第2話

 偏差値が高いと、若者は恋愛に向かわない理論。これは、慎ちゃんが日ごろから言っている恋愛の理論だ。

「中学で全然モテなかった、ジョイナーとか晴彦まで彼女がいるんだぜ」

 慎ちゃんがため息混じりに言う。

「ジョイナーが……」

「そうだよ。この前ジョイナーの彼女を見たんだけど、結構すごかったよ。ジョイナーが痩せてるせいもあるけど、あいつの彼女、横幅が二倍くらいあって強そうだった。しかし二人とも幸せそうだったからな。あいつは勝ち組だよ。人の幸せっていうのは、他人が測るもんじゃないしな」

 慎ちゃんが言った。

「晴彦は?」

「晴彦もすごいよ。先輩に告白されたんだと。それで、二股かけられているらしい。それを嬉しそうに話すんだ、あの晴彦が。あいつは苦労しそうだな。でも本人が楽しいなら、それでいいと思うしな」

 頷きながら慎ちゃんが言った。

「みんな彼女がいるんだね」

「スガ、落ち着いて言うなよ。俺らは乗り遅れてるんだぞ。幸せを掴み損ねている。俺の調査によると、偏差値が低い高校に行ったやつらは、ほとんど彼女が出来てるな。それで、偏差値が高めの高校に行ったやつはほとんど彼女が出来ていない。これは男女に共通しているな」

「出たね。慎ちゃんの恋愛理論」

「言っちゃなんだけど、偏差値が高い奴らはプライドが不必要に高いんだよ。だから思い切って告白とかが出来ない。女子のガードも必然的に固くなる。恋愛なんて、不良の遊びだと思っているんだ」

 慎ちゃんが鼻息荒く言った。

「よって、偏差値が高いと不幸になると」

「その通り」

 慎ちゃんが人差し指をを立てて頷いた。

「そこでスガ、お前は希望の星なんだよ。お前は偏差値が高いのに、なぜかプライドと言うものが感じられない。いつでも、淡々と過ごしている。友達が少ないのに、それを苦にしているようでもない。俺はかっこいいと思うよ、スガのスタイルが」

「あんまり、褒められている気がしないな」

「いや、褒めてるよ。たいしたもんだ。その上、お前には好きな女子がいるわけだ。だから俺はお前に期待している。偏差値の壁をぶち破ってくれるのは、お前しかいないとね」

 長いセリフを言い終わって、満足げな慎ちゃん。この慎ちゃんの恋愛理論が、最近の僕らを結び付けている。

 そもそもの始まりは、一ヶ月ほど前。今日と同じような部活の帰り道。唐突に発せられた慎ちゃんのセリフだった。


「スガ、好きな子いる?」

「いるよ」

「マジで? 誰?」

「同じクラスの木村京子」

「おっお前……。正直もんだな……」

 僕が素直に答えたために、慎ちゃんは衝撃を受けたようだった。

「じゃあ、慎ちゃんは?」

「え? 俺?」

「いないの?」

「まいったな……。この展開は予想してなかった」

「なんだ、いないのか」 

 僕がそう言ってから電車を降りるまで、慎ちゃんは一言も発しなかった。電車を降りた僕らが、今度はバス停に向かおうとした所、慎ちゃんが立ち止まって言った。

「……門脇聡美」

「え?」

「俺が好きな子だよ、門脇聡美」

 照れくさそうに慎ちゃんが言った。

「なんだ、聡美ちゃんか」

「なんだって事はないだろ」

 少し怒ったような口調で慎ちゃんが言った。

 僕と慎ちゃんは、小中高と同じ学校に通っているわけだが、聡美ちゃんも数少ない同窓生の一人だ。僕の幼馴染で、近所に住んでいる。高校ではクラスも違うし、僕は特に話したりはしない。でも慎ちゃんは、生徒会で頻繁に会っているはずだった。

「九年越しの恋とか? いや、十年か」

 僕は言った。二人とも小学生からの付き合いだ。

「やめてくれ。俺はプライドが高いんだよ。茶化されるとマジで腹が立つ。いや、すまん。スガに悪気はないのは分かってるけど」

「いや、悪気は割りとあったけど……」

 慎ちゃんの、力の無いパンチが僕の頬っぺたをなでた。怒っているような、はにかんでいるような、なんともいえない表情を慎ちゃんはしていた。

「スガ、今日、おまえのうちに寄ってもいいか?」

 

 そういう感じで、僕らは恋愛に関して、秘密を共有することとなった。僕は別に秘密は無いけれど、慎ちゃんはプライドが高いので、恋愛トークは極秘裏に進めたいらしい。

「だってさ、俺、硬派だから。しかも、生徒会役員なわけだ。恋愛にうつつを抜かしていると、思われるわけにはいかないだろ」

 慎ちゃんがそう言って、僕らは爆笑した。あんまり笑いすぎると、慎ちゃんの機嫌が悪くなってくる。際どいバランスの、絶妙な笑い。

「だからさ、スガ。お前は告白してくれよ。お前がやってくれれば、何かが変わるような気がする。俺? 俺はダメだよ。プライドが高いから」

 そこでまた、二人で涙を流しながら笑う。くだらないけど面白い。あんまり面白いので、別に恋愛なんて、しなくてもいいんじゃないかと思う。恋愛を、あくまでネタにしておいたって、いいんじゃないだろうか。僕がそう言うと、慎ちゃんが涙を拭きながら、ため息をついて言った。

「確かにそうだよ。こうやって話してて、面白いからな。でも、そこが偏差値の壁だっていうんだよ。俺らは頭の中で楽しみすぎている。それでは新しい喜びは得られないと俺は思う。だから、現実に行動を起こすことが大切なんだ」

 慎ちゃんはやっぱり硬派だなと僕は思った。

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