第二十話 協力者、募集中です。
「ステラ様ぁ、早く帰ってきてください。だ、旦那様が過去最大級にウザイです.......」
「ステラ!俺の可愛いステラ!あいつは男どもに騙されてんのか!?なあ、なあそうだよな!?どこにいるんだステラぁーーーーー!おいマイ、ステラは死んでないだろうな?死んでないよな?イエスと言え、イエーッス!ノーであってはならない!な、そうだよな!」
こんな伝書バトならぬ伝音バトが私に届いたのは、ちょうど居酒屋ドネルを出てお昼御飯を買おうとしていたときだった。
「ステラ、、、、」
「はい、、、、、」
「諦めなさい」
「なんで!?そして、何を!?」
「一回帰ってあんたの父を黙らせに行くのよ」
「無理です」
「即答.......」
当たり前だ。あの怪物はきっと私が帰っても一ヶ月は治まらないし、このまま帰ったらどうせまた外出禁止令を食らうだけだ。
「じゃあ、無視して過ごすしかないのね」
「はい。まあ、メイドたちには少し気の毒ですけど......」
「けど?」
「多分あと一時間もしたらお母様が最終形態にチェンジすると思うので、大丈夫でしょう」
イレネさんがこっちを若干『うわあ......』って目で見てるけど、気にしない気にしない。
「ああいう穏やかな人ほど怒ると怖いのよね.......最終形態...........」
「ちなみに最終形態はですね、髪が逆立って、目が炎になって、声はドスが効いてて、そして謎の音楽が背後から.......」
「もういいから!その先行ったらマユさんのイメージが壊れちゃうでしょう!」
「.....?まだ壊れてないんですか?.....中々、手強い......」
「なんの戦いよ!やめなさい!」
まあいい。最終形態はいつかじっくり語って聞かせよう。
「それで、月夜ノ雫に着きましたけど、どうするんですか?この後」
「ここの看板娘いるでしょう?彼女に聞くのよ、宝石ゴテゴテが来たかって」
「ああー。アイリスちゃんですか.......」
「嫌そうな顔してるわね......なんの問題があったのよ」
「あー、その昔アイリスちゃんと私はですね.....」
その昔、私の友達にと紹介された絶世の美幼女。それが、アイリスちゃんであった。初めて彼女の藍色の目と波を描いた銀髪を見て、思ったものである。わあ、綺麗な子、と。私もあんなふわふわの髪が欲しいなーと、夢見ていたのだ。きっと中身も素敵な子だろうな、と考えたりしていたのだ。
しかしその幻想はアイリスちゃんが話した瞬間に壊れた。
『あんた、なんなのよ!私を紹介されてるんだから挨拶くらいしたらどうなの?最近来ていた貴族のお嬢様とは大違いだわ』
それが、彼女と私の馴れ初めであった。
小さな私はそんな風に言われた事も無くて、急な罵倒に泣き出してしまったそうだ。その後、お父様とアイリスちゃんのお祖父さんが大喧嘩をしたとかしないとか。
そしてその後の彼女との関係は.....言わずとも分かるだろう。
なんでも、あの時彼女は丁度宿屋の娘として勉強を始めた頃だったそうだ。
ずっと怒られてばかりいたのと、自分が求められている行いを周りがしていないことに対する行き場のない苛立ちが気楽そうな私を見たことで爆発し、ああなったんだという。
いやー、あの頃の私、気楽そうだったかね?確かマイがスパルタすぎてかなりキツイ毎日だったと思うんだけど.......まあ、高級宿の次期宿主に比べたら気楽そうだったかもしれない。あと、宮廷作法の先生に見られててずっと笑顔でいなきゃいけなかったのもあると思うなー。
内心では『こんな所で突っ立ってるならさっさとマイの課題を終わらせて寝たい......』とか思ってたかもしれない。ま、覚えてないけど。
「なるほど......でも、話しかけても突き放されはしないんでしょう?」
「そうなんですけど、なんかこう、そのぉ......あの後彼女、渋々謝ってくれたんですよ。渋々」
「渋々.....そういうことね」
そういうことである。
「あんた――――いえ、お客様?どうされましたぁ?」
「あっアイリスちゃん、今日は泊まるんじゃなくて聞きたいことが....」
「今日「も」よ」
アイリスちゃんが凄んんんんんんごい営業スマイルで話しかけてきた。
そして、私が客じゃないとわかると態度が一変する。
「あ、えっと.......いつか泊まりに来るから、ね?」
「はあ?あんたなんかこっちから願い下げよ。私が言いたいのは、用がないなら来るなってことよ」
「用はあるんだよー、ちょっと泊まりに来たお客様のことで聞きたいことがあって」
「......すみません、当宿では泊まってくださったお客様のことを模索したり人様に漏らしたりすることは禁止されておりますの。ですから、この宿の体としてはそのお願いは受け入れることができませんわ」
「でもそれで領が荒れたら困るんだよ、戦争になりかねないし」
「そのような事は当宿には関係がございません。怪しい者の侵入を許したのは警備の落ち度、ひいては領主の落ち度ですから」
「それは少々領主様に対して暴言が過ぎるんじゃない?」
「知らぬことです。領が荒れれば我が宿は他の場所に移れば良いのですから」
むう。
ちなみにこれが普通の平民だったら領主への反逆ということで罰を喰らうのだが、『月夜ノ雫』は影響力が大きく経済の潤いにも大いに貢献してるのでそう簡単に罰することができないのだ。多分アイリスちゃんもそれを分かっててやってるんだろう。
「あー、分かった。じゃあ、いいわ」
「ステラ!?何諦めてんのよ」
イレネさん、これは諦めたんじゃない。ただ、アイリスちゃんに聞いてもこれ以上教えてくれないから場所を変えるだけだ。アイリスちゃんは強情である。
(アイリスちゃんは絶対にこれ以上話してくれませんから。場所を変えましょう)
(.....分かったわよ。アイリスと付き合いの長いあなたが言うなら)
「えっと、アイリスちゃん、じゃあね!」
「ふんっ。もう来ないで頂戴?」
「あー、善処するわ」
しかし月夜ノ雫は街の大物なのでまた直ぐに会うだろう。仕方ない事である。
「嫌味な子ねー」
「えー、でも接客はちゃんとしてるんですよ、友達もいるし。あれは私にだけですよ、きっと」
彼女は、結構まともな人間である。
「それでもねえ、二人きりならまだしも私の目の前であの態度を取るってことは私を客にする気が無いって事よ。もしくはそこまで考えられなかったバカ、ね。でも月夜ノ雫の看板娘がバカっていうのは無いでしょうし。どうして私を客にしないのか問い詰めてみたいわよ」
「問い詰めてきていいですよ?私が聞き取りしますから」
「真に受けんじゃないわよ」
あ、冗談ですか。
「じゃあ、まずあの人に――」
「バカっ、あいつはやめたほうが良いわよあいつは」
「すいませんおじさーん!」
「聞いてない!?もう手遅れだ.......」
「アァ゛ン!?俺ァおじさんじゃねえ。言い直せ小娘」
「あー、お兄さん?」
「お兄サァン!?俺ァんな若くねぇ」
じゃあなんと呼べというのか。
「俺ァなぁ、ちゃんとゲイスっちゅう名前が付いてんだよ」
「あー、じゃあゲイスさん」
「あ゛?気安く名前呼んでんじゃねぇよ」
「じゃあどう呼びゃ気が済むんだよこのオッサン!」
周りの皆が『あ、アイツ終わった』という顔をした。
と、次の瞬間殴られて―――――
「なーんてね。これでも一介の冒険者なんですよ」
――――華麗に避けた。
「んぁ?調子乗ってんじゃねえ、気が済むまで殴らせろ」
「遠慮しときます」
「お前に選択肢はねえ!」
ほう。なるほどね。
「ならこちらが黙らせるまでです」
周りの皆が『あー、前にもああ言うヤツいたけど全員ブチのめされてんだよなぁ、可哀想に』という顔をした。
と、次の瞬間――
「蹴らせませんよ」
「ふぎゃっ」
どすん。
向かってきた足を掴んで引っ張ると、上げた方の足に偏っていた重心がすぐにグラついてゲイスというオッサンは派手に転んだ。
「ほら、早く降伏してくださいよ、私は暇じゃないですし聞きたいこともあるんです。まあ、最早あなたに聞こうとは思いませんが」
「っせえな、俺ァまだくたばんねえぞ小娘」
「フン!」
「ぅおあっぶねえ!人にナイフを投げようなんざどういう考えしてんだ、テメェ」
「いえ、私は当てようとしたのではなくわざとかするようにしたんです、勿論ブーメランして私の手に戻るようにしてますが」
「あ?んな高度なことできるわけ―――」
「あるんですよ。っと、ほら戻ってきたでしょう」
これも全てマイのスパルタ特訓のおかげである。
「ついでに、そこにはロープがあるので後ろに行ったら転びますよ―――って、聞いてなかったみたいですね」
ゲイスのおっさんは再度転んでいた。
そんな彼の喉にナイフを突きつけて、言う。
「はい、降伏してください」
「うっせえ、どうせ降伏しなくても殺しゃあできねえんだろ!」
「降伏してください。私は、刺しますよ?」
ナイフを少し強めに突きつける。薄皮一枚は通ってるかもしれない。
まあ確かに、殺しはしないが。もうひと押しさえすればこのオッサンは落ちそうな気がするので、こうやって脅しているまでである。
「くっそ。テメェ、覚えてろよ!」
そう言って、彼は宿に走り込んでいった。
......って、あの人あそこの客になるくらいにはお金持ってたのか。
「ステラ、あんた......あの『暴風鬼ゲイス』に何してんのよ」
イレネさんが野次馬の中から駆けてくる。
「え?今のオッサン、あの暴風鬼ゲイスなんですか?確かに特徴も似てましたけど、あまり弱いので分かりませんでした」
「あんた、ねぇ.........」
暴風鬼ゲイス、彼はAランクの二つ名持ちである。特徴はとんでもなく強い風魔術が使えるとか......
「で、彼のもう一つの特徴は。キレやすくて、キレると戦闘能力無くなるのよ。だから才能はSなのに未だにAランク」
「なるほど」
そして、私はだから彼に勝てたのだという。まあつまり、普段だったら勝てないよということか。
......今後絡んできたらまずキレさせとこ。そうすりゃ勝てるし。
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