第4話

 バスケ部は都大会の四回戦で敗れた。三年生が引退して、慎ちゃんが部長に就任した。これからは秋の大会に向けて、二年生が中心になって練習をしていくことになる。

 部活が終わった後に希望者が残って、ミニゲームをしている。普段の練習がハードなので、みんな楽しんでやっている。それを横目に見ながら、僕は一人、延々とシュート練習を繰り返す。

 やはり僕は、バスケが好きというよりも、ただシュートすることが好きなのだと思う。練習も試合も、嫌いではないけれど、一人でするシュート練習には格別の面白さがある。ゴールに向かって同じ動作を繰り返していると、だんだん恍惚としてくる。余計な考えは何も浮かばない。バスケットボールを、ただゴールに入れるだけ。シンプルで平和な世界だ。今年の夏休みの思い出は、ただひたすらシュート練習。そんな感じになった。

 二学期が始まった。慎ちゃんに宣言した通り、僕は木村さんに告白するつもりだったのだが、彼女は初日からお休みだった。それからお休みがずっと続いて、一週間ほどしてようやく、木村さんが登校してきた。

 久しぶりに見る木村さんは、前よりも透明度が増している感じだった。とりあえず「透明」と僕が名づけている、木村さんの不思議な感じ。慎ちゃんには言わなかったけれど僕は、一学期にわりと木村さんと交流している。バスケ部をさぼって、木村さんのあての無いお散歩に、何度か同行させてもらった。その時の彼女の言葉がまた透明で、僕はとても引き付けられたのだ。あのお散歩をまたやりたい。

 六時限目の授業が終わって先生が出て行った。みんなが下校の準備を始めている。僕は、木村さんの姿を目の端に捕らえていたが、彼女はあっという間に教室の外に出て行った。僕は慌てて後を追う。動きがすばやい。廊下を走って、階段のところでようやく追いついた。

「木村さん、ちょっと待って」

 階段を駆け下りていた木村さんの足がピタリと止まる。しかしまたすぐに動き出そうとする。

「ああ、ちょっと。木村さん、ちょい待ち!」

 今度はスルーされないように、僕は大声を出した。またピタリと動きが止まる。頭を動かさずになにか、耳をそばだてている感じ。こういう時、普通の人は後ろを振り返るだろう。まあ、木村さんは普通じゃない。

「木村さん、こっちこっち」

 手を振りながら僕は階段を下りて、木村さんに近づく。ようやく彼女も僕に気が付いて、こちらを向いてくれた。しかし無表情。

「一週間もお休みだったけど、何かあったの? 旅行?」

 木村さんがミケンにしわを寄せて、なにか考えている。

「ああ、菅原君か」

 そう言って、ようやく笑顔を見せる木村さん。遅いよ。

「思い出してくれてありがとう。夏休みの間、元気だった?」

「え? 誰が?」

 不思議そうな顔をする木村さん。

「いや、木村さんがだよ」

「わたし? 元気じゃないよ」

 木村さんが笑った。

「元気じゃないのか……。それで一週間休んでたの?」

「元気が無くて、やる気もなくて。生きる気力がなくなりました」

「うん。それで休んだの?」

「そう。ひきこもりになろうと思って。でも、何にもしないでじっとしていたら、頭が爆発しそうになっちゃって。それで、やっぱり学校に行くことにしました。それで来たの、学校」

「学校に来たら、少しは元気出た?」

「うん。わたし、学んだかも。元気が無いときは、ムリヤリ動いたほうが元気が出てくるみたい。これからはそうしようかな」

 フワフワとした笑顔を浮かべる木村さん。可愛い。

「今日はこれからどうするの? またお散歩?」

 木村さんは美術部だが、出席率は悪い。

「うん。どうしようかな。お散歩もいいね。ムリヤリ動こうかな」

「まだ元気無いんだ」

「はい。全然元気無いです」

 じゃあその笑顔は、いったいどこから出てくるんでしょう。

 僕もお散歩に同行させてもらうことにして、二人で学校の外に出た。今日はバスケ部をさぼることにした。このさぼりが僕をレギュラーから遠ざけているのだが、まあ仕方が無い。告白の為なのだから、部長も許してくれるだろう。校門を出て、少しボーっとしていたら、木村さんが一人で遠くに行ってしまうところだった。僕は慌てて後を追いかける。

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