第3話
「スガが好きな木村京子って、どんな人間なのか、まあ俺なりに調べてみたわけだが。スガ、さすがだよ。お前は目の付け所が違うよ」
「そうかな」
「うん。一言で言うと、狂気だな。背が高くて、痩せてて、髪の毛が長すぎる。友達も少なそう。ファッションのセンスもどこかおかしい」
「ちょっと」
「まあまてよ。普通の人間が触ったら、大火傷しそうなオーラを放っている。そのオーラに守られて木村京子、あれはかなりの美人だな。ちょっと美人過ぎて危ない。普通の男は手を出せない」
「そんなことはないでしょう」
「まあまて。印象的なことがあったんだ。木村京子、美術部だろ? 俺は人脈が広いから、普通に美術室に入ってブラブラ出来るわけ。そこで木村京子、何を描いていたと思う?」
「えーと……渦巻きとか?」
僕は笑って答えたが、慎ちゃんの顔から笑顔が消えた。
「……知ってたのか?」
「いや。当たった?」
「まいったな。どういうことだよ。ほぼ正解。木村京子は風景画を描いてたんだけど、空の色が普通じゃなかったんだ。紫と黄色の、渦巻き模様だったんだ。荒れ狂う空の下で、棒みたいな子供が二人、遊んでいる絵だったよ」
「それはちょっと見てみたいな」
「……。それから俺は意を決して、木村京子に声をかけてみた。これってどこの風景ですかって。俺、ちょっと声が震えちゃったよ。怖くて」
まるで怪談を話すように慎ちゃんが言う。僕は笑った。
「笑い事じゃねーよ。ほんと怖いんだよ。もう、美人がどうとか、どうでもよくなるよな。あのオーラは」
「考えすぎだって。それで木村さん、なんて答えたの」
「そのストラップ素敵ね」
「え?」
「そのストラップ素敵ねって木村京子が言ったんだよ! 俺の質問なんて、何にも聞こえてなかったんだ。俺が持ってたケータイのストラップをじっと見て、そのストラップ素敵ね、だと」
僕は大笑いしてしまった。慎ちゃんはふてくされたような表情をしている。
「どのストラップ?」
「これだよ」
慎ちゃんのストラップは、見事に薄汚れた「ハイジ」だった。僕はもう一度大笑いする。
「全然面白くねーよ。むしろ怖いよ。このハイジ、あんまりボロボロだから、捨てようかと思ってたのに。恐らく木村京子は、ボロボロなハイジが気に入ったんだろうな。うわー恐ろしい」
首に両手を当てて、本当に恐ろしそうにする慎ちゃん。
「それからどうしたの?」
僕は笑いをこらえながら訊いた。
「どうもしないよ。ストラップを見詰めるだけ見詰めて満足したのか、勝手に自分の世界に戻って行った。俺はそれ以上声をかける勇気は無かったね」
慎ちゃんが深くため息をついた。
「とにかく普通じゃないな。器がでかいよ、アレは。同様にスガも、器がでかいと俺は思っている。だからお似合いだよお前ら。あの美人を射止めるのは、スガ、お前しかいない。というか、お前以外は無理」
真面目な表情で慎ちゃんが言った。
話に熱中していて、いつの間にか外が暗くなっている。慎ちゃんが時計を見て、もう帰るか、と少し疲れた顔で言った。
「そういや木村京子、あだ名があるみたいだな」
立ち上がったところで、慎ちゃんが言った。
「うん。キジムナーって言われてるみたい。主にクラスの女子の間で」
「そうそれ。キジムナーってなんだ?」
「僕の知ってる限りでは、沖縄の座敷わらしみたいな妖怪の名前だよ。なんで木村さんが、キジムナーって呼ばれてるのかは知らないけど」
「そうなのか……。なんでお前は、沖縄の妖怪の名前なんて知ってるんだよ」
「いや、僕は小学生の時に水木しげるが大好きだったから。漫画を熟読していて、妖怪博士と呼ばれてたこともあったよ」
慎ちゃんが噴出して笑った。
「妖怪博士とキジムナーって。もうお前ら、運命の出会いなんじゃねえの? もう、早く告白しろよ」
「うん。告白するよ」
僕は言った。
「へ?」
「もともと夏休みが終わったら、告白しようと思っていたんだ」
「……スガ。お前はほんとに器がでかいな……」
なぜだか、慎ちゃんがガックリと肩を落として言った。
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