偏差値の高さは恋愛の障壁であると親友の慎ちゃんは申しており
ぺしみん
第1話
バスケ部エースの片桐慎一が、見事なカットインでレイアップシュートを決めた。応援の女子生徒の嬌声が体育館に響く。さわやかに仲間とハイタッチする片桐君。僕はそれをベンチから眺めている。
彼は昔から運動神経が良かった。僕とは小学校からの付き合いで、中学も同じだった。僕は運動は平均レベルだけれど、勉強はそこそこできる。それで、高校は一応の進学校である、この日暮里高校に入学した。
地元から少し離れたところにある高校で、同じ中学の生徒はあまり入ってこないだろうと思っていた。元々友達の少ない僕は、顔見知りがいない環境で、新しい生活を始めたいとなんとなく思っていた。
予想通り、中学の同級生はほんの数人だけ、この日暮里高校に入学した。高校は六クラスもあるので、その顔見知りもバラバラになり、高校二年になった今では、廊下で顔を合わせても特に挨拶もしない。
バスケ部エースの片桐君は、そんな数少ない中学の同級生の一人だ。僕もバスケ部に所属しているので、一応は気心の知れた友達という関係になっている。小学校時代からお互いを知っているので、名前の呼び方も昔と同じ。僕は彼を「慎ちゃん」と呼び、彼は僕を「スガ」と呼ぶ。僕の名は菅原光一と言う。スガワラの「スガ」だ。
とはいえ、僕らは小、中学校時代、そんなに仲が良かったわけではない。学校の校庭で、大人数で遊ぶときに顔を合わせる位で、放課後の交流はほとんど無かった。幼馴染と言うには、思い出が少なすぎる。小学一年の頃に、僕が教室で小便を漏らしたこととか、慎ちゃんが小学三年の時に、二階の窓から飛び降りて骨折したこととか、まあ、思い出せばそれなりの思い出もあるわけだが。
バスケの試合も佳境に入り、点数は58対62で負けている。夏の大会。東京都第三ブロックの三回戦。うちの高校は強豪ではないけれど、負けるには少し早すぎる。もう少し上にいけると思う。
「スガワラ、今日の調子はどうだ?」
顧問の岩村先生に聞かれる。
「どちらかと言えば、いい方だと思います」
「どちらかと言えばか……」先生が苦笑いする。「アップしとけ」
はい、と答えて、僕は準備運動を始める。この緊迫した場面で僕の出番が回ってくるとは。僕は運動はそんなに得意じゃない。それで、なんでバスケ部にいるかと言えば、僕はロングシュートが大好きだからだ。中学からバスケを始めて、暇があれば、ずっとロングシュートを練習してきた。だからドリブルやパスはそんなに上手くない。試合のレギュラーになったことは一度も無い。
「スガワラ、出すぞ」
先生が言った。はい、と僕は答える。
ボールがコートの外に出て、審判が笛を吹き、交代の合図が告げられる。三年生のレギュラーの選手とタッチして、僕はコートの中に入る。レギュラーは慎ちゃんを除いて、全員三年生だ。控えにもまだ三年生がいる。ぎりぎりユニフォームを貰っている僕がコートの中に入ると、レギュラーの三年生が少し驚いたような顔をした。高校の公式戦に出るのは、僕は初めてだ。
「スガ、ボール回すからな」
慎ちゃんが駆け寄ってきて、笑顔で僕に言った。
こういう時に、人はかなり緊張するのだろう。試合は大事な局面を迎えている。ミスは許されない。それは僕も良く分かっている。
しかしなぜか、僕はあまり緊張をしない。僕はもっと緊張して、切実な気持ちを前面に出したい。だけどなぜかこういう時に、心が静かに落ち着いてしまう。度胸が据わっているのとはちょっと違うと思う。盛り上がりに欠けているのだ。ここぞ、という場面になると、僕はむなしさのような物を感じてしまう時がある。
試合が再開されて、ボールが動き出す。僕も一生懸命走り、チームのみんなと心を一つにしようとする。テンションを上げて行きたいと思う。しかしダメだ。僕は、コートの中にいる自分に何か違和感を感じている。バスケットボールの手触り、マッチアップしている敵選手の表情。そんなことが妙に気になる。とはいえ、試合に集中していないわけでもない。
「スガ!」
ゴール前に切り込んだ慎ちゃんが、振り向きざまに僕に向かってパスをした。絶妙なタイミング。さすが慎ちゃん。僕はただ、ゴールに向かってシュートをすればいい。視界の端にラインを確認しつつ、僕はボールを斜め上に放り投げた。いつもの練習どおり。何も変わりはしない。
スパッと音がして、ボールがゴールに吸い込まれる。うまく入った。良かった。歓声がワァッと体育館に響く。僕は今、シュートを決めたんだな、と妙に冷静に思った。
その後、慎ちゃんを含めて、レギュラーの人達が本来の動きを取り戻し、スコアは80対70で試合に勝った。結局、僕が決めたのはあの三点シュート一本だけ。ボールに触っている時間も少なかった。シュートフェイントをして、味方にパスを出すだけでよかった。いろいろ問題もあったような気がするけれど、まあ、勝利に貢献できたと思う。
試合が終わった後、もっとシュートしてもよかったんだぞ、と三年生に言われた。顧問の先生にも、積極的に打って行けと言われた。ほんと、そうだと思う。積極性と言う物が、僕には欠けている。
「お疲れお疲れ。スガ、今日良かったじゃん」
慎ちゃんが、僕の肩を叩いて言った。
「慎ちゃんこそ、大活躍だったね」
「当たり前よ。俺、日暮里のエースだもん。なんちゃって」
慎ちゃんがおどけて言った。
でも彼は本当にエースなのだ。運動も、勉強も出来る上に、背は高いし男前。さらに生徒会役員までやっている。非の打ち所が無い。幼馴染としては鼻が高いけれど、僕が鼻を高くしたところで意味が無い。むしろ同じ環境で育ってきて、こんなにも差があるということを、考えてみたほうがいいかもしれない。
試合から帰る電車の中でも、慎ちゃんはみんなの中心にいて、笑顔で会話をしている。部活は、上下関係もけっこう厳しいけど、慎ちゃんは三年生とも小突きあったりして、エースの存在感を示している。一方僕は、顧問の岩村先生と、なぜかメジャーリーグの年棒問題について、マニアックな会話をしている。部活でも僕は友達が少ない。
高校の近くの駅に電車が止まって、ほとんどの生徒が降りた。僕の地元はもう少し先なので、いつもみんなを見送ることになる。先生も降りて、僕はひとり電車の広告とかを眺めている。
慎ちゃんが僕の横に腰を下ろした。同じ地元なので帰り道は一緒だ。
「今日、スガの家に寄ってもいいかな」
慎ちゃんが言った。エースの慎ちゃんが、最近僕と遊ぶようになっている。
「いいけど」
「今日こそは、スガに決心してもらうよ」
慎ちゃんが、わざと深刻な表情をして言った。
電車が地元の駅に止まり、僕らは荷物を持って降りる。駅前のロータリーからバスで十五分。たどり着いたバス停から、疲れた体を引きずって十分ほど歩く。ようやく僕の家にたどり着いた。
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