第12話
クリスマス当日。午後三時に学校の前で待ち合わせて、お散歩をする予定だった。しかし午前中に木村さんから電話があり、予定を変更したいと言う。
「スミマセン。今日は家から出たくないのです」
まるで手紙の文章を読んでいるみたいに、木村さんが言った。
「わかった。残念だけど、また今度だね」
僕は言った。
「……スガワラクン。わたしの家に来ていただくわけには、いきませんでしょうか」
「いいけど、木村さん、外に出られないんでしょう?」
「私の家の、クリスマスパーティに出席していただきたい。家族もおりますが、ダメでしょうか!」
「い、いいですよ。喜んでお邪魔しますが」
むしろ木村さんが、それで大丈夫なのか不安だが。
「では、午後六時にいらして下さい。ゴメンネ」
息の詰まるような話し方で、木村さんが言った。
「楽しみにしてるよ、じゃあまた後で」
僕はそう言って、電話を切った。
予想外の展開になったが、これはこれで楽しみだ。しかし、家族に僕を引き合わせることが、木村さんの負担にならないのだろうか。木村さんはかなりの恥ずかしがり屋なのだ。まあ、本人が来いと言っているのだから、問題ないのだろう、たぶん。
木村さんは、家族のことをめったに話さない。しかし確か、年の離れた弟がいると言っていたはずだ。僕は出掛けに、地元の商店街のおもちゃ屋に寄って、いろいろ物色してみた。しかし千円の予算ではろくなものが買えない。それで考えたあげく、百円ショップで蓋付きのバケツを買い、急遽家に引き返した。押入れの中から、昔よく遊んだレゴブロックを引っ張り出す。お下がりで申し訳ないけど、レゴは楽しいからいいだろう。これで準備は整った。時計を見たら午後五時半を過ぎていた。レゴの入ったバケツを抱えて、僕は慌てて家を飛び出した。
呼び鈴が無いので、思い切ってガラガラと玄関の戸を開ける。
「ごめんくださーい」
家の中に向かって大きな声で呼びかけると、居間の方から男の子が飛び出してきた。僕の顔を見て、にっこりと笑う。幼稚園ぐらいかな。
「オネエサマー。すがわらくんきたよー」
二階の方に向かって、男の子が大きな声で言った。上の方で音がして、階段を木村さんが下りてきた。
「お招きありがとうございます」
僕が言うと、無言で木村さんが頷き、僕の手を引っ張るようにした。
「ちょっと、ちょっと待って。靴脱ぐから」
なんというか、寝起きのような不機嫌な顔をして、木村さんが強引に僕の手を引っ張る。引っ張られながら、なんとか僕は片手で靴を脱いだ。そのまま廊下を進む。弟さんが嬉しそうに、僕らの周りを飛び跳ね回る。姉と弟のテンションの差がすごい。
大き目のこたつを囲んで、ご両親と、おばあさんが座っている。こたつの上にはごちそうがたくさん。僕が遅刻したので、みなさん、待っていてくださったようだ。申し訳ない。
「初めまして、菅原と申します。今日はお招きありがとうございます」
僕は頭を下げる。
「やあ、いらっしゃい。木村です。どうぞよろしく」
やさしそうなお父さんだ。
「あなた、みんな木村なんだから。木村って自己紹介しても意味がないわよ。ねえ? 菅原君」
木村さんに似ている。お母さんも美人だ。
「ねえ、そのバケツなにー?」
弟さんは元気が有り余っている感じだ。
「ケンちゃん、ほら、ちゃんとお座りして」
おばあさんが、ケンちゃんを押さえつけようとする。目が合ったので、僕は会釈をした。おばあさんがにっこりと微笑んだ。
一方木村さんは姿勢を正し、目をつむってコタツに入っている。まるで瞑想しているようだ。
こちらへどうぞ、とお母さんに言われて、僕は木村さんの隣に座った。そうしたら弟さんが、僕ここに座る、と言って、僕と木村さんの間にグイグイと割り込んできた。木村さんが自分のポジションから微動だにしないので、弟さんは結果的に僕のひざの上に乗って、嬉しそうにしている。人見知りしない子だ。
みんなのコップに飲み物が注がれ、お父さんが音頭を取って乾杯した。お父さんが、クリスマスおめでとう! と言って、お母さんに突っ込まれている。
「……菅原君」
木村さんが真剣な顔で僕を見ていた。びっくりした。
「ハイ」
「また後で」
そう言うと木村さんはスックと立ち上がり、居間を出て行ってしまった。僕は呆然とその背中を見送る。ご家族は……特に反応なし。これはいったい……。
「まあ菅原君、ビール飲もうよ」
お父さんが、いきなり新しいコップにビールを注いでくる。
「いやー、まだ高校生ですし」
「ぼく、ビールのむ」
弟さんがコップに手を伸ばすので、仕方なく僕はビールのコップを持ち上げた。
「あらいける口」
お母さんがはやし立てる。なんだか、後にひけなくなってしまい、僕はビールをぐいっと一口飲んでしまった。おばあさんを含めて、みんなが拍手をする。
家族揃って楽しいクリスマスパーティ。僕はお客というよりも、家族の一員となって、まったりと時間を過ごした。いったい僕はなにをやっているんだろう。ケンちゃんにレゴのやり方を教えると、彼はすぐに学習した。レゴで作った車で、交通事故ごっこを発明し、大笑いしながら遊んでいる。一緒になって僕もかなり楽しんでしまった。
「そろそろ帰ります」
ケンちゃんが少し眠そうにしたところで、僕は我に帰った。時計を見ると八時半だ。ケンちゃんが、まだ遊ぶー、と言って粘ったが、また今度ね、と僕は言う。お母さんが、木村さんを呼びに行ってくれた。
「おじゃましました」
お父さんとおばあさんに向かって、僕はあいさつする。
「またきて下さい。それと、京子をよろしく」
お父さんが、変わらない笑顔で言った。僕は黙って頷く。
廊下に出ると、木村さんが玄関に立って僕を待っている。バイバイ、とケンちゃんに手を振って、お母さんにもあいさつをして、僕と木村さんは外に出た。
駅に向かって暗い道を歩く。木村さんはなにか、思いつめたような表情をしている。僕が話しかけても、木村さんは気の無い返事を返すばかり。あんまりセカセカ歩くので、僕は木村さんの手を掴んで、少しひっぱるようにした。それで、ようやく歩調が緩まった。
駅の近くで木村さんが進路を変えた。嫌な予感がする。案の定、木村さんはラブホテルの前で立ち止まった。
「予約してあるの。入りましょう」
素晴らしい笑顔を作って、木村さんが言った。
「僕は、木村さんとそういう事を、すごくしたいよ」
木村さんが、うん、と頷く。
「でも、泣いてる木村さんとしたくない」
木村さんが頭をぐっと下げて俯いた。僕は木村さんの手を取って、歩き始めた。もっと抵抗するかと思ったけれど、木村さんは素直に僕について歩き始めた。それで、僕はほっとした。
駅の反対側は、住宅街でひとけが無い。小さな公園のベンチに僕らは座った。木村さんは疲れたような顔をしている。
「木村さん、左手出して」
少し不思議そうな顔をして、木村さんが左手を出した。僕は木村さんの左手を取って、薬指に銀の指輪をはめた。
「これ、クリスマスプレゼント。婚約ってわけではないけど、愛している、ということで。薬指でいいかな、よく知らないんだけど」
左手の薬指の指輪を、木村さんが右手で触った。
「わたし……プレゼント無いよ」
「いいよ。この指輪もね、実を言うともらい物なんだ。前にも少し話したけど、僕のおじさんがタイに住んでいて、この前電話で話したんだ。それで、木村さんのことも少し話したら、僕の誕生日祝いに、この指輪を送ってくれたんだ。彼女にプレゼントしろよって。タイは銀製品で有名らしいよ。友達のオカマの人と一日かけて選んだから、感謝しろよって手紙に書いてあった。それでね、まだあるんだ」
僕は木村さんの首に、少し苦労してネックレスをつけ、さらに頭にティアラを載せた。
「まったく、何を考えてるんだろうって感じだよね。ほら、オカマの友達の写真まで入ってたんだ」
写真にはネックレスと、ティアラと指輪をつけ、にっこりと笑っているオカマさんの、ゴージャスな姿が写っている。
「ありがとう……なんだか、とても……なんでだろう」
涙をポタポタ落としながら、オカマの写真を手に持って、木村さんが微笑んで言った。
「その格好で泣いてると、ちょっとミスユニバースみたいだよ。優勝は、ミスジャパン! 嘘、信じられない! みたいな」
僕は笑って言った。
「わたし、菅原君のこと、すごく好きかも」
「かも?」
僕が驚いた様子で言ったら、木村さんがようやく、本当に笑った。
夜の公園でキスした。ティアラをつけた木村さんは、薄幸のお姫様みたいに見えた。
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