第二十二話 イレネさん(鬼)とマイさん(鬼)

「で、足跡の隣に水が落ちたあとがあるだろう?だからこれは、近くの水場で魔物が水を飲んでたってことだ。しかも、複数いるだろ?こりゃあきっと毎日水飲みに来てんだ。だから、もし明日ここで張り込みをしたなら葉兎が群れごと釣れるってわけだ」

「なるほどー。面白いですね!」

「んじゃあ、この足跡はなんだと思う?」

「えーっと....」


夕暮れ時。

森には先輩から魔物のことを教わる後輩がいた。

影がだんだん伸びていき、そして消え。

宵闇の中で背を並べる二人に、忍び寄る者がいた。


「あんたたちぃ!いい加減にやめなさい!食料も狩ってこない、薪も拾わない、配膳もしないで、夕飯できてもまだ来ないなんてどういうことよ!?」

「「ふぉおう!?」」


それすなわち、イレネさん(鬼)である。


「鬼言うな!そしてスープが冷める!」

「あー、今のお前の顔に乗っけときゃ大丈夫―――って、やめろやめろ!危ないから!謝るから!」


どうやらイレネさん(鬼)がカイルさんと私に鈍器を投げようとしていたもよう。

全く、危ない人(鬼)である。


「だーかーら、その呼び止める!そして、早く来なさい!」


やめる.....じゃあ、


「(鬼)!」

「止めるのは名前の方じゃなくてそのかっこ!かっこ!」

「あ、すいません。 鬼 」

「だー!違う!かっこを消すってことじゃないのよ!ちょっと前の呼びに戻してってこと!」

「イレネさん(鬼)?」

「違うっ!それをやめろって言ってんのよ!」

「.....さん」

「呼ぶのやめろってんじゃないわよ!いい?私は、イレネ、」

「(鬼)、ですよね?」

「だから、私は鬼じゃないわよ!不敬な」

「あ、すいませんでした。「さん」をつけるのを忘れてましたね。じゃあ、イレネさん(鬼さん)でどうでしょうか?」

「あんたそれ、分かっててやってるわよね!?」

「なんのことでしょう、イレネさん(鬼さん)?」

「その呼び方のことよ!」

「丁寧が気に入らないのですか?では、『このゴミクズより価値のない人間め』でどうでしょうか?」

「それもう鬼ですらないじゃない!」

「お黙り、このゴミクズより価値のない人間め」

「むっくぁあ!もう諦めるわよ!それでいいんでしょう!?」

「はい、そうですね、このゴミクズより価値のない人間め」

「分かったわよ。もう、好きにしてちょうだい......」

「では皆さん一緒に」

「「「「「それでいいのだ、このゴミクズより価値のない人間め」」」」」

「ちょっ皆!?レインまで!?」


さあ、一通り終わったところでスープを頂くとしよう。


「それで、なんで泣いてるんですかイレネさん?早く食べないとスープが冷めますよ」

「誰のせいだと思ってるのよぉ」


私です。ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました。


「なので、このスープを食べて機嫌を直してください」

「何が『なので』よ!間の説明抜けてるじゃない」

「いらないんですか?」

「食べるわよ!ていうか、このスープ作ったの私よ!?私がこれを食べることに対する決定権あなたにないでしょう!?」

「いえ、さっきレインさんに許可を貰って来ました」

「あ、そうなの。それなら、、、、、ってよくないわよ!?」


肩で息をするイレネさんを見て、皆笑っている。

それはともかく。


「美味っっっっっし〜い!」


イレネさんは調理上手であった。


「これは、うちのコックと同等、、、いえ、スープだけならそれ以上でしょうか。イレネさん、貴族令嬢にしてはお料理上手ですね。ステラ様にもこういう女子っぽいところを見習ってほしいもので―――――」

「ストォオップ!それ以上言わない!」

「もう手遅れな気がしますが?」

「そうだけど!言い切っちゃったらそこで終わりなの!言い切らなければセーフ!セーフだから!」

「意味が分かってしまえばパーティー内ではアウトですよ?」

「ですよ?じゃないわよ。何を分かったような事.....」

「いえ、分かっているのですよ。たった今イレネさんに教えていただきました」

「イレネさん......仕返しですか......?」

「さあなんの事かしら」

「あの、根に持ってませんよね?あれはちょっとイレネさんが面白かったのでからかっただけで、決してイレネさんが鬼だなんて思ってないですからね?」

「ええ大丈夫よ、決して根になんて持ってないわ。今夜辺りに工作して明日ステラが絶叫するような仕掛けしとこうとか髪に誓って考えてないわよ」

「絶対根に持ってますね!?んで、そこは『神』ですよね!?髪じゃなくて!」

「髪は神よ」

「なんか訳分かんないですけど取り敢えず今夜は全力で警戒しますね」

「さぁ、どうかしらねぇ......?」


怖い怖い怖い怖い。

やっぱイレネさん(鬼)――――――


「今何言いかけた!?ん?洗い浚い吐きなさい、ねぇ?」

「いえーなんでもないですよーはい、全然」


イレネさん鬼さ――――イレネさんが、怖い。


「それにしても、毎回思うけどやっぱりイレネのご飯は美味しいね」

「っ!?レイン........ありがと。でも、私はスープだけが得意なのよ....」

「んー?それだけでもすごいことだよ、こうしてみんなが美味しいって言ってるわけだし」

「そう、ね。んふふ」


おうおう、イチャイチャしちゃって。一瞬でイレネさんの機嫌が治るのは、やっぱりレインマジックだろうか。

レインさんって本当にイケメンよね―。外も中も。


「.......ミーヤも美味しいと思う。黄色がかかった透明のスープから顔を覗かせる野菜の数々が湯気を立てながら揺れる様子はまさに絶景。手前に置かれると野菜特有のコクのある香りが鼻孔をくすぐり途端に食欲をそそる。口に入れるとまろやかな味といろいろな野菜の食感が楽しくて、思わず頬が緩んでしまい、味はというと汁にトマトの旨味がしっかりと出ていて、それでいて主張しすぎず反対に他の野菜の良さを引き立てている。その野菜たちもうまく調和して個々で食べるよりもパワーアップした美味しさがある。それに、一杯で腹が満たされるから食べ過ぎずに済む。でも何より注目すべきはこの技術と拘り、このカスパラは皮がとてつもなく硬い上に中の繊維も複雑で、大抵は切るのに苦戦する。それをこんなに細かく、それでいて繊維をだめにしないやり方で切るというのはとても高度な技術を要する。そして、このカスパラというのは食べられる唯一の植物型魔物、とても珍しい上に魔物であるが故捕獲と後処理が困難。食する場所にダメージを与えずに倒すことはとても難しいはず。それを他にも用途があるのに惜しげなくスープに使うところが凄い。イレネ、ご馳走に感謝する」

「..........え、ええ。どういたしまして、、、」


長―い感想。美味しそうな感想。お店の中に映像水晶とかで流しといたら売上げ上がりそうだわ。

そういえば、ミーヤも一緒に野宿です。可愛さは健在。優秀さも健在。

食に関する異常さは、、、、、知らなかった。

本人からすれば健在なんだろうな。

いや、健じゃないけど。不健全だけど。異常だけど。


なんだろう、ミーヤってマイと同じ感じかな?普段はあんまり喋らないのに、起動条件の分からないスイッチがあって、それを押されるとキャラに合わないってくらい喋りだすみたいな。

優秀なところとか、美人さんなところも似てるよねぇ。

主ができても主扱いしないのかなぁ......マイみたいに。


「ミーヤ、、、主ができてもああなっちゃ駄目だよ?」

「....?何の事?」

「ステラ様、それはどういうことでしょうか」

「え?そのままの意味だけど?」

「そうですか。ではステラ様は、ミーヤさんが主に対して完璧で思いやりがあり気が利く従者であることを否定するのですね」


いやいやいや。


「私は、ミーヤに主ができても起こすときにナイフを枕に投げ刺すとか、主以外から命令を受けて主をからかうとか、一週間毒プログラムとか言って毎朝の食事に毒を入れるなんて方法で主に毒耐性つけるとか、そういうことしちゃだめだよー、って言ってるんだけど」

「主が面会に遅れて恥をかかないようにし、笑わない主の気分をほぐしたり、主人が暗殺されるリスクを減らすことが悪いと、そういうことですね」

「起こし方あるでしょ!それにさっきは私笑ってたし!それから、毒を盛るっていう行為がすでに暗殺行為で、それをあんたはしてたってことを理解してないのかなぁ?」

「まず、ステラ様は寝起きが悪いのです。次に、楽しさはいくらあっても良いのですよ。三つ目に、私はアサシンですので毒に関する知識も豊富です。致死量は理解しておりますし処置の効く毒を選びました」

「まずナイフは死ぬから!んで、楽しいのは私じゃなくて周りだから!それから、処置できても毒は問題だから!」

「ステラ様、私のナイフ術を見くびっているようですね。もう一度訓練をし直してその正確さを体感しますか?」

「絶っっっっっっっっっっっ対に、ヤダ」

「そうですか」


そうですよ。

私はマイのナイフレッスンを受けるつもりは二度とない。

一回目はギリギリ大丈夫だったが、あの五年間カリキュラムをもう一度は精神が壊れてトラウマになると思う。


「では、そうですね.....カイルさん、自己防衛ということでナイフ習っておきませんか?」


カイルさん、生贄になっちゃう!?

駄目ですよ駄目ですよ受けちゃ絶対駄目ですよ.....


「あー、俺はステラよりレベル下げて、Cランクの相手できるくらいでいいから......」


ああーーーーーーっ!レベル下げても承諾しちゃ駄目なんですよっ!


「あ、やっぱりやめとこうかな」

「ほほう、それは何故?私がカイルさんに直々教えてあげましょう、Cランク冒険者程度なら吹き飛ばせるナイフ術を、、、、、フフフ」




「もう......一旦..........やめません.......?」

「いえいえ、第1段をマスターするまでは寝ないでください」

「ちなみに今はマスターまであとどれくらい......」

「そのペースで行ったら3日はかかりますね。スピードアップしたほうがよろしいかと」

「うぎゃぁあ!」


生贄は喰らい尽くされた。

いや、実際はパーティー総出であらゆる手を使って阻止しました。

カイルさん、ご愁傷様です。そして、私の心の傷にもご愁傷様です。

今回の件で傷が開かれた気がするんです。うん。

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