすれば、多分、新しい体の感覚器官に、まだ慣れていないのだろう。廃墟が見えるのなら、新しい体に慣れていないせいで見えている幻だと思いたまえ」
「え……えっと……」
僕をいじめてた奴は見事に論破された。
元の世界では優等生でも、ここでは違うようだ。
ざまあ見……あれ? 何故、心臓がバクバクして、呼吸が荒くなってるんだろう?
あ……まずい……。前の世界で……高校に行こうとした時と同じだ。僕の心の奥底で、何かが「このままじゃ大変な事になる。すぐに逃げろ」と警告している。
しかし、周囲には無数の魔族。そして、冗談じゃない……膝がガクガクして、立ってるのがやっとだ……。逃げられない。
「君達は基礎訓練が終り次第、『壁』に陣取る反乱者達の殲滅作戦に参加する事になる。君達が、ここに来る前とは予定がいささか変ったが、我が国の首都を攻撃した不心得者達への報復は、速やかに行なう必要が有るのでな」
「す……すいません……」
佐藤が再び手を上げた。
「あの……その『敵』は、この国の首都を攻撃したんでしょうか? してないんでしょうか? そして、攻撃したのなら、被害の規模は……?」
「君の疑問は、異世界からの転生者特有のものだ。この世界に転生した以上、異世界の考えは捨てろ」
「この世界では、そう云う疑問を抱く必要が無いと言うんですか?」
「そうだ」
「い……いや……いくら何でも……」
「敵は、首都を攻撃したと同時にしていない。被害は甚大であると同時に皆無だ。そして、君は、まだ、この国の慣習を知らないようなので、忠告しておくが、この情報は国家機密であると同時に公知の情報でもある。発言に気を付けるように」
「えっ?」
「君は、たった1つの『正義』か『倫理観』で物事を判断しようとしているようだ。だが、もう少し柔軟な思考が出来るようになりたまえ」
「柔軟……ですか?」
「ああ。自分の内に、たった1つの『正義』や『倫理観』しか無い者は危険だ。そのような者は『正義の暴走』を引き起す。自分の中に複数の『正義』や『倫理観』を持つようにしたまえ」
「は……はぁ……」
「自分の中の『正義』や『倫理観』で、上の者の言う事を判断してはならない。むしろ、上の者が言っている事に合せて、自分の中の『正義』や『倫理観』を柔軟に切り替えるようにしたまえ」
「切り替える……ですか?」
「そうだ。あそこには廃墟が有ると同時に、あそこには廃墟など無い。上の者が『廃墟が有る』と言った時には、あそこに『元から廃墟が有った』ように振る舞う事が出来て、上の者が、『廃墟など無い』と言った時には、あそこには『最初から廃墟など無かった』かのように振る舞う事が出来る。そうならないと、この国では生きていけないぞ」
「地獄かよ……ここ……」
木村くんが、そう呟いた。
「だから、地獄だって」
その横に居た見ず知らずの……多分、僕と同じく他の世界からの転生者らしい……魔族が、そう指摘した。
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