第13話
木村さんはその後も調子が悪く、家から外に出られない日が続いた。時々僕の携帯に電話がかかってくる。木村さんの調子がいい時に、いつでも電話を下さいと、僕は頼んでおいたのだ。
だいたい夜の十二時ごろに電話がかかってくる。電話口の木村さんは明るくて、お散歩デートの時みたいに僕たちは楽しく話をした。何もかもが美しく見えると、木村さんは言った。
「午前中はわたし、まるで死んでいます。それがね、お豆腐やさんのラッパが聞こえて、夕暮れになってくると、心がしみじみとしてくるの。なんて言うか、悲しい映画を見終わった後のような気持ち。むなしいような、やりきれないような。わたしは自分の部屋から空を見上げて、どこかに飛んで行ければなあ、と思うのよ」
「空が暗くなって、お父さんが帰ってきたら、晩御飯を食べます。食べられないことも多いのだけど。ご飯のあと、弟とお風呂に入るの。元気な弟を見てると、この子と脳みそを取り替えたいな、と思ったりして。弟の頭を両手で掴んで、揺さぶってみたりしてね。すごく頭の形もいいの。最近は、頭を触りすぎて、弟に嫌われつつあるんだけど」
「夜の十二時が近づいてくると、やっと心が落ち着いてくる。それでお父さんに携帯を借りて、今、菅原君に電話かけてるの。そう、番号も登録したから。ほんとに不思議なんだけど、真夜中の短い時間だけ、いろんなものがピカピカ光って見える。きれいに見えるのよ。やっぱりわたし、頭がおかしいと思うな。感覚も、すごく鋭くなってると思う。ほんの短い間だけね。それで調子がよければ絵を描きます」
「朝日を見るのがすごく怖ろしい。だから、布団をかぶって四時頃に寝ます。なかなか眠れなくて、そのまま朝になってしまうこともあります。朝が近づくと、鳥がさえずり始めるでしょう? それを聞いていると、体と頭が石のようになっていくの。それで、石のまま眠ることが多いです」
色々話をしていて、木村さんが一番調子が良いのは、深夜二時頃ということが分かった。さすがにデートをするわけには行かないけど、電話なら、深夜二時でもいいからかけてきて欲しい。僕はそう言った。
僕はバスケ部の練習で、冬休みの間も学校にかよった。年が明けて休みの後半は、木村さんと深夜に長電話をたくさんして、寝不足になった。部活はハードなので寝ないとキツイ。しかし、シュートは相変わらず外れない。フラフラになりながら、ロングシュートの練習を延々とやる。
「スガ、その笑いやめろ。気持ち悪い」
慎ちゃんに注意された。
「僕が? 笑ってた?」
「薄ら笑いっていうか、なんか、薬をやってる人みたいだぞ。顔色悪いし。大丈夫か?」
「大丈夫。寝てないだけだから」
「それは大丈夫っていわねーよ!」
慎ちゃんにボールをぶつけられた。そのまま僕は体育館の床に倒れこむ。床が冷たくて気持ちがいい。このまま眠ってしまいたい。
「起きろ! スガ!」
ムリヤリ慎ちゃんに引き起こされた。どうもすみません。僕は再び、ボールを持ってシュート練習を始める。やっぱりズバズバ決まる。とても楽しい。
「お前な……。どういうことだよ……」
慎ちゃんが呆れ顔で言った。
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