第7話

 九月二十五日。僕の十七回目の誕生日。だからどうしたと言うわけでもないのだが、僕の誕生日には恒例の行事がある。母の弟、つまり僕のおじさんが電話をかけてくることになっている。

 おじさんは東南アジアを旅しながら、貿易関係の仕事をしているらしい。「らしい」というだけで、細かいところは不明だ。日本にもあまり帰ってくることが無くて、住所も定まっていない。それで僕の母と祖母にとても心配されている。そんな怪しい人物が、僕の誕生日だけは几帳面に覚えていて、必ず電話をかけてくる。と言うわけで、たまに気まぐれで電話をかけてくることもあるけれど、僕の誕生日は年に一回、おじさんの生死を確認する確実な機会でもあるわけで、家族の中では結構重要なイベントになっている。

 朝、家を出る時母親に、今日は早く帰ってきてね、と涙ながらにお願いされる。そんなに心配しなくても、あのおじさんは簡単に死んだりしないと思う。僕の母親は心配性なのだ。何かにつけて、公一ちゃんはどうしてるかな、などとつぶやいている。公一というのはおじさんの名前だ。漢字は違うけれど僕と同じ名前。僕の名は、母親がおじさんにあやかってつけた。あやかるほど偉大な人物でもないと思うけど。

 去年の誕生日にはおじさんに一万バーツ貰った。二十バーツのお札で五百枚。誕生日にタイから小包が届き、空けてみると分厚い札束が入っていた。なんとなく嬉しかったが、計算するとせいぜい三万円ぐらい。しかも、どこで円に換金できるのか分からない。下手したら、郵送費の方がかかっているんじゃなかろうか。札束は結局、僕の机の引き出しの中で眠っている。まあ、ユーモアのセンスはあると思う。ある意味、偉大な人物かもしれない。

 放課後、今朝の母親の泣き顔を思い出して僕はまたバスケ部をさぼり、一直線に帰宅した。恐らく僕の携帯電話に電話が掛かってくる。母親はおじさんとの会話を待ち望んでいる。一度電話を切ってしまうと、再びおじさんに電話が繋がる保証は無い。母親を悲しませる理由も別に無い。午後四時には家に到着した。

 念のために早く帰ってきたけれど、おじさんが電話をかけてくるのは、恐らく夜だろうと僕は思っていた。おじさんは明るいうちに電話をかけて来ない。間違いないと思う。

 一年に数回話すだけなのに、なぜだかおじさんの気持ちが分かるような気がする。この感覚は年々強まっている。母親は最近僕を見て、おじさんの若い頃にそっくりだと言う。普通は、父親とそっくりとか言うものだ。しかし当の父親まで、公一君とそっくりだなと言って笑っている。名前も同じだし、なにか通じるところがあるのかもしれない。

 午後八時、タイの首都バンコク、怪しげなバーからおじさんは電話をかけてくる。僕はそう予想した。

 しかし電話がかかってきたのは午後十時だった。妙に長い電話番号が携帯の画面に表示されている。間違いなくおじさんだ。

「光一? 誕生日おめでとう」

 久しぶりのおじさんの声。

「バンコクですか?」

「よく分かったな。逆探知?」

 おじさんが笑った。

「怪しげなバーから、電話をかけてますね?」

「あれ? テレビ電話? 丸見えかよ。じゃあついでだ、店の名前を当ててみな」

「日本人向けの店ですか?」

「おいおい、結構研究してるな。違うよ。なんて言うか……オカマバーだな」

 おじさんが可笑しそうに笑った。

「店の名前は……キングパワーでどうですか」

「おしい! キングキャッスルだよ。何お前。超能力に目覚めた?」

「最近、おじさんの気持ちが分かるんですよ。見た目もそっくりだって母に言われますし」

「それはよかったな。おじさんにそっくりなら、女の子にもてるよ。でもまあ、女の子で苦労もするな。間違いない」

「女の子で苦労するって、どういうことですか」

「そうだな……。まあ、おいおい教えてやるよ。どう? もててる?」 

「つい先日、初めて彼女ができました」

「え? 彼女いるのか。やるなあ、光一がなあ。俺も年を取るわけだ。彼女、美人?」

「僕は美人だと思います」

「そうかそうか。でもあんまり美人過ぎると、男だったりするからな、バンコクだと。今もおじさんのとなりに、すごい美人がいるんだけど、これが男の子なんだよなー。迷っちゃうよなあ」

 おじさんの話す声の後ろに、ディープな世界が広がっている。なんだかまぶしい感じがする。

「僕もタイに行ってみたいです」

「いつでも来いよ。楽しいよ。待ってるからな」

 必ず行きます、と答えて、じゃあ母に電話をかわります、と僕は言った。それじゃまたな、とおじさんが、少しさびしそうな声で言った。

 僕は自分の部屋を出て、母のいる居間に携帯を持っていく。今か今かと待ちわびていた母に電話を渡して、僕は風呂に入ることにした。タイのオカマバーを想像しながら、湯船につかる。この位置が僕の十七歳か、と思った。そんなに悪くない。

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