第11話

 木村さんが苦しんでいたことに、僕は全く気がついていなかった。デートをして、一人で楽しんでいたと思うと、なんだか薄ら寒いものがある。僕は木村さんの復活を待つと言ったけれど、時間が事を解決してくれる保障は、どこにも無い。

 木村さんの人生はドラマチックすぎる。人生は、そんなにドラマチックじゃない。少なくとも僕の人生は。

 きっと僕は、非常に感覚の鈍い人間なのだろう。木村さんの苦しみを理解しようとしても、そこまで想像力が及ばないことが、自分でよく分かる。何か、大切なものがある事は分かるのに、決して僕はそこに近づけない。木村さんの不思議な絵をただ横で眺めているみたいに、傍観者になってしまう自分がいる。

 精神的なダメージというものが、僕には良く分からない。だけど、今回はさすがに僕もダメージを受けたような気がする。不謹慎だけど、この感覚は僕にとって新鮮だ。心の中で撫で回して観察してしまう。僕は心の無いロボットのように、人間の痛みをなんとか理解しようとしている。

 最後のデート以来、バスケ部の練習や試合で。ロングシュートがズバズバ決まっている。気持ちは落ち込まず、僕はこういう時に冷静になってしまう。本当はもっと、悲しい気持ちになるべきだと思う。だけど僕の放つシュートは、ことごとくゴールに吸い込まれて行く。試合で活躍しても、喜びが全く無い。このままでは、僕は本当にロボットになってしまいそうだ。

「なにか、自信に満ちた顔をしているな」

 バスケ部の練習中に、慎ちゃんが言った。

「それって、どんな顔? どんな風に見える?」

 僕は言った。

「そうだな……。少し、笑顔が増えたかな。シュートをうっている時、お前、生き生きして見えるよ」

「生き生きしてるのか……」

 情けなくて、お腹の底から笑いがこみ上げてきた。


 学校では木村さんとほとんど話さない。時々視線が合うと、木村さんが困ったような笑顔を浮かべた。僕も笑顔を返すことしか出来ない。何もしないまま時が過ぎて、木村さんの存在が、どんどん遠くなっていくような気がした。

 二学期の終わり、終業式の前の日。授業が終わって、部活に行く準備を整えていると、いつの間にか木村さんが目の前に立っていた。僕が視線を合わせると、木村さんが少し微笑んで、声を出さずに何か言った。そして僕が言葉を返す前に、木村さんは振り返って教室を出て行った。

 以前僕らが放課後にデートをする時、木村さんは同じような合図を使っていた。学校から少し離れたところにある、小さな公園で待ち合わせて、散歩が始まることになっている。

 しかしこんなに早く、木村さんが立ち直ったとも思えない。何か、もっと悪いことが起きたのではないか。暗い気持ちをお腹の中に抱えて、僕は教室を出た。


「クリスマスに、デートしましょう」 

 木村さんの思いがけない一言だった。

 待ち合わせの公園で落ち合い、僕らは近くの商店街をぶらぶらと歩いている。久しぶりと言うほど昔でもないのに、このお散歩の感じがたまらなく懐かしい。デートの時のうきうきした気持ちを僕は取り戻した。

「僕は嬉しいけど、木村さん大丈夫?」

 僕が言うと、木村さんが首を振った。

「ごめんね。あまり大丈夫ではないの。でも私たち、付き合ってるんだから。クリスマスはデートしないと」

 木村さんが目を伏せて言った。

「無理しなくていいよ。本当に」

「デートしたいの! クリスマスは!」

 突然大きな声で木村さんが言った。驚いて僕は木村さんの顔を見詰める。少し恥ずかしそうな顔をして、木村さんが言った。

「……だって、大事なイベントだよ……」

 クリスマスのデートにこだわる木村さんの気持ちが、分かるような気がする。そうやって僕らは、繋ぎ止めて行く必要があるのだ。僕も、もっとよく考えなければいけない。

 木村さんの家のあたりまで、一緒に歩いた。そして、木村さんが何度も振り返りながら、路地の奥に消えて行った。大丈夫。クリスマスはデートだ。僕は部活に出る為に、学校へ向かって歩き始めた。

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